異国のコインの話

ただのネコ

異国のコインの話

「そこの女子高生は、どうですか?」

 スーツの男が指名したのは、制服を着た女子高生だった。

 スマホをいじるフリこそしているが、興味津々で聞いているのは見えていた。

「私の話じゃなくて、友達のでもいいかな」

「構いませんよ。友達の友達が、なんてのは怪談の定番ですからね」

 スーツの男の許可が出ると、女子高生はにやりと笑って語り始める。

「これは私の友達が、夏休みに体験したって話なんだけど……」


〇〇〇


 その子は成田市に住んでるんだけどさ。

 クッソ暑い日の塾帰りに、コインが落ちてるのを見つけたんだって。

 1円玉ぐらいの大きさで銀色なんだけど、1円玉よりは重くてキラキラが綺麗な感じ。

 七三メガネの横顔と見たことのない文字が書いてあったから、多分外国のコインなんだろうなって思って、スカートのポケットに突っ込んでそのまま帰ったんだって。


 家に帰っても暑いまんまだし、親もいないから涼しくなるまで昼寝することにしてさ。

 ウトウトしたところでふと、「あれ、エアコンつけたっけ?」って気になった。

 エアコンの風音はしないけど、言うほど暑くもなくて。

 あれ、変だなと思ってるときに、いきなり家のドアがノックする音がしたんだ。


 インターホン鳴らさずにいきなりドアをノックとかおかしいでしょ?

 でも、何度も何度もノックされるもんだから、文句の一つぐらい言ってやろうと思ってドアを開けると、誰もいない。

 気のせいだったのかなと思ってドアを閉めると、すぐにまたノックの音。

 もう一度ドアを開けたけど、やっぱり誰もいない。


 悪戯かなと思ってドアの影も見てみたけど、誰かが隠れていたりもしない。

 変だなーって思いつつドアを閉めると、間髪入れずにノックの音。

 ただし今度はドアではなく、リビングの窓の方から。

 窓を叩いているのは、赤いライダースーツの男に見えた。

 けど、違う。

 男の頭はばっくりと割れていて、そこから流れた血がライダースーツを赤く染めていたんだ。


 その子は悲鳴をあげながら家を飛び出した。

 裸足で焼けたアスファルトの上は熱いけど、止まるわけにはいかない。

 だって、後ろから男が付いてきている足音がするんだから。


 止まることもできず、振り向くこともできず。

 足音のほうもずっとついてくる。それどころか、少しずつ距離が詰まってきているようにすら……


 もう、これ以上走れない。

 そう思った時、優しいしわがれ声が聞こえました。

「お嬢さん、大丈夫かい」

 ヘロヘロのその子に声をかけたのは、近所のお寺のお坊さんだった。

 近所のお寺はちょっと変わっていて、タイのお寺のぶんいん? なんだって。

 だから、お坊さんも日本のとはちょっと格好が違ってて、黄色い布を巻き付けたみたいな感じ。

 

 その子は息が切れてて何も言えないまま、後ろを指さしたんだ。

 そしたら、お坊さんはこんなことを言いだした。

「コインを拾わなかったかい?」

 そこでやっと、その子は昼間に拾ったコインの事を思い出したんだ。

 老僧はその子が思い出したことを見て取った。

「今すぐ、それを元の場所に返してほしいんだ」

 いつの間にか、後ろから迫っていた足音は消えていました。


 その子はお坊さんに礼を言うと、昼間歩いた道に戻り、元あった場所にコインを返しました。

 すると、コインのすぐ横にさっきのライダースーツの男の姿が現れたんだ。

 割れた頭も血まみれなのも変わってなかったけど、なぜかその時は全然怖くなかったんだって。

 ライダーはその子に向かって両手を合わせて礼をすると、どこかに歩いていきました。


 後からお坊さんに聞いた話なんだけどさ。

 タイの一部の風習だと、交通事故とかで家の外で死んじゃうと、そのままじゃ成仏できないんだって。成仏するには自分の家かお寺まで行ってお経をあげてもらわないといけないんだけど、普通は土地の精霊が人の魂を通してくれない。

 だから、残された家族がお金をポツポツと置いて、精霊に魂を通してもらうように頼むんだって。お金で出来た道の上だけは魂が通っていいって事になるんだってさ。

 日本に住んでたタイの人が交通事故で亡くなっちゃって、その方法で弔うことにしたんだけど、いつまでたっても魂が来ないから、お坊さんが様子を見に来たんだって。

 つまり、その子が拾ったコインは、交通事故で死んだ人のための道の一部だったんだ。

 その子がコインを拾ってその道を壊しちゃったから、困った魂が彼女について回っていたってこと。


〇〇〇


「なんだか、三途の川の渡し賃にもちょっと似てますねぇ」

 派手な浴衣のおばさんが、六文銭の印刷された紙をひらひら振って見せる。

「でも、コインだもんな。夏休みでしょ。ガキの頃の俺だったら、1円玉が点々と落ちてたら絶対拾うよ!? 拾いまくってお寺まで行っちゃうって」

 アロハシャツの若者が大げさに頭を抱える。

「お寺の方ならまだいいですが、事故現場の方に行くと危ないですね」

 スーツの男は冷静にツッコミを入れる。

「皆さんも、文化の違うところに行くときは気を付けてくださいね。生きている人用の情報はちょっと検索すれば出てくる時代ですが、死人向けのローカルルールだとちょっと難しいですから」

 男のまとめに、周りで話を聞いていた男女らが深く頷いた。


●鹿の霊の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714734909/episodes/16817330661714743640

●夢の跡の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661715493215/episodes/16817330661715511905

●欠けた鳥居の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747765629/episodes/16817330661747781122

●罪人の黄金の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661833283836/episodes/16817330661833299683


●そもそも、なんで怖い話をしてたんだっけ?

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714599162

●そろそろ、時間じゃないかな

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714639112

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