罪人の黄金の話

ただのネコ

罪人の黄金の話

「そこのお兄さん、貴方はどうです。職業柄、色々あったんじゃないですか?」

「堂々と口に出すかい、それ……」

 呆れたように答えたのは、体格のいい中年男性。

 チリチリのパンチパーマにサングラス、暑さをものともしない黒いスーツ。

 どういう生業をしていたのかを、その容姿が物語っている。

「まあ、お察しの通りの人生だったからな。色々荒事もやってはきたが、怖かった話って言うとアレっきゃねぇよ」

 なんだかんだで、話したかったらしい。意外と軽快な口調で男は話し始めた。

「そのころ、俺は大阪でちょっとやらかしてな。とにかく逃げなきゃって事で相棒と一緒に奈良の田舎の方まで来てたんだが……」


〇〇〇


 お前ら、とにかく大阪にはおるな。一月おらんかったら、何とかしたる。

 そんな兄貴の言葉だけを信じ、相棒と二人、車での逃避行だ。

 神戸や京都だと人が多すぎると思って奈良の方に来たんだが……ちょっと場所が悪かった。観光地でもないベッドタウンに、よそ者は目立つ。そもそも宿がありゃしない。


 仕方なく竹藪に隠れた路肩に車を止めて、コンビニのおにぎりにかじりついていた時だった。

「うどん、食いてぇな」

 相棒は元から無口だが、やらかした後はなおさら貝みたいになってた。

 だから、そんなどうでも良さそうな独り言にも大げさにツッコんでやったんだ。

「なぁんでうどんなんだよ!」

 でも、相棒はまだ気落ちしたままなのか、黙って前方を指すだけだった。

 指の先にあったのは、道路の案内板だ。すぐ近くに神社があるらしい。

「讃岐神社?」

「さぬきっつったらうどんだろ?」

「そりゃそうだけど……ここは四国じゃねぇぞ」

 香川県ならともかく、なんで奈良県でそんな名前なのか。まあ、どうでもいいが。

「じゃあ、明日の朝はうどんにしようぜ。コンビニにうどんあるだろ」

「コンビニのはあんまり好きじゃないんだよなぁ」

 そんなボヤキが出る程度には、相棒の気持ちもマシになってきたらしい。

 そんなことを思いながら、車の座席を出来るだけ倒して目を閉じた。


「なぁ、起きてるか」

 相棒の囁きで、まどろみかけていた意識が引き戻される。

「んだよ、もうちょっとで眠れるとこだったのに」

「わりぃ。でも、なんか竹藪の方に光が見えてよ」

 言われて見ると、確かに。車の左側の竹藪の向こうに、何かぼんやりとした光が見える。

 民家があるのとは逆方向だから、ちょっと妙だ。

 もっとも、この辺の地理には詳しくないわけだが……

「見に行ってみようぜ」

 相棒の提案に、俺はうなずいた。

 単に竹藪の向こうの街の明かりが見えてるだけかもしれないが、それを確かめるだけでも暇つぶしにはなる。

 懐に銀ダラが――ああ、安物の拳銃の事だ――あるのを確認して、俺たちは車から降りた。


 夜の竹藪は、月明かりが葉の隙間から入ってきていて中々綺麗なもんだった。

 地面はボコボコしててちょっと歩きにくかったが、特に急ぐ理由も無い。

 相棒の懐中電灯と、目指す灯りに導かれて、ゆっくりと歩いて行ったんだ。

 多分10分ぐらいだったと思う。妙なところがあったのさ。

 直径5mぐらいかな。円形に竹の数が妙に多いエリアが出来ていた。

 でも、妙なのはそれだけじゃない。

「かぐや姫、かな?」

 円形のエリアの中心に、かなり太い竹が一本。その途中の節が金色に光ってたんだ。

「俺らはおじいさんじゃないけどな。竹を切れるようなもん、何か持ってるか?」

「ナイフじゃキツイよなぁ、多分」

 そんなことを言いながら、相棒は俺に懐中電灯を押し付けた。

 そのまま竹の濃いエリアに踏み込む。両手で竹を押し広げないと入っていくのが難しいぐらいだ。

「ちゃんと照らしててくれよ」

「おう」

 キツイと言いながらも、一応試してみるらしい。

「中には何があるのかねぇ」

「美人が居りゃあいいけどな」

 相棒が抜いたナイフを竹に当てた瞬間、俺の顔に何かの飛沫が飛んできた。


 あたりに漂う鉄さびの臭い。つい最近嗅いだばかりの臭いだ。

「おい、だい……」

 大丈夫かと問う間もなく、相棒の背中から金色に光る何かが突き出す。

 竹のように節はあるが、竹じゃあない。

 相棒の身体は空気が抜けた風船のようにしなびていく。

 そんな竹なんてない。あるわけがない。


 銀ダラを抜いて、引き金を引く。

 銃声はするし、反動もある。

 だが、弾は当たっているのか、当たっていても効いていないのか。

 とにかく、金の竹は半ば溶けて形を失いながら俺の方に迫ってくる。

 逃げようにも足が動かず、俺は絶叫した。


 が、金の塊に飲み込まれそうになった俺を、誰かがひっつかみ、投げ捨てる。

 おかげで少し、金の塊から離れることが出来た。

「何をした」

 俺を投げたのは、爺だった。

 妙に時代がかった格好で、右手の爪が異様に長く、目が血走っている。

 こっちはこっちで危なそうな爺だ。

「竹を切ろうと……」

「その前だ!」

 前って何だ? と混乱する俺に、爺は畳みかける。

「まあ、何をしたのでも良い。自首しろ」

「へ?」

 自首という言葉で、俺と相棒がやらかした事が言われているのは分かった。

 でも、それに何の意味がある?

 爺は理解できないでいる俺の襟首をもって吊り下げ、叱りつける。

「自首すると約束しろ。今すぐ!」

「わ、分かった。自首する。すればいいんだろ!」

 俺が投げやりに承諾すると、爺は俺を放り捨てて金の塊に向き直った。

「聞いたな。この者はこの地の法で裁く」

 爺がそう宣言すると金の塊はぶるりと震え、

 爺の方も、いつの間にかどこかへ消えてしまっていた。


 翌朝、俺は約束した通りに近くの交番に行って自首した。

 いなくなった相棒の事も正直に話したが、爺も金も見つからなかったから、俺が幻覚を見たことにされたよ。

 まあ、俺が殺したことにされなかっただけマシなのかもな。

 取り調べの最中に聞いたんだが、あの辺りはかぐや姫の話の舞台になったあたりなんだそうだ。

 そもそも、かぐや姫は美人だけど月の罪人。

 その罪人が金に光る竹の中から出てきて、爺さんたちはその後何度も竹の中から金を見つけて金持ちになったって事になってる。

 つまり、竹はただの植物じゃなく、罪を金に変えるような何かなんだろう。

 さて、かぐや姫は月に帰って、その竹はどうなった?

 俺はこう思うのさ。

 その竹はまだ、そこにいるんだと。


〇〇〇


「かぐや姫が生まれた後の竹ですか……そうなると、桃太郎が生まれた後の桃がどうなったのかも気になる所ですね」

 スーツの男の疑問に、アロハシャツの若者がもっともらしくうなずいて続ける。

「金太郎の金や、浦島太郎の浦島もだな」

「いや、その二人はそこから生まれたわけじゃないので」

 乾いた笑いが群衆に広がった。



●鹿の霊の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714734909/episodes/16817330661714743640

●夢の跡の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661715493215/episodes/16817330661715511905

●欠けた鳥居の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747765629/episodes/16817330661747781122

●異国のコインの話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747880948/episodes/16817330661747888150

●そもそも、なんで怖い話をしてたんだっけ?

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714599162

●そろそろ、時間じゃないかな

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714639112

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