第7話 夏だから水着を買い行くことになった件
「海行きたい。海」
「いきなりどうしたの……」
僕の部屋の天井からぶら下がるように現れたリンネが、空中で宙返りしながら音もなく着地する。
「泳ぎたい」
「夏じゃからなー」
「何か海で泳ぐための服? とかあるってマグノリア言ってた」
「水着じゃなー」
「あと、出かける大義名分もある」
「うふふ……港町近郊に海魔が出ているという情報ですね」
「なるほどねー」
討伐にかこつけて遊びにいきたい? いや、討伐のついでに遊んでくる方かなあ?
そうだなあ。僕は良いと思う。目的もあるし、僕達基本的には王宮内で過ごしてて、外に出ても魔物退治とか盗賊捕縛に王都での活動とか基本は仕事とか義務だもんね。リンネは色々裏で動いているから、人に姿を見せない分大変だと思うし。
「海魔っていうのはまだ話を聞いてないから判断できてないけど、休暇の部分だけの話なら僕は賛成。でも、王宮内の情勢は僕には判断できないから、3人で話し合って決めて欲しい」
「うふふふ。それなら問題ありません。この前お話をしていた通り、お客ももう打ち止め気味みたいです」
「留守中に忍び込まれて探られても何もボロは出ない」
「仮に正面からぶつかり合っても負けはせんしなあ。ま、監視の目と対応の手段だけは残しとくかの」
外戚の人達の中には、まだ反省してない人もいるみたいだけど、今は留守にしても大丈夫という見解みたいだ。その辺……心当たりのある人達もちらほらと脳裏に浮かんだりする。上の王子――異母兄とかね。
でもまあ、とりあえず状況が落ち着ているっていうことなら。
「じゃあ……王様に申し出てくるかな。多分、通ると思う。実績があるし」
「それなら余計な人を連れていかない感じで理由をつけといて欲しい。同行するのはキャロルだけでいい」
「理由は……適当につけられますか。海魔相手なので海中でも戦える者でないといけないだとか」
「リンネも外に出たいもんね」
「それもある」
それも? 他にも何か理由があるってことかな? ま、良いか。
……と、その時はそう思ってた。その理由は――王様に港町に行く許可を貰った後、城下町に水着を買いに行った時に分かったというか察したんだけど。
僕も含めてクリスティアやマグノリアの被服費や食費等々は僕への歳費から出てる。
そんなに贅沢することはないので僕、クリスティア、マグノリアに加えてリンネのお小遣いや水着代を捻出したりは全然問題ない。周辺の人達が入れ替わって以後、王様からは僕の裁量で自由に使って良いと言われてるお金があるんだ。
だから勿論、水着を買いに行く資金だってちゃんとある。元は税金だけど、みんなは妖魔退治とか魔物討伐とか盗賊捕縛とかで動いてるし、少しぐらい還元してもらっても罰は当たらないんじゃないかな……。
そんなわけで最近流行りという水着を扱っている店に来たんだけど。
「いいねいいね! ブチアゲー!」
よくわからない単語を口にしながら子供モードのマグノリアは嬉しそうに水着を吟味する。
僕はと言えば……店内の商品を見て、固まってた。
ええ……? 水着ってこんななの……? 布の面積とか少なくない?
「あらあら、これは……余人がいない方が良いといった理由が分かりますね」
みんなの中で唯一止めてくれそうなクリスティアはと言えば……頬に手を当ててにこにこしてた。
「キャロル、私の分選んで」
「はーい」
同行してる使用人――キャロルの背中あたりから小さな声。
リンネは姿を隠してるので、こうやって人目のあるところに同行する時は誰かの影に紛れる感じだ。足元でも良いのだけれど、明るい場所は服の隙間とか、髪の後ろとか、そういうところに隠れる。
キャロルは……リンネを知ってる。つまり僕達の味方っていうことだ。マグノリアが呼び出して僕と契約した使い魔で、人に化けてるけど本当は夢魔だったりする。
人の入れ替えに乗じて書類を偽装して紛れ込ませたそうです。後は夢魔の能力で面談や採用担当とのやり取りを夢ででっち上げたんだとか。僕専属のメイドで、部屋に出入りするなら身内の方がいいっていう判断だね。
羊みたいなふわっとした質感の、金色の髪が特徴的。背丈は小さい方。垂れ目でどこか眠そうな表情だ。仕事はきっちりこなして、食事を用意してくれたり、街にお使いに行ってくれたり、色々助けてもらってる。仕事が終わると部屋の隅で立ったまま寝たりしてるけど。
「これとかどうかな!?」
「ぶっ!」
マグノリアが手にとって僕に見せてきた水着に僕は思わず衝撃を受ける。なにあれ。小さな三角形と紐だけで構成されてるんだけど、ほんとに服?
「……そんなものを野外で着るとは……マグノリア。貴女恥ずかしくないんですか?」
「げーじゅつひんは見せるためにあるんだって聞いたよ! それに身内だけだもんね」
「いや……それはちょっと……いくら何でもじゃないかな……」
顔が赤くなるのが分かる。僕は顔を逸らしてそう言った。
「……そういうことですか。趣旨は理解しました」
「でしょー。でももうちょっと加減しよっかなー」
「ぐっへっへ……」
理解って何……。リンネも棒読み口調で不穏な笑い声してるし。
おねがいだれかとめて。
……と思うものの、何か三人が乗り気な時点で止める人はいないんだこれが……。楽しそうに盛り上がってるのを、頭ごなしに命令するのはちょっととも思うし……。
キャロルは――こういう時、特に自分の意見とか主張しないしね……。
ちょっとあれだ。うん。自分の水着を選ぶことだけ考えて平常心になろう。平常心。
男用の水着は割と普通だった。店員によるとブーメランとかいうのがおススメらしく、実物を見せてもらったけど勘弁してほしい。
あれなんだよね。肉体美とか芸術とか。そういうのを奨励する風潮? とかが巻き起こってて、それに伴って水着が過激化してる流れがあるって店員さんが苦笑しながら教えてくれた。
ブームに合わせ、貴族のパトロンを得た芸術家がコンセプトに沿った水着をデザインするとか。売れ線商品ね。うん。
「はは。もしかすると規制が入るかも知れませんからね。今が書き入れ時なんですよー」
で、店側から不良在庫になっちゃ困ると過激なのが勧められるわけですね。わかりました。魔法縫製とかで製作スピードとか縫製の技術が上がって、魔物の素材を使って色んなデザインの水着が出てるらしい。
ちょっと前まで国民の立場でもあった僕から言わせてもらうと、自由な気風で平和で良い国なんだけどね。でも平和ボケすると腐敗も進むというのはマグノリアの弁だ。王宮の中での汚職とか腐敗がそれである。人が入れ替わったりして、結構引き締まって来たらしいけど。
汚職や腐敗の原因になってた上の方……貴族や外戚連中は今大人しくしてるだけなのか、ちゃんと心を入れ替えたのかはこれから判断するとのことだ。
「んー。これで良いかな」
色々思考を他に向けつつ自分用の水着を選ぶ。ブーメラン――は最初から選択肢に入らないとして。この四角いシルエットの奴がいいかなぁ。色とかデザインはどうしよっか……。みんなに相談して決めるかな。そっちの方が楽しんでくれるよね。
「どんな色が似合うかな?」
「うふふ。柔らかそうな茶色の髪ですし、濃い色でも薄い色でも似合いそうです」
「ご主人様の髪色だと青系統?」
「夏だし涼しそうなのいいよねー」
三人からはそんな返答。そっかー。それじゃこの辺?
「これなんてどうか、な……?」
何の気無しにみんなに視線を向けてしまって、すぐに顔を逸らす。
何あのクリスティアが持ってたV字の……。リンネがキャロルに吟味させてるのも何か水着じゃなくて布地の代わりに宝石とヒラヒラがついてるだけみたいなのに見えた。
うーん。駄目だ。顔が赤くなる。
「良い……ですね。セシル様に似合う色だと思います」
「私も爽やかで良い色だと思うよー!」
「うん。ご主人様のセンスが良い」
そんな返答があるけど、視線を戻せない。このお店危険だって……。心臓に悪いよ……。
「ふふ、うふふ……。しかしなるほど。スリングショットですか。名前からすると面白そうな気がしましたが、形からつけられた名前なのですね。これはちょっと控えておきますが」
「宝石は綺麗だけど、ちょっとない」
「これじゃないですー」
クリスティアの声と、リンネの声。そしてリンネの返答を受けたキャロルが断る声が続く。
「では、これらは片付けておきますね」
はー……セーフ……。
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