第10話 叩いたら良い音がした件

「妖魔は総じて相容れない邪悪な性質と言えますが、その性質故の弱点もあるのです」

「つまり――祭壇や神殿、聖域を破壊されることじゃな」

「信仰を台無しにしたって扱い。簡単にそこの神様から見放されて、その群れの出身者はそれ以上の成長や増加を見込めなくなる」

「厳しい神様だね……」

「便宜上の呼び名です。神と呼ぶことすらおこがましい存在ですよ」

「あいつらは嫌い。潰したい」


 そんな話をしながらも、僕達の姿は砂浜の小舟の前にあった。方針が纏まったところで、僕達は漁師達を中心に交渉を持ちかけたのだ。

 交渉の内容は妖魔討伐に来たので小舟を貸して欲しいというものだ。謝礼を払うと言ってマグノリアの魔法も見せると、漁師達はサハギンのせいで満足に漁に出られなかったということもあって、案外あっさりと小舟を確保することができた。応援までしてくれて有難い話だね。


「よーし。一先ずの準備は完了かの。キャロルや。料理の準備が終わっているなら、こっちに来るのじゃ」

『わかりましたー』


 耳のあたりに手をやってマグノリアが言うと、どこからともなくキャロルの声が聞こえた。


「キャロルも連れていくの?」

「見た目や性格はそうでもなさそうに見えて、あれもしっかり戦えるからのう」

「夢魔は夜精。キャロルは使い魔として実体化していますが、下級精霊の一種ですね。魔物や妖魔とはまた違う区分になります」


 色んな生き物に夢を見せてそこに生じる感情を糧にしているとか。夢の種類は個々人の好みによって違うという。

 砂浜で少し待っていると、キャロルが姿を見せた。来るまでが早いし、やってきた方向が滞在している館の方からだ。……直線的に移動してきたみたいだね。


「そなたは基本、主殿を守るように」

「わかりましたー」

「よろしくね、キャロル」

「はいー」


 みんなで小舟に乗り込み、マグノリアが指を鳴らすと独りでに船が動き出した。

 沖合に出て、漁場と思われる場所まで出た所で、リンネが小舟に積んであった投網を打つ。

 これも小舟と一緒に貸してもらったもの。討伐用の資金の中から、小舟ごと買い取れるぐらいの謝礼を渡していたりする。船や網が壊れてしまうのも想定してるわけだね。


「海魔狩り入門は釣りから入る」


 だそうです。漁師を狙ってくるのなら、漁師の振りをすればいいじゃない。

 着底した投網をリンネが引き寄せている横で、マグノリアが探知を行う。


「おっ。釣れたぞ。やはり魚が多いとこに潜んでおったな。数は3匹じゃ」

「ではここは私が」


 クリスティアが船底に隠すようにメイスを構える。


 サハギン達にとって投網を引き揚げようとしている漁師は狙い目だという。不安定な船の上に立って重い物を引っ張っているのだ。そこを捕まえれば、バランスを崩し、簡単に海の中に引き込むことができる。


「ギヒャアッ!」


 だから――投網を引いているリンネ目掛けて水中から飛び出したサハギンが水かきのある手で掴みかかってきた。それを――。


「ふふ。まず一匹」


 パッカーン……と。

 三日月のような笑み。クリスティアのメイスが冗談みたいな初速で振り抜かれて、良い音が鳴る。サハギンが空高くに舞った。


「あー……。今日はまた一段と高いね……」


 陽光をキラキラと浴びて、放物線を描くサハギン。結構な時間をかけて着水し、魚の餌になった。


「サハギンを思い切り叩くと良い音がする」

「良い音ですー」

「うははっ! 見よ、あの残りのサハギン共の間抜け面!」


 海面から顔だけ出して、呆けたような顔で仲間の末路を見送っていたサハギンに向けて、マグノリアが笑いながら手を翳す。


 四方八方から鋭く尖った氷柱がサハギン達に叩き込まれた。海面からだけでなく、海中からも氷柱が飛び出してる……。こっちに流れ弾は一切来ないけど、撃ち込まれてるサハギンの方はひとたまりもない。


「二匹目ですー」


 二匹目が悲鳴を上げる間もなく、助けを求めるように海面に腕だけを出して沈んでいった。


「ほぉれほれッ! 泳げ泳げッ!」

「ギヒィッ!?」


 最後の一匹。マグノリアは笑いながら色んな角度から散発的に氷柱を撃ち込む。肩口を、頬を、掠めていく氷柱に右に左に泳ぎ回り、その様子を指差してマグノリアが笑い声を響かせた。うん……。


 そうしてマグノリアが指差して笑っている間に、氷柱の飛来の隙間を縫うように右に左に逃げ惑ったサハギンが、悲鳴を上げながら猛烈な速度で泳ぎ去っていった。


「逃げますー」

「くっくっく。心配はいらんよ」

「そう。逃げたのを追跡して拠点を突き止める」

「今回は軽く撫でるついでにマーキングしてあるぞ。逃げた先に他の仲間が集まっとるとこが拠点となるが、別の場所に逃げたとしても、撒けたと思ったとこで本隊と合流するというわけじゃ」

「うふふ。追跡に手間をかけなくて良いのは便利ですね」


 海魔はこのようにして狩るのだ……ということらしい。入門部分以外は色々おかしいけど。


 というわけで、釣りと追跡までは首尾よくいったから、後は逃がしたサハギンが拠点に案内してくれるまで待つ。時間を置く必要があるので、僕達は一旦屋敷に戻って食事をし、それから夜襲を仕掛けるというわけだ。


 ちなみにリンネが打っていた投網はエビとか魚とか色々獲れてたので、僕達だけで使う分貰って、残りは船を一旦返しにいくついでに漁師達に譲った。代わりに保存の利く干物、砂浜で獲れた貝やカニだとか、色々と貰ってしまった。


「やっぱり、俺達の代わりに戦ってくれてる人達から金は受け取れねえよ」


 船を貸してくれた漁師さんはそう言ってお金を返してくれた。というか、僕のことを知ってる人もいたらしい。


「セシル殿下があちこちで魔物退治や盗賊捕縛に勤しんでいるというお噂は耳にしておりますじゃ」

「応援してますぜ、殿下」

「ん……。ありがとう」


 こうやって面と向かって言われるのはお礼を言われたり応援されたりっていうのは初めてだ。少し気恥ずかしいけど、嬉しいな。


 そうして漁師達と一旦別れて屋敷に戻った僕達は、キャロルの作ってくれた料理に、更に新鮮な魚介類や干物から出汁を取ったスープ等を加えての夕食を楽しませてもらった。




 そして月が高く昇った頃になって。僕達は再び船に乗り込み沖を目指すこととなった。目指すはサハギン達の反応が多数ある拠点。既にその位置はマグノリアが特定してくれている。


「前方に見えるあの島――の海底部分じゃな。島の丁度下ぐらいに位置しとるかのー」

「洞窟とかに祭壇作ってる感じ」

「サハギンはそうじゃろな。自分らで洞窟を掘って拡張もする」

「そしてそこに牢を作り、攫ってきた方達を儀式まで監禁するわけです」

「じゃあ……助けられるかも知れないね」


 僕が言うと、クリスティアが頷く。


「はい。全員揃って……とは今は言えませんが、何人かはきっと生きていると思います」

「そう。向こうの目的を考えると望みはある」

「連中が儀式を行うのは満月の夜じゃからな。潮の満ち引きが関係しとる。そこから考えるとな」


 今のみんなの言い回しは――突入してから結果がどうであったとしても、僕が気落ちをしないようにと気を遣ってくれたからだと思う。


 それにしても、月齢か……。満月だと満潮になるんだったね。

 そして、サハギン騒動が起こったのは最近のことだ。集めた情報と月齢を照らし合わせると――そうだ。生きてる人はいるはず。最初の被害者が攫われたのは、前の満月より前だ。5人被害者が出てるけれど、全員生存の見込みだってある。


「――うん。行こう。サハギンを倒して、祭壇を破壊。摑まっている人達の救助を目指す」


 前を見据えて言えば、みんなも声を頷く。やれることはきっとあるはずだ。

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