第9話 海魔や妖魔は邪悪な性質っぽい件

 王族滞在用だけあって、立派な塀と門を備えた館だった。


「これはセシル殿下。お待ちしておりました」

「お初にお目にかかります。ようこそいらっしゃいました」


 館の正門で、警備担当さんと衛兵2名、それから館の管理人さんが僕達を出迎えて挨拶と自己紹介をしてくれる。警備担当は凛々しい印象の女性武官さんで、管理人は品の良い老婦人である。


「こんにちは。滞在中はよろしくね」


 そう言ってクリスティアとマグノリア、キャロルを紹介する。リンネはいつも通り影の中だ。


「殿下のご活躍とお二方の武名はかねがね耳にしております」

「うふふ。恐縮です」

「うんうん。あちこちで頑張ったもんね!」


 クリスティアと子供モードのマグノリアが答える。


「ありがとう。人が少ないけど、護衛は二人がしてくれるし、料理とか身の回りの事はキャロルがしてくれる予定。討伐前の作戦会議とか、精神集中とか準備が色々あるんだ。滞在中、僕達のことはあまり気にかけなくても大丈夫だからね」

「畏まりました。キャロルさんに屋敷内の設備の案内をしたら、私は庭園にある小屋で待機しております。何かありましたら何なりとお申し付けください」

「私共も正門の横の警備小屋に詰めています。魔道具の呼び子もございますので、非常時はそちらをご活用下さい。私達もすぐさま駆け付けます」

「うん。ありがとう」


 というわけで、馬車ごと敷地の中へ。庭園も明るくて雰囲気がいいなあ……。

 潮風に強い植物が植えられていて、王宮のそれとは結構趣が違うよね。夏の明るい陽射しに赤い花が良く映える。


 最初に呼び子の使い方とか、屋敷の設備、間取り等を教えてもらった。王と王妃専用の部屋があるらしいけど、それ以外の設備は自由に使っても大丈夫とのこと。


 そうやって一通り案内してくれた後で、警備担当さんと管理人さん達は持ち場へと戻っていった。人目が無くなったところでリンネが出現する。


「部屋も広くていい感じ」

「うん。ちょっと豪華でまだ慣れないけど、休暇なら有りだよね」


 王宮にある僕の自室は疎まれてたこともあって歳費も自由にならず、部屋に物が少なかった。

 王子として恥ずかしくない程度にっていう事で少し改善はしたけど無駄遣いは控えているし、僕はちょっと前まで民間人だったからなぁ。あまり豪華だと落ち着かないんだ。一応王族なんだから、慣れるようにしていかないと、とは思うんだけどね。


「一先ず探知の網は張っておかねばのう」


 マグノリアがどこからともなく黄金の飾りがついた杖を取り出して、石突で床を軽く突いた。そこから淡い光のさざ波のようなものが放射状に広がっていく。


「ま、これで良かろ。敷地内の不審な動きは分かる」

「安心安全ですー。ご飯作ってきますー」


 ティーカップの準備をしてから厨房に向かうキャロル。


「よろしくね。それじゃ、一休みも兼ねてこの後の話かな」

「うふふ……。作戦会議ですね」

「うん。みんな強いから力押しでもいけるんだろうけど……まず港町の方に向かって、どこにどんな海魔がどのぐらいいるかとか、分かる範囲での情報収集から始めようと思ってる」

「油断しないのは大事。一つの目撃情報が生死を分けることもある」

「うむうむ。将として良い心がけと言えよう」


 そんな風に言ってくれるけど。実際は僕が全然弱いから慎重に動こうっていうだけなんだよねー、これが。詳しく知らないまま動いちゃうと、何か街の人にも不都合があるかも知れないし。


 僕のスキルだって召喚するだけじゃなくて、更なる続きみたいなのはある。一緒にいる事、同行していることでできることというのもあるんだけど……。


 いずれにしたって、出来る事を怠って、みんなにいらない怪我をさせてたら余りにもね……。




 食事を作っているキャロルは一先ず屋敷で留守番。僕達は港街へと向かった。

 そこで聞き込みをしてみたが、現状、海魔の出現で色々と大変らしい。

 出現している海魔はサハギンの群れだ。簡単に言っちゃうと半魚人だね。主に漁船や漁師に被害が出ていて。そのせいで漁師達が迂闊に漁へ出られない。


 大きな船――例えば輸送船は海魔出現の報を受けて軍船が護衛するようになったから入港出港はできるんだけど、それは裏を返すとちゃんとサハギン側が軍船を見て、それを避けている知能があるっていうことだ。


 そして漁師達全員を、ずっと大型の軍船で守れるわけじゃない。実際、軍の目を盗むように被害が出続けているそうで、漁師達の何人かが既に行方不明になっている。もう被害者がいるから、港町には暗い、というより悲壮な雰囲気があった。


「まあ、あんまりよろしくないのう。小賢しい立ち回りをする海魔というのは」

「陸であれ海であれ、妖魔側がそういう知恵をつけているというのは上位個体が統率している可能性が高いのです。手をこまねいていると群れが大きくなって、更に強い個体が出てくることが考えられますね」

「統率者の性格次第だけど、今回は大規模な討伐隊組んでも逃げるタイプ。陸対海だから尚更」

「そっか……。海じゃ逃げたからって大人数で追い立てるとかできないのか……」


 海魔は海に住む妖魔の総称。そして、魔物と妖魔は少し違うんだ。

 魔物は魔核を体内に宿す生き物の総称。性質は種族に千差万別だけど、必ずしも邪悪とは言われない。実際のところは強くて魔法を使える野生動物の延長、みたいな感じ。

 頭がいい種族もいて、無益な殺しはしないし利害が一致すると助けてくれたりもする……らしい。獰猛なのもいるけど。でも人を襲うのは大体護身か捕食目的なので分かりやすい。


 対して妖魔は基本的な性質が邪悪。放置すると被害を出し続けて勢力を拡大させるから、早期討伐が強く推奨される。


 ここからはみんなに教えてもらった部分で、更に突っ込んだ知識なんだけど、海魔含む妖魔が人間を襲うのは、そうすることで群れ全体が底上げされて強くなれるからなんだって。


 妖魔と魔物以外の知恵ある種族……例えば人、エルフ、ドワーフといった種族を生贄に捧げると一族の中に上位個体に進化する者が出てくる。彼らが信奉する神への捧げものにするんだとか。ゴブリンも最下級ながられっきとした妖魔で、そういう性質を持っているっていうわけだ。


 嫌な話だけど、その儀式には種族ごとにお作法があるらしい。だから……それ次第では救援が間に合うこともある。


 纏めると、漁師に被害が出続ければ少しずつ勢力が拡大するし、もっと強くなれば、それこそ軍船でもお構いなしに攻撃してくるかも知れない……と。


 でも、正面からぶつかってこないってことは、まだ妖魔達の成長度もそこまでじゃないんだろう。討伐するなら早期が望ましい。王都まで話が聞こえてきたのはその辺をどうするかという話し合いが進んでいたからだ。そこに僕達が名乗りを上げた。


 けど大人数で討伐しようとすると逃げるんだよねえ。うーん……。想像以上に面倒だ。海っていうのがどうにも。

 でも……みんなは海魔って聞いても海水浴ついで、みたいな空気で気軽に行こう見たいな話をしてた……。もしかして何か方法が――。


「えっと……妖魔は犠牲者を生贄に捧げるっていうことは、やっぱりサハギン達にもどこかに神殿とか祭壇みたいなのがあったりする?」

「うむうむ。その通りじゃ」


 ふと思いついたことを聞いて見ると、マグノリアが頷いた。


「くふっ……うふふふ……。ああ。良い……。我が主は聡明です」

「妖魔である以上、そういうのはどこかにある。陸でも海でも同じ」

「それを探知したり、実際にそこに乗り込んでいけるかな?」

「くっく。そなたのしもべに任せるがよいぞ」


 マグノリアは自信たっぷりに胸を張って笑った。


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