第12話 祭壇にも乗り込んだ件
「美味しかったですー」
心持ちか長めに時間をかけてサハギンを仕留め、口元をハンカチで拭いながらキャロルが振り返る。その時には角もちょっとした煙と共に消えて、いつもの眠そうな表情になっていた。
食事なんだね。味付けは悪夢味かな……?
「応援はまだ来ないじゃろな。拠点内部で騒ぎになれば、このレベルの妖魔ならまず祭壇を最優先で固める。人質を確保しに来る可能性はあるが、まだ暫し安全じゃ」
リンネを『遠見の鏡』で確認すると映し出される風景の中で大暴れ中だ。妖魔の習性を利用した作戦でもあるんだね。
「うん。それじゃ、救助に移ろう。あれは――剣で斬れば大丈夫かな? それとも魔法とか?」
安全が確保されたところで、船から降りて尋ねる。一応、剣や魔法もみんなに習って少しずつ鍛えているけれど、それで対処できるようなものなのかな?
「生体檻は再生し、触れるだけでも毒を打ち込んできます。損傷させた際に撒き散らす体液、燃やした際に出る煙。いずれも有毒ですね。セシル様が修得なさった魔法の中であれば、しっかり凍らせてから破壊するのが正道かと思いますが――そうですね。ここは私にお任せください」
クリスティアはにっこり笑ってそう言うと、生体檻に近付く。何の躊躇いもなくイソギンチャクの触腕を素手で握ったかと思うと、ぶちぶちと引き千切った。
「くっく、特殊な訓練を受けてるやつの事例よな。主殿もキャロルも真似してはいかんぞ。あれは毒とか一切効かんじゃろからなー。アンデッドより不死身でヤバいのー」
「誰が不死身ですか? 端から治療しているだけです。そして、私への攻撃は纏っている『聖堂』の効果対象になりますので――」
クリスティアに引き千切られたところから、触腕が一気に色褪せて枯死。全体に波及していく。あっという間に部屋を分かっていた檻が消え去ってしまった。
「カウンター型の魔法か。妖魔の影響下にあったのが阻害。無毒化されて普通の生物にも戻った、というわけじゃな。魔法の罠の類は――無し。一先ずは安全か」
マグノリアの言葉に頷いて、捕らわれていた人達のところまで駆け寄る。
ああ……みんな呼吸はしてるみたいだ。ただ……額に手を当ててみると、発熱してるのが分かった。
結構衰弱も酷いな。呼吸が弱々しかったり、血や泥等に塗れて汚れていたりする。けれど――。
「ちゃんと生きてる。……行方不明になっていた人数とも一致してるね。間に合って良かった」
少し安堵して息を吐いた。
「妖魔達は一応生贄を死なないように管理はするが、その扱いは本当に最低限じゃ。ゴブリン共は捕えた者を痛めつける事自体が性質でもあり、初期の儀式みたいなところはあるが」
「衰弱していたってお構いなしなのは、そっちの方が抵抗されなくて都合が良いってことなんだね。でも、そういう性質だからみんな生きてるっていうのは不幸中の幸いかな」
「そこは何よりですね。まずは治療をしてしまいましょう」
クリスティアがメイスの先端でコツンと洞窟の床を叩けば、そこから光の円が広がって。捕らわれていた人達の怪我が塞がり、汚れが浄化されて顔色も良くなっているのが見えた。
「……だ、れ……?」
僕と同じ年頃の、日焼けした男の子が薄く目を開き、僕を見ると弱々しい声を上げた。顔に面影のある印象の人も隣に倒れているけど――親子かな。父親らしき人はぐったりしていて、指先や腕も少し爛れているみたいだ。
クリスティアの魔法が効果を発揮してすぐに元通りになっていったけれど、息子さんのために生体檻を無理やり突破しようとした、のかも知れない。
「動かないで。そのまま横になってて大丈夫。助けに来たんだ」
そう言うと男の子は弱々しく笑って、安心したのか、目を閉じていた。
「ふうむ。飢えや渇きに加えて冷えもあるじゃろうな。回復魔法があってもまだ自力で動けそうにはないのう。キャロル。あの者達を眠らせて、良い夢を見せてやるのじゃ」
「はいー」
キャロルが彼らを眠らせる。
「ついでにこっちも救助しときますー」
それから、キャロルは通常の状態に戻ったイソギンチャクを拾い集め、海水の中に投げ込んいく。
一先ず、捕らわれていた人達が人質に取られることは無くなったし、安全確保もできた。このまますぐ脱出させるのではなく、その状態、状況によっては彼らの周囲に防壁や魔法の罠等を張ったりして、先にサハギン達を倒して完全に安全になってから救出、という作戦を立てている。この場合、そっちの方が良さそうだね。
動けない人を逃しながらの戦いになると、やっぱり負担が増える。僕達は少人数で動いているし。まあ……それもみんななら可能だとは思うんだけど。
「ここに寝かせておくのが良かろ」
マグノリアは洞窟の床を魔法によって平らに均し、どこからか毛布を取り出して並べていく。みんなは気軽にどこかに収納して、どこからともなく出してくるけど、至って普通の毛布だ。
野営用であったり、盗賊捕縛や魔物退治に行くなら必要になるからって準備しているものだね。防寒用だったり、保護した人に使ったりしてる。
僕も身体強化の魔法を使って、倒れている人達を運んで寝かせていった。
マグノリアの展開してくれた防壁の魔法で彼らの周囲を固めてから、僕達は牢を出て行動を開始した。
「聞こえるかな? 救助と安全確保も終わったよ。みんな無事」
『わかった。掃討しながら合流する。こっちも向かってくるのが大分少なくなって、散発的になってきた』
「うむ。奴さん最奥の祭壇に集まっとるよ。誘導しよう」
『よろしく』
短いやり取りを経て、小舟に乗ったまま洞窟内を進んで行く。侵入者が強いということは捕えていた人を人質に使おうとする可能性も出てくるという事。だから横穴に反応があればクリスティアの『光壁』だとかマグノリアの『氷嵐』といった魔法を容赦なく叩き込んで、掃討しながらの移動だ。
「うふふふ……。『光壁』のこの使い方は応用編です」
「くくく。逃げ場のない閉所に高速でぶち込むと、防御魔法が攻撃魔法に早変わりというわけじゃな」
つまり地形に沿って展開されるバリアと洞窟の壁に挟まれて――特にこの場所なら水の圧力とかも加わって、大変なことになるんだそうです。怖いね!
リーダーとか祭壇や神殿破壊をされたらその妖魔部族はかなり萎えポヨ(って何?)になるというのがマグノリアの説明なんだけど、それはそれとして後に別の部族に吸収されたりする可能性があるので、可能であるなら残党を見逃す理由はないんだとか。
リンネの方もそれは徹底していて、横穴の気配を探り、察知したと同時に影の術を叩きこんでいた。
端からサハギン達を潰しながら移動していき、途中でリンネと合流する。
「ただいま」
「おかえりリンネ。怪我もしてないようで良かった」
「ご主人様も。みんな無事に救出できたようで何より」
「おかえりなさいですー」
船底からひょっこり顔を出したリンネとそんな会話をする。
「良いタイミングじゃな。祭壇はこの先じゃ」
「祭壇前だからでしょうか。手前にも結構固まっていますね」
「さっさと潰して、ご主人様と海水浴」
「くふっ……楽しみですね」
「うむ! あげポヨじゃな! ぶっ潰しに行こうかの!」
みんなテンション上げてるけど……僕は弱いからみんなと一緒にいても、気を引き締めていかないとね。あ。見えてきた。
祭壇のある広間に続く、最後の砦――ということになるのだろう。多数のサハギン達がそこで待ち構えている。
侵入者が強いというのはここまでで分かっているらしい。牙を剥き出しにし、正面を見据えて銛を手に身構えている。図体の大きいサハギンも混ざっていて、その表情からも決死の覚悟や気迫というのが伝わってくるかのようだ。
「ひゃっはー。獲物だ」
……けどそんなの関係がないとばかりに、棒読みで言いながら両手にそれぞれ刀を持って踊りかかっていくリンネ。……うん。
「では、私も突撃します」
「おー。討ち漏らしは儂が片付けとくからのー」
「気を付けてね」
「うふふ……。はい、セシル様」
リンネが陽動をしていたからもう向こうも警戒している。これ以上姿を隠す必要もないと判断したのか、クリスティアも魔法を解いてメイスと盾を構えて突っ込んでいき、マグノリアとキャロルは二人に手を振って見送っていた。
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