第11話 大人しいと思ったら意外にアグレッシブだった件

 船体ごと僕達を包んでいる金色の煌めきはクリスティアが使ってくれている神聖魔法。魔を遠ざけるというもので、こちらから手出ししなければ妖魔の類からは注意を払われなくなる。


「効果は完璧なものではありませんが、サハギン相手に接近するぐらいなら問題ないでしょう」

「ふむ。そろそろ仕掛ける距離じゃな。では――」


 マグノリアも魔法をかけてくれた。海中で自由に行動するための術を数種類。それから夜の暗い海を見通すための術。

 呼吸とか水圧とか……水の中で行動するには色々クリアしておかないといけない条件が多いらしい。かけられた対象の意志で水の中を自由に動けるようになるっていう魔法は便利そうだ。特に僕は自前では普通に泳ぐしかないからね。


「一先ず、このぐらいで行動に困る事はないじゃろ」


 視界がクリアになって、海底までが見通せるようになっていった。すごい風景だな……。空に浮かんでいるみたいだ。殺風景な岩場ばかりで、あまり綺麗な光景ではないけれど。


 島の一方が切り立った崖になっているのだけれど、その崖の岩肌に――洞窟入り口があった。見張りのサハギン達も、確かに見える。対して、僕達の姿は向こうからは見えていないみたいだ。


「状況把握。見張りを片付けてくる」


 リンネが空中に身を躍らせる。空中で逆さになりながら水音もなく着水すると、真っ直ぐに海の底に向かうように沈んでいく。


 その先には洞窟入り口を見張っているサハギン達。


 リンネはサハギン達の目の前まで逆さまに沈んでいく。

 そして――自分の袖に手を入れたかと思うと、僕の国では見慣れない片刃の曲刀を袖から抜き放って一閃していた。


 見張りのサハギン達は2匹纏めて同時に首を斬られていた。

 僕の目には抜き打ちで1回刀を振っただけに見える。でもリンネが繰り出した残りの斬撃が僕には見えてないだけなんだよね……。それぞれ横だけじゃなく縦にも斬られてて、抵抗は勿論、悲鳴を上げることもできずに、サハギン達は沈んでいった。横に1回。縦にそれぞれ1回。計3回刀を振っていたって言うことになるね。


「中々動きやすくて良い魔法」

「じゃろ?」


 刀を袖の中に仕舞いながら、手足を動かさずに逆さのまま浮上してくるリンネ。

 水の中を自由意志で動けるってマグノリアは説明してくれたけど、ああいう感じになるんだね。手足の動きは関係なく水の中を動けるっていうのは確かに良さそうだ。


「このまま突入する。キャロル。そなたはクリスティアと共に主殿と儂を守るのじゃぞ。サハギン共は好きなようにして構わん」

「はいー」


 マグノリアが小舟に杖を立てると、浮かんでいた船がそのまま潜水。みんなで小船に乗り込んだまま洞窟に突入していく。僕達が突入した後、僕達の通って来た後ろが凍り付いて、洞窟入り口が封鎖された。


 作戦としてはサハギン達が逃げられないようにしてから派手に暴れて陽動。捕らわれている人達を救出したら殲滅に移る。


 僕達を乗せた船は洞窟奥へそのまま進むわけだね。必要なら捕まっている人達を船に乗せるなりして、そのまま保護もできるから。

 クリスティアが船全体を隠し、マグノリアが内部構造と反応を探知しながら操船。


 陽動役は――リンネが買って出てくれた。


「消去法でも私かなって思うけど、人質以外サハギンしかいないし、久しぶりに姿を見せて暴れられそう。暴れたい。暴れる」


 ……ということだそうです。船の前方に『遠見の鏡』の丸い映像が開いて、船から降りたリンネの姿を追う。


『こんばんはサハギン君。遊びに来たよ』


 自分から声を掛けながら、刀を抜いて手近にいたサハギンに向かって進んで行く。


『ギッ!?』

『ギヒャアッ!』


 あまりに無警戒にリンネが近付くものだから、サハギン達は一瞬固まって困惑の声を上げた。

 でも、呆けてる暇なんてない。普通に考えれば本拠地に敵が乗り込んできたという状況だ。すぐに表情を憎々しげなものにして、声を上げると無造作に前に出てくるリンネに向かって、自分達から突っ込んでいく。


『鮫と小魚ごっこ。私が鮫でお前らが小魚ね』


 が、リンネは洞窟の床に沈み込むと影の中から刀身だけ伸ばしてすれ違いざまに真っ二つにしていた。水面に出た鮫の背びれを模すように、地面を、床を、天井を泳ぎ回るようにして、狼狽するサハギン達を立体的に斬りつける。


 先程の怒声でにわかに騒がしくなった。洞窟の奥――横穴から次々サハギン達が飛び出してくる……けど。


『ざっぱーん』


 とか言いながら影の中から弧を描いて飛び出し、また一匹真っ二つにしながら壁の中に飛び込む。

 ……うん。確かに鮫っぽい動きしてるけど……。


 影の中にリンネがいると判断したのか、一匹のサハギンが咆哮しながら手にしていた銛を突き込んでみるけれど――その足下まで影が広がり、そのサハギンを引っ張り込むように飲み込んでしまう。

 一瞬遅れて、バラバラになったサハギンが影の中から吐き出されるようにばら撒かれた。あまりと言えばあまりの光景に、サハギン達が思わず顔を引きつらせて後退りする。半魚人達が引いてる表情は初めてだなあ……。


『鮫に狙われたら小魚は逃げるべき』


 渦巻く影が複数に分裂。別々の方向に滑って移動したかと思うと、その全てから刀が飛び出して、天井と言わず壁と言わず複雑な軌道で遊泳するように迫っていく。


 そんな光景を見ながらマグノリアが楽しそうに笑って膝を打つ。すっかり観戦モードなマグノリアだけど、小舟は迷いなくいくつかの横穴に曲がり、奥へ奥へと進んでるみたいだ。


「うふふ……。ちなみに妖魔の心を折るのは、彼らの信仰を通して邪神の方への打撃にもなるのです。妖魔の怯懦や恐怖は、力を与えている邪神の否定ですから」

「なるほど……」


 じゃあ、みんなが妖魔相手だと特にえげつないのは、ちゃんと理由があってのものなんだね! ……そうなんだよね?


 船はそんな話をしている間にも縦穴横穴が複雑に入り組む洞窟を迷いなく進んで行く。そして――。


 浮上したと思った瞬間、空気のある場所に出た。


 見張りのサハギンも、部屋の隅の方で魚を貪っているのが見えた。広い部屋だけれど、部屋の真ん中ぐらいから――何だろう。オレンジ色や紫色の奇妙な触腕が複雑に絡み合って、目の粗い篭や網のようにして塞いでいる。その触腕の網の向こうにぐったりとした様子で横たわっている人達が見えた。人数は――行方不明になった人達全員揃っている。怪我の度合いはここからでは分からない。


「……何あれ」

「海魔が拠点によく設ける生体檻ですね。イソギンチャクのような生物を利用しているのですが、妖魔の影響下にあるあれは、かなり強い麻痺毒を持たされています。迂闊に触れてはいけませんよ」


 ……有毒の生体檻……。嫌なもの設置するね。


「キャロル。まずはあっちを片付けてしまえ。生かしとく必要はない」

「片付けますー」


 見張りを指差すマグノリアに、キャロルは躊躇う事なく小舟から降りて散歩にでも行くような足取りで前に出る。


 迷わずサハギンの前まで踏み込んだ。クリスティアの魔法があるとはいえ、あの距離は流石に気付かれる。驚いて立ち上がろうとするサハギンだったが。


「ふっ!」


 キャロルは何かを両手の上に乗せているような仕草を見せると、そこに短く息を吹きかける。きらきらとした極彩色の煌めきがキャロルの前方に風となって吹き抜け、今にも飛び掛かろうとしていたサハギンに押し寄せた。

 煌めきに巻かれたサハギンは――ふらふらと足下をふらつかせるとその場に倒れてしまう。今ので仕留め……いや、眠って、る? ああ。夢魔だからか。


「……キッヒ」


 きっひ? 変な声が聞こえて、僕は首を傾げた。


「キヒヒ……ッ」


 その謎の声は――倒れたサハギンを眺める、キャロルの口から漏れてるものだって、少し遅れて気付いた。

 口が大きく開かれて、その口腔にはギザギザの歯が並んでいる。こめかみのあたりから羊みたいな角も生えてた。


 夢魔の能力で何かをしているのか、サハギンが呻きながら救いを求めるように虚空に手を伸ばす。


「キッヒヒヒヒッ!」


 ああ、そうなんだ……。ちょっと変わってるし夢魔だけど、大人しいって印象だったんだけどなぁ。そっかぁ……。キャロル……きみもかぁ……。


 いつの間にか、キャロルの手には三又の槍が握られてて。

 キャロルは哄笑を響かせながら、何度も何度も眼前のサハギンに槍を突き立てるのであった。

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