第6話 訳あり英雄達にめっちゃ気に入られてた件
――話は前後する。それはゴブリンの掃討作戦が行われ、国王にその報告をして、しばらくしてからの出来事だ。
月明かりの綺麗な夜だった。ベッドの上で寝息を立てているセシル王子を少し遠巻きに眺めて、三人の英雄が会議を行っていた。
王宮内の現状報告とこれからの作戦についての議題が交わされていたが、それらの議題を片付けたところで主の印象は、という流れになった。
「……良い、ですね。あの方は良いです。心根が素晴らしい」
「ふむ。スレてないしの。そんな時に会う事が出来たのは僥倖よ」
「育ての親っていう人達にも感謝したい」
「確かに。その方達にも少し興味が湧きますね」
三人からのセシル王子の評価は高い。セシル王子自身は何故こんなに評価してくれるのかと困惑しているのが見て取れるが、クリスティア達はかつて、自分達を利用しようとする者達など山ほど見てきた。
力を得る事で変わってしまう者は多い。若いならば。しかも虐げられたならば尚更だ。だが、そこで一旦立ち止まって考えているからこそ、セシル王子を高く評価しているのである。
しかも、彼女達から見てセシルは恩人だった。それも普通の恩ではない。
命の恩人。或いは信念であり希望……そして心や魂を守ってくれた庇護者。そういう位置づけだ。
ドロドロに甘やかしたくもなるし、長所や美点をそのままに成長していって欲しい、とも思う。
王宮に巣食うクズなど、関わり合いになって欲しくもない。視界に入ることすら許したくない。少なくとも、今はの話だ。
長い人生。そう言った手合いと向かい合う時もあるだろうが、わざわざ今触れる必要はない。それ故、主を虐げた者達に容赦するつもりはなかった。
「後はあれじゃな! 見目も良い」
「割と庇護欲そそる」
「うふふ……。悩んでいる姿も愛らしいものです。その上で悩みに答えを見つけ、その表情が決心に昇華する瞬間が素晴らしい……!」
目をかっと見開いて拳を握るクリスティアである。
「それは同感じゃし将来が楽しみなのもそうなんじゃが……ぶっちゃけた話、どうなんじゃ? お主……聖職者じゃないの? そういうの有りなん?」
「今はもう違いますよ? ただのクリスティアです。守りたいもの、貫きたいものはあれど、私がかつて信じようとしたものは、幻想でしかなかったということですね。ですからもしご成長なさってからの寵愛だとか、そういう意味なのであれば、有りだと答えておきましょう」
「ほーう? 意外に面白い女じゃな」
マグノリアが興味深そうにクリスティアを見やる。
「貴女こそ――破天荒な言動をしていますが、実際のところはどうなのです? 軽口は多いが、思ってもないことや嘘ばかりを言っているわけではない――というのも違和感がありますね。中々掴みどころがありません」
クリスティアは片目を薄く開けてマグノリアを見据える。満月のような煌めきを宿す、金色の瞳だ。
「かかか……。謎多き女の方が魅力的じゃろ?」
「素直で可愛い方が私は好き。ご主人様みたいに」
「それは同感ですね」
「でもご主人様のスキルからして察してたけど、確信した。生前? の私達、全員何か訳あり?」
「まーの。長く生きてりゃ色々あるわ」
ガシガシと髪を掻いてマグノリアが言う。
「傷を舐め合いたいわけではないでしょう。重要なのは、だからこそセシル様を守るという点において私達はお互いの手を取り合えるということです」
「それは同意。恩義は忘れない」
「うむ。話を元に戻そう。これは提案じゃが、主殿に関しては抜け駆け無しにせんか?」
「いいでしょう」
「異存ない。この面子で潰し合いとかぞっとしない」
欲望半分、現実を見据えた部分半分で三人は手を取り合う。
「ふっ、ふふ、ふ……」
「くっくっく……」
互いの手を重ねたまま意味ありげに笑い合うクリスティアとマグノリア。比喩ではなく、その手から火花が散る。
「で――そういう事なら、目指すのは王位継承? 勿論、当人が望むならだけど」
その火花を意にも介さずリンネが言った。意味するところはセシルが王位につけば側室とて持てる。序列がどうであれ丸く収まるだろうという話だ。後ろ盾のないセシルである。その時は三人が力を合わせてセシルを王位に押し上げる事になる。
「王、ですか。きっとセシル様は良い為政者になれます。かつての私が
「まあ……主殿の作る国は面白そうじゃがなー。幸福なー……。それもあるのよなー。少なくとも、王国民にとっては他の愚物が継ぐより幸福じゃろうがな。本当、主殿が主殿で良かったと思っておるよ」
「逆にどこかに隠遁して人里から離れてご主人様と面白おかしく暮らすのも有り。しがらみないし」
「あらあら……。それも魅力的ですね、確かに。くふっ……」
自分にはない発想だったためにクリスティアははっとしたように言う。そしてその未来を想像したのか、頬に手を当てて恍惚とした表情になる。
「……聖女から個人に戻ったと言っても根っこは変わらんようじゃな。儂はどっちであれ人生エンジョイ勢できる自信があるぞ。根が不真面目じゃからな」
「別に私もどっちでもいい。ご主人様の下で動くのも満足感や納得感があるし、一緒に自由な暮らしも超最高?」
「では、セシル様の選択次第ということで」
「よかろう。そして我らは手を結び、外堀を埋めるというわけじゃな。っと……」
マグノリアがピクリと反応すると、空間に円を描くようなぼんやりとした光が広がる。そこにどこかの風景が映し出された。
周囲に人気がないことを慎重に窺いながら廊下を行く兵士の姿が見える。『遠見の鏡』と呼ばれる――今は失われた魔法だ。
「うふふ……。網にネズミが引っかかりましたか」
「この風景は北棟の二階廊下」
「そうじゃな。少しの間追跡してみるかの」
マグノリアはにまりと笑って映像に掌を向ける。歩いていく男に合わせて風景が流れていく。三人は手慣れた雰囲気で監視する。その姿に緊張は無かった。
「あ。そう言えば気になってたことがある。私達生まれた時代も出身地も全然違うと思うけど、なんで言葉が通じると思う?」
そうしながらもテーブルの上に並べられたティーカップを傾けながらも世間話が飛び出す。
「そりゃ主殿の魂と繋がり得たからじゃろ? 儂らの肉体を構築するような規格外のスキルじゃ。その時にここの言語野を参照して、今この土地での言葉を理解できるようにしたんじゃろな」
頭をとんとんと叩くマグノリア。
「なら、大分いい塩梅に合わせてくれてる」
「貴女が時々変な言葉を使っているのはなんでですか……?」
「儂はこじゃれたシティーガールじゃからしてトレンドに敏感なんじゃ」
そんな軽口を叩きながらも、三人の目は中継映像の人物の一挙手一投足を油断なく追っていた。
「おっと」
「不自然にリズムを付けてノックしましたね」
「あの部屋、第三王妃の甥っ子の部屋」
「では、彼はその派閥に符丁を使って合図をするような用があるわけですか。あらあら。隙間から手紙が出てきましたよ? 困りましたね、ふふふ……」
「外戚かー。影響範囲も把握しなきゃならんから、すぐさま処理とはいかんが、鉱脈として掘っとけば面白そうじゃな」
手紙を受け取った男はそそくさと元来た道を戻っていく。
「封してあるね。あの人は多分手紙開かないし、部屋に持ち帰るなら、寝静まったとこで中身覗きに行ってくる」
「中身が伝わってからでは後手になる可能性もあるからの」
「精力的に動いてくれるのは良いとして……リンネ、貴女はきちんと睡眠や休息してますか? 必要なら回復魔法を使いますよ?」
「眠ってるとこ見たことないのうそういや。影の中で寝とるのか?」
「頭半分ずつ眠らせてずっと動けるって方法がある」
リンネは前髪を引っ張って顔を半分に分かつようにしながら、片目を閉じて見せる。
「それはまた……」
「でも、心配してくれてありがとう?」
「いえいえ」
「あ、部屋に戻った。ちょっと行ってくる」
リンネは手を振りながら地面に沈み込むように消えていった。影が滑って部屋を出ていく。それを見送って、マグノリアが口を開いた。
「激ヤバじゃの、ありゃ。魔法じゃなく一族累々築いてきた異能と技法か?」
「それを抜きにしても強いですよ、あの子。味方というのは心強い事ではありますね」
「そなたも大概じゃがな。まあ、同感じゃ」
そんな話をしながらも夜は更けていく。英雄達の新しい日常風景であった。
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