第2話 ユニークスキルに開眼したら召喚できた件

 僕の名前はセシル。セシル=ヴァルナーク。ヴァルナーク王国の第4王子、らしい。

 14歳。5年前までは普通のパン屋の息子だった。でも、ある日僕のところに王城から使いがやってきたんだ。生まれてすぐに諸事情があって信用のあるところに預けられたって言ってた。状況が変わったから王城に呼び戻すことになったんだって。


 両親だと思ってた人達は実の父と母ではなかった。ショックではあったけれど、それはいいんだ。僕はあの家で育っている間、飢えることもなかったし教育だってしてもらえたから。きっと文句を言うのは贅沢なんだろう。だから、育ててくれたあの人達を今も父さんと母さんと呼ばせてもらっている。少なくとも、心の中では。


 もう会いに行くことはできないんだけどね。「市井にいた頃の事が何かのはずみで王家の汚点になってはいけない」んだそうだよ。だから街で暮らしていたセシルと第4王子のセシルに関わりはない。


 知らない人達に囲まれて、慣れない生活が始まった。辛かったのは、何だか僕を目の仇にしている人達がいて、理由も分からずに色んな嫌がらせをされ続けたことだ。

 振り返って見れば、最初の内は彼らも様子見をしていた……気がする。少しずつ僕にはやっても大丈夫なんだと思うとあからさまになっていった。

 王族たるもの兵を率いて戦うこともあると剣を学ぶ時間があった。


「第4王子は軟弱でいらっしゃる」

「男子が剣の握り方も知らないとは」


 と笑われて。走り込みや素振り。それはいい。その内かかり稽古も行われたんだけど、段々突き飛ばされたり蹴られたりするようになって、また兵士達に笑われて散々だった。

 こういうものなのかなって最初は思ったんだけど、新兵訓練でもそんなことやってないんだよね。結局まともな剣の振り方とか、槍の突き方とか一度も教えてもらってないから僕なりに目で見てどうにかするしかなかった。


 家庭教師もついた。父さん達に教育をしてもらってたから、最初に学力を見るってところで質問に多少は答えられたんだけど……それが気に入らなかったのだろうか。

 次々難しい質問をされて、答えられないと「これでは王子として相応しくありませんな。少し厳しく指導せねばなりません」と言われ、間違えると次までに復習しておきなさいと言われる。その内エスカレートして、間違えると教鞭が手の甲に飛んでくる感じになっていった。


 でも、授業で突っ込んだ質問されるような部分は内容としてあまり扱ってくれない。本を読んで予習しておけということなんだろうかと悩んだりもした。たまに答えられても褒めてもくれない。次の質問をされるだけだ。


 その内食事の内容までおかしくなった。スープの量や具が少なくなっていくとか冷え切ってるとか。

 ある日パンに靴跡が付けられていた何てことがあって、いい加減気付いたんだ。ああ、理由があって厳しくされているんじゃない。僕は誰かに、とても疎まれているんだって。

 それまでそんな風にあからさまに人から悪意をぶつけられたことはなかったから。気付くまでが少し遅れた。


 けど、僕には理由が分からない。誰も教えてはくれない。積極的に加担していない人達だって、火の粉を被りたくないから僕を避けてたんだ。


 で、状況が変化したのはやっぱりスキルに開眼した時だ。

 ヴァルナークの王族は12歳の誕生日になると特殊なスキルを発現する。そういう血筋だから王家の血は尊いんだって。僕は、そんなもの発現しないでくれてもいいのにって思ってた。


 もし誕生日が来てもスキルなんかに目覚めなければ。何かの手違いで王子と間違われたんだってなるだろう。そうなったら、王宮を出ていける。彼らもそう望んでる。


 王様に呼ばれて、お前には期待していると会食の席で声を掛けられた。余計な事を言わないようにと言い含められていた僕は「励みます」とだけ答えたんだ。

 その後、鑑定の儀を受けた。水晶球に映し出され、スキルの名前が浮かび上がり、それを以ってお披露目にする。


「セシル殿下のスキルは『英雄再臨』です!」


 神官の言葉に、どよめきが起こった。曰く「聞いたことがない」「類例のないスキルだ」「英雄はともかくとして……再臨とは一体?」とか、そんな声。僕は期待もしたし、不安でもあった。名前は凄そうだけど、それで目を付けられてもっと嫌がらせが酷くなるんじゃないかって。


「ほう。もう使い方が分かるか? セシルよ」


 王様はそんな風に言ったけれど、僕は「いいえ」と首を横に振った。


「まだ生誕の時刻が来ていない、か。まあ良い。明日はそなたの初陣。その時にスキルの正体も分かろう。追って報告せよ」


 そうなんだ。12歳の誕生日を迎えた王族は次の日に兵を率いて初陣に望む。スキルに目覚めても普通は兵士達の前に出て積極的に使ってみろ、なんてことはないらしいけどね……。

 で。僕は次の日兵達とゴブリンの巣穴掃討に向かった。小規模な巣穴を事前に把握して、この日のために抑えていたんだってさ。大体ゴブリンか盗賊の掃討が慣例らしいけど。


「殿下。スキルの行使をお願いします」


 ゴブリン達と小競り合いをしている兵士達を遠巻きに眺めながら、僕は騎士にそんなことを言われた。


「……使えないよ。必要な時が来た時に使えるスキルなんだ」


 生まれた時刻を迎えた僕は、スキルの使い方を何となく理解してたけど、そういうものらしい。必要な時というのがどういうものか分かっていなかったから、正直にそう答えた。


「はっ」


 騎士は嘲るように笑った。訓練の時も僕をいびってきた騎士だったからね。これぐらいの反応はすると思ってた。


「しかし、陛下への報告もしなければなりませんぞ。ここは巣穴の中まで殿下に同行してもらうしかありませんな。必要な時もきっとくるでしょう。何。心配はいりません。我らがお守りします」

「……分かった」


 どうせ僕に拒否するなんて選択肢は与えられていない。すっかり諦めていた僕は、そう答えた。


 兵士達がゴブリンを抑えて僕が前に出て槍を突けと言われて、そうした。初めてゴブリンのような生き物に槍を突き立てる感覚。血の臭い。暗い洞窟。気持ちが悪かった。それでもスキルは使えない。巣穴の奥へ、奥へと僕は騎士達と進んで行った。そして。


 僕は後ろからついてきた誰かに、暗がりの中に突き飛ばされた。


「えっ!?」


 浮遊感。大人の身長ぐらいの高さを落ちて、顔を上げたそこは洞窟の中の広間だった。沢山のゴブリン達がいて。声を上げた僕を見てくる。奥の方に屈強なホブゴブリンや杖を持ったシャーマンまでいて。

 振り返る。僕が落ちたそこには何か、光る壁のようなものがあった。


 そうなんだ。僕はハメられた。内部構造の事前調査まで終わってたんだ。

 有用そうなスキルに目覚めた邪魔な王子なんて、早々に排除してしまえってことなんだろう。初陣の中での不幸な事故。そういう名目で処理される、はずだった。


 ゴブリン達はへっぴり腰の人間の子供なんて玩具ぐらいにしか思ってなくて。シャーマンに短く命令された下っ端のゴブリン達が汚いナイフを舌で舐めたり、棍棒を持って笑いながら僕に近付いてきたんだ。

 逃げようとしたけど、あっという間に棍棒で肋骨を砕かれて、息もできずに転がった。容赦なく足にナイフを突き立てられた。信じられないような痛み。悲鳴すら漏れない。

 何でこんなことになってしまったのか。僕が何をしたっていうのか。答えてくれる人はいない。

 ゴブリン達は足を引きずって逃げる僕を壁際に笑いながら追い詰めてきた。だけど。


 その時が来たんだって、僕は唐突に理解していた。

 そして、それに縋ったんだ。生きたい。生きていたい。こんなところで何の意味もなく殺されるなんて絶対に嫌だって。


 眩い光が溢れた。


 いくつもの複雑な紋様と円が僕の身体の周囲から広がり、僕に近寄ろうとしていたゴブリン達は光の壁で弾き飛ばされる。


「因果交差せし魂よ、目覚め来たれ……」


 不思議な感覚だった。内から溢れる何かが口を衝く。手を伸ばし、言葉を紡いだ。


「今こそ彼の者の栄光を思い出し、高らかに凱歌を上げよ……! 救世の聖女よッ! ここに在れ!」


 光の柱が洞窟を眩く照らす。その光の中に、誰かがいた。僕に向かって恭しく膝をつく、夜の闇のような漆黒の髪を持つ女性。その人物は白い法衣の上に、重厚なドレスアーマーを纏っていた。

 片手には長大なメイス。もう片手には大きな盾。彼女が。クリスティアがそこにいた。

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