欠けた鳥居の話

ただのネコ

欠けた鳥居の話

「そちらのお姉さん、何かネタ持ってませんか?」

 スーツの男に話を振られ、ジーンズにTシャツというラフな格好の女性が目をぱちくりした。

「私? あんまり話したくないネタしかないんだけどなぁ」

 すらりと伸びた足を見せびらかすように、大きなスーツケースにキュッとしまったお尻をのせる。

 どうやら、言うほど渋っているわけでもなさそうだ

「まあそう言わずに」

「仕方ないなぁ」

 スーツの男のもう一押しに負けた形で、ジーンズの女性が語り始める。

「あれは、私の家族と従姉妹の家族で京都旅行に行った時のこと……」


〇〇〇


 従姉妹と私はすごく仲が良くて。ゆうちゃん、やっちゃんって呼び合ってました。

 ゆうちゃんはスラっと細くてクールな感じ。やっちゃんはちょっとぽっちゃり系で明るく好奇心旺盛。

 あちこち走って行っちゃうやっちゃんをゆうちゃんがフォローする良いコンビでした。


 伏見稲荷にお参りした時、稲荷山の方まで行こうってやっちゃんが言い出して。

 ちょっと遅かったし、疲れてたから大人たちは下で待ってるよってことで、二人だけで登り始めたんですね。

 でも、他にも色々回ったあとだからやっちゃんも疲れちゃって。

 途中で

「疲れたぁ、もう帰るぅ」

 って言いだしちゃったんですね。

 でも、

「じゃあ、来た道を戻ろうか」

 って言われたら

「おんなじ道を戻るのはつまんない」

 って答えたんですよ。わがままですよね、ほんと。

 そんな時、ちょうど鳥居の切れ目があったんです。

 ほら、伏見稲荷だから、参道にずうっと鳥居が連なってるでしょ?

 でも、そこは鳥居が何個か取り外されてて、下に降りていく枝道に入れたんです。

「こっちに降りる方が早そうだよ」

「えー、絶対迷う流れじゃん、これ」

 ゆうちゃんは渋りましたが、やっちゃんがさっさと降りて行ってしまったので仕方なく後に続きます。

 結構急な下り坂、周りもだんだん暗くなってきているので、ひときわ体力を消耗します。

「お腹すいた……」

「私もすいたぁ。木の実があったけど、食べる?」

 やっちゃんは周りの木の枝から小さい赤い実をとって、一つをゆうちゃんにさしだしました。

「いらない。変なの食べない方が良いよ」

「割と美味しいよ。量はないけど」

 やっちゃんは、ゆうちゃんにあげようとしていた方の実も口に放り込んで、また歩き始めます。

 やがて周囲は本当に真っ暗になってしまい、何かが腐ったような嫌な臭いまでしてきました。

 流石に怖くなったゆうちゃんは、少し足を速めてやっちゃんの肩をつかみます。

「ちょっと、ねえ。おかしくない? 戻った方が良いと思うんだけど」

「でも、降りてかないとつかないよ、下まで」

 振り向いたやっちゃんを見て、ゆうちゃんは悲鳴をあげました。

 やっちゃんのふっくらしていた頬は土気色にやせこけ、目があるべきところには虚ろな穴があるだけだったのです。

 まるで、もう死んで何年もたった死体のように。


 それから、その子の姿を見た者はいないそうです。



〇〇〇


「いやいや、自分の体験談って形で話してたのに、『その子の姿を見た者はいないそうです』じゃおかしいでしょ。お姉さん、ここにいるじゃん」

 鋭いツッコミを入れたのは、スマホをいじっていた女子高生。

 あまり興味が無いふりをしつつも、しっかり聞いていたらしい。

「てへっ、バレちゃった。実際は単に道に迷ってただけみたいで、探しに来た親に見つけてもらって帰ったんですよ」

 ちろりと舌を出してネタバレをするジーンズの女性。

「まあ、怪談のお約束表現に突っ込むのも野暮な話ですよ。神社はたいてい神に守られてるから大丈夫なんですが、鳥居が欠けてるところから出ちゃったのがマズかったですね。さて次はどなたにお話ししてもらいましょうかね」

 スーツの男の言葉に、皆は次の話者指名の方に注意を引きつけられる。

 だから、ジーンズの女性のつぶやきは誰にも聞こえることが無かった。

「……見つかったのは、ゆうちゃんだけだったんだけどね」


●鹿の霊の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714734909/episodes/16817330661714743640

●夢の跡の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661715493215/episodes/16817330661715511905

●異国のコインの話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661747880948/episodes/16817330661747888150

●罪人の黄金の話

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661833283836/episodes/16817330661833299683


●そもそも、なんで怖い話をしてたんだっけ?

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714599162

●そろそろ、時間じゃないかな

 →https://kakuyomu.jp/works/16817330661714569156/episodes/16817330661714639112

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欠けた鳥居の話 ただのネコ @zeroyancat

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