第8話 街道最速の馬車で海に向かった件

「セシル様。これなんてどうでしょうか」

「……ああうん。それなら……色も似合ってる、と思う」


 恐る恐る目を向けて感想を口にする。クリスティアが選んだのは白色で、上下で分かれているセパレートと呼ばれるタイプの水着だ。普段着ている戦闘用の法衣と印象が似ていて、白地に金の刺繍がしてあったりだけど……これはシンプルだけれど似合うね。腰にスカートみたいなパレオと呼ばれる布を巻きつけるタイプ、ということらしい。


 布面積もまあ……常識的な方……に見えるかな。パレオは薄い生地で、多分脚のシルエットが布越しに分かるというような見せ方をするんだろうね。


「――水着本体も薄っすら透けそうに見えるものとそうでないものがありますが、どうなさいますか?」

「っ!?」


 何でそういうのばっかなの?


「うふふ。透けない方でお願いしますね」


 少し楽しそうに笑うクリスティア。


「私はこれかな。どう?」


 というリンネの声。キャロルの持っている水着は――鮮やかなロイヤルブルー。セパレート型。白いラインやフリルがついてて、ここまで出てきたのに比べると過激さは大分控えてる。でも色合いにしてもデザインにしてもリンネには似合うかなって思う。


「うん。似合うと思う」

「じゃあこれに決定」

「これにしますー」


 それからマグノリアだね。


「これにしよっかなー」


 そう言ってマグノリアが水着を掲げる。マグノリアは髪の毛がストロベリーブロンド。選んだ水着は発色の良いブラックで、髪色にも合ってるなって思う。


 デザインは……上下一体のワンピース型。横の部分とか臍の部分の布字が菱形とかに抜かれていて……結構大きく開いてるところもあるけど、見た感じはそこまで過激さはない。

 はぁ。正直安心した。マグノリアが一番ぶっこんで来そうな気がしてたので。


「うん。それもマグノリアによく似合いそう」

「じゃあこれで!」


 あれ。一瞬にやりと笑った? 気のせい? ――と、少し気になったものの僕には他に済ませとかないといけないことがあって、そっちに意識が向いていた。


「あー……えっと……。それから……キャロルの水着も用意しとこっか」


 そう言うと、キャロルは自分を指差しこっちを見てくる。キャロルも海に同行するのに水着なしっていうのはどうかと思うし。


「さっき選んだのはプレゼント用だもんね!」


 会計の方にいるマグノリアからそんな声が上がる。キャロルが2着選ぶ理由を店員さんに聞こえるように言っていた。


「というわけでキャロルも好きなの選んで良いよ」

「はいー。ありがとうございますー」


 キャロルは少し眠そうな顔のまま、水着を物色する。彼女が水着を選ぶのには、そんなに……というか全然時間もかからなかった。


「これでいいですー」


 そう言ってキャロルが選んだのは……何だろう。紺色のワンピース型なんだけど、胸のところに四角い白地が縫いつけてある。


「それは王立学園の授業用のものですよ? 胸のところもデザインじゃなく名札ですし」

「これでいいですー」


 確認を取られると同じ言葉を繰り返すキャロル。店員さんもそれで納得したのか、会計に持っていった。


 マグノリアは――あれ。もう会計終えてる? 包んでもらって嬉しそうにしているが。うーん。

 会計を終えると、店員さんが隣の海で遊ぶための品々を扱ってると教えてくれた。ブームに乗って隣接させる形で開店したんだって。


 どうせならということでそっちも覗きに行く。海魔討伐もするけど、みんなとの休暇って側面も強いからね。

 みんなは強いし経験も豊富だからともかく、僕は気を引き締めていこう。僕が何とかできるわけじゃないけど、みんなに甘えて気を抜いてるのは良くない。


 そんなことを思いつつ隣の店で色々見せてもらったけど、色々面白そうなものがあった。泡を自由な形に固めて膨らませることのできる魔道具。時間制限はあるけど、水に浮かべて遊ぶ事が出来る。摑まったり乗ったり投げたりできるぐらいには頑丈な泡なんだとか。

 今大人気なんですよーと店員さんが実演付で売り込んでくれるけど魔道具は流石にいいお値段をしてる。


「んー。面白いけど買わなくても大丈夫かなぁ」


 店主にそう言ったのはマグノリア。店内を僕とすれ違う時に、ぼそっと「あれぐらいなら魔道具無しでも再現できるからのー」と言っていた。そうなんだ……。


 でもお店に悪いから何かは買っていこうと思う。色々見て回り、日焼け防止のオイルとか、陽射しを防ぐためのパラソルとか、浜辺に置くためのビーチチェアー、ビーチテーブルやビーチサンダルといった品を買った。




「進めよ神馬。隊列を成せ戦場の乙女よ。笛を吹き鳴らし、軍旗を掲げて道を進め。嗚呼、見るがいい。あれを往くはあれを往くはあれを往くは神兵。我らの勝利のために。我らの勝利のために。栄光の日々のために――」


 馬車の中に美しい歌声が響く。クリスティアの歌声だ。

 バトルソングと呼ばれる聖なる魔法の一種で、魔法をかけられた相手は体力を消耗しなくなってやる気も漲ってくるんだって。この場合――馬の疲労をゼロにして馬車を爆走させてる。


 揺れとか衝撃とか車体の負担とかは全部マグノリアが防いでいる。街道ではなく街道沿いをすごい速度で妙に滑らかに進んで行く馬車。マグノリアの魔法で外からは見えないようにしてるから爆走して目立つということもないみたいだ。


「風が気持ちいいですー」


 という声は御者席から。キャロルが御者役だ。


「撒いたと思う」


 というのは後方を確認したリンネの声だ。馬に跨った二人組が街道の途中で合流してきたんだけど、それがどうも素人じゃなさそうっていうことで、確認も兼ねてちょっと速度を上げてみようっていう話になった。


 こっちが速度を上げたら向こうも一瞬どうしようかと反応したらしい。でもこっちは馬車。あっちは馬だから、速度を上げなくても追いつけるって判断したんだろう。


 そこでクリスティアとマグノリアの魔法の合わせ技だ。馬は全速力でぶっ飛ばし続け、乗ってる方は快適。街道ではなく少し離れた位置を爆走してるので、往来してる人達も安全という寸法だね。


「刺客か監視かは知らないけど、海魔討伐前の横槍とか、休暇前に水を差されるのとか、嫌だもんね」

「うむ。最初にぶっちぎって分岐点で別の方向に向かう幻影を見せておけば、追いついてくるということはないじゃろうよ。街道の轍なんぞそこらに残っとるしな」


 というわけだ。それに、速度を上げておけば港町に到着してから使える時間も増えるよね。


「――っと。このぐらいで馬は暫く持つでしょう」

「ほー。術の内容と関係なさそうな妙な魔力構成じゃったが歌い終えても効果が継続するとはの」

「うふふ。残り火の唱法というのです」

「覚えておこう。キャロルや。バトルソングの効果が切れたら馬車の速度を落としても良いぞ」

「わかりましたー」


 とまあ……そんな感じでしばらくの間馬車は爆走し続けた。

 到着時刻が予定より大分早まったことは言うまでもない。




「右手に海ですー」


 キャロルの声を受けて、みんなと右側の車窓を覗き込む。林の切れ間から、キラキラと輝く海が見えた。


「おー。想像以上にエモい海じゃな!」

「透き通ってていい感じ」

「うふふ。討伐後が楽しみですね、セシル様」

「うん。みんなが喜んでくれて嬉しい。僕もここの海好きなんだ」


 父さん母さんと前に来たことがある。その時は別に泳ぎにいったわけじゃないけれど、綺麗な海は僕の印象にも残っていて、今目の前に広がっている光景は記憶そのままだ。


 ちなみに僕達がこれから向かうのは港町ではない。ちょっと小高いところにある、王族滞在用の館の使用許可を王様から貰ってる。供の者が少ないなら警備しやすい場所を使うが良い、って言ってくれたんだ。崖の下に王族用プライベートビーチもあって、そこなら人目にもつかないからみんなも思い切り海水浴を楽しめる、っていうわけだね。

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