地獄の釜の、蓋が開くまで

ただのネコ

第1話 集合地にて

 赤黒くよどんだ空の下、生ぬるい風が吹きすさびペンペン草も生えぬ荒地に多数の男女が集っていた。

 若きもおり、老いたるもおり、衣装も様々。

 共通点を強いて探せば、誰もが夏の装いであることと、いくばくかの荷物を持っていること、そしてどこかしら浮かれた様子があることぐらいか。

 アロハシャツにスーツケースとこれからハワイに行くのだと言わんばかりのスタイルをした若者が、誰にともなく問いかける。

「今年は何日でしたっけ?」

「11日から15日までの5日間ですよ。16日にはちゃんと戻ってこないと、ペナルティですからね」

 四角四面な返事を返したのは、スーツの男だった。彼だけは荷物を持っておらず、代わりにクリップボードの書類にせわしなくチェックをつけている。

 そんな男の肩を遠慮がちにつついたのは、赤い浴衣で髪を上げた女性だった。これから夏祭りに行くようにも見えるが、大き目のキャリーバックがそれを否定する。

「そういえば、マスクってした方がいいんでしょうか?」

 そう問うと、女性は人差し指で自分の唇を指した。浴衣の色に合わせた紅が塗られた唇がなまめかしくふるえる。

「気にしなくていいですよ。もうしない人がずいぶん増えてます。それに、そもそもあなたはウィルスを媒介しませんから」

 顔色一つ変えないまま、やはり形式的な答えを男は返す。

「にしても暇だなぁ」

 誰かの呟きが聞こえたとたん、男の眉がピクリと跳ねる。

「そうですねぇ。では、ちょっとみんなでお話をしましょうか」

 男の言葉に応えるように、周囲にふっと影が差し、赤い光がポツポツと現れる。

 女性はひっと息を飲み、若者も顔をひきつらせた。

 そんな様子がよほど面白かったのか、男はニヤリと笑みを浮かべた。

蝋燭めいて揺れる赤光に囲まれ、男が宣言する。

「地獄の釜の、蓋が開くまで」


●鹿の霊の話

https://kakuyomu.jp/works/16817330661714734909/episodes/16817330661714743640

●夢の跡の話

https://kakuyomu.jp/works/16817330661715493215/episodes/16817330661715511905

●欠けた鳥居の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747765629/episodes/16817330661747781122

●異国のコインの話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747880948/episodes/16817330661747888150

●罪人の黄金の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661833283836/episodes/16817330661833299683

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