第4話『鏡の秘境』


「あっ、ボクそろそろ帰らなきゃ。

 エドナおばさんに怒られちゃうや」


 ホノンが懐中時計を取り出したかと思えば、そんなことを言う。

 エドナおばさん?


「誰だそれ」

「下宿してるとこのオーナー。

 おばさんのお使いでここに来たんだけど、遊んでるのバレたら怒られちゃうんだ。

 鬼よりも怖い形相で首を締められちゃう」


 ホノンが自分の首を締め、舌を出して白目を剥く。

 どっかのミームにありそうな顔だな。


「で、こんなところに何のお使いだ?」

「木材調達、花の下見、魚の捕獲......

 あっ、そうだ。あと1つあるの忘れてた。

 依頼の秘境調査をしなきゃいけないんだった」

「秘境調査......」


 秘境って、洞窟とか渓谷とかの神秘的な場所だっけか。

 調査を依頼されて、ホノンが引き受けているのか?


「よかったら君も来る?

 行く宛無いなら手伝ってよ」


 宛も戸籍も常識もなにもない。

 街のある場所に連れて行って貰わなければ野垂れ死にする。


「ああ。喜んで」


 そう答え、俺はホノンと一緒に秘境へ向かった。



  ===



「不思議だよね。

 こんな場所に秘境があるなんて」


 その洞窟は歩いて20分ぐらいの場所にあった。

 森の暗がりにある小さな岩の丘の穴。

 自然にできあがったのか人工的に作られたのかは分からない。


 特に何かがあるわけではない。

 秘境と言われれば秘境に見えるかも? というレベルだ。


「じゃあ、中に入ろうか。

 "鏡の秘境"へ」


 ホノンの灯す火を頼りに、暗い洞窟へと入っていった。



  ===



「そういえばシンジ、転生したなら名前を変えた方がいいかもしれない」

「理由は?」

「君の名前はこの世界の誰にとっても馴染みがない。

 名乗りが転生者であることのセルフプロデュースになっちゃうよ」

「転生者を名乗るのは良くないのか?」

「もちろんダメってわけじゃないけど、めんどくさい。

 君の特異性は今後大いに役立つだろうけど、

 その主導権は君が握るべきだろう?」


 つまり、転生者とバレれば珍奇な存在として認識され、手を伸ばす輩が出てくるということか。

 最悪な場合を予想すると、人体実験とか。

 確かにそれは避けたいな。


「偽名を使えってことか? ホノン=ライラルフみたいな?」

「そーゆーこと。

 "リューギサイー"だっけ? ボクも呼びづらい」

「龍ヶ崎真治な」

「それそれ」


 偽名か......確かに使うべきか。

 だがしかし、この脳みそはアイデアを出すのに向いていない。

 全くもって思いつかん。


「なにか案はあるか?」

「いやいやっ、流石にそんな大事なこと、ボクには決められないよ!?」

「そりゃ困った」


 色々と考えあぐねていると、洞窟の行き止まりに着いた。

 古ぼけた扉と外れかかった蝶番。

 この先に何かがあると、直感的にそう思う。


「閑話休題。警戒しようか」

「ああ。どうやらここが依頼の対象みたいだな」


 ホノンが扉を開ける。



 そこには銀色の世界があった。


 無限に広がる銀の空間が、俺たちの登場で変わった。

 右も左も正面も、どこを見ても俺たちがいる。

 俺たちは無数の俺たちに囲まれた。


「これは......」

「完全な鏡張りの部屋だな」


 鏡を向かい合わせにすると、視覚的な空間の広がりが無限になる。

 その合わせ鏡を全方向に配置したような部屋だ。

 奇妙な光景に眩暈がする。


「うぅ......ここが秘境の最奥?」

「いや、どうやら迷路状になっているな」

「迷路!? こんなところで迷路なんてやったら気が狂うよ......おえッ」


 ホノンはすでにグロッキー状態だ。

 俺がどうにかするしかないようだな......。


 人の知覚は集中の質、対象、思考に左右される。

 平面に投影された虚像を実物として認識してはいけない。

 つまり、迷路の鏡を壁として認識する。


 人は心理的苦痛を抱くと、適応機制を以て自己を防衛する。

 俺の場合は孤独を誤魔化すために歪曲を学んだ。

 自分に対して偽薬プラシーボ効果を意図的に発生させられる。


「ホノン、半眼で俺に着いてこい。

 無理そうなら俺が手を引く」

「えっ! もしかして迷路とか得意?」

「平面的なものはな」

「じゃあ任せたよ!」


 ホノンは目をつむり、俺の手を掴んだ。

 諦めが早すぎて清々しいぜ。



  ===



「迷った」

「えぇ!? さっきの自信はどこいったの!?」


 妙な感覚だ。明らかにおかしい。

 自分の脳内にある地図と現実の迷路が一致しない。

 まるで俺たちが進むたびに迷路が変わっているかのような......


「この秘境にゴールはない」

「それ、シンがクリアできないからってだけじゃない?」

「代わりにやるか?」

「お断りさせていただきますッ!」


 頭を指で叩きながら状況を整理する。


「ゴールがない。それは物理的な表現だ。

 魔術という超常的な存在と、秘境という場。

 2点を総括して考えると、求められるのは逆転的発想」

「ツマリ、ドウイウコトダッテバYO?」

「壁として認識するのが難しい鏡と、壁として認識しないと進めない迷路。

 迷路攻略の為に認識を転換させて、思考を迷路に落とす仕組みだろう。

 だから、必要なのは2回目の認識転換......」

「あぁもう! 難しすぎるよ!!」


 俺自身もゴチャってきた。

 かなりメタ思考で推測を進めてしまった。

 簡潔にまとめよう。


「つまり、鏡を奥行きとして認識する。

 虚像を実物として扱うんだ」

「それってどうすれば......!?」


 。たっ揃はスーピな要必

 。るれか拓は道、ばれすに逆真を識認はとあ


 指が鏡に触れるかと思えば、障壁なく前へ進む。

 物体として存在する鏡が、嘘でなく真を映す装置となる。

 俺はホノンの手を引き、鏡の奥へ足を踏み入れた。


「必要なのは豊富な想像力。

 魔術を使う感覚に似ている」


 鏡の迷路が消失し、真っ暗闇の部屋に。

 周りが何も見えなくなった後、薄っすらと光が差す。

 地に足がついているのに奇妙な浮遊感がある。


「また鏡か」

「うげ。もううんざりだよ?」


 部屋の中心には1つの姿見があった。

 逆に言うとそれ以外には何一つない。

 俺はゆっくりと鏡に近づき、それを覗く。


 水色の瞳が俺を見つめていた。


「なんだ、ただの鏡みたいだね」

「いやよく見ろ。左右が違っている」

「え? あっ、ホントだ!」


 鏡は上下をそのままに、左右を反転させる。

 しかしこの鏡は左右が反転していない。

 右手を挙げたホノンをみれば明らかにおかしい。


「違和感がすごいね。絵の描き間違いみたい」

「ていうか、これだけか?

 ただこの手品のために、これほど大掛かりな仕掛けを?」

「さっきと同じことをすれば、この鏡も通り抜けられるかも?」


 一理あるな。試してみよう。


 。にまさ逆を識認度一うも


「......あれ、なにも起こらないね?」

「ハズレか。これまた別の仕掛けがあるみたいだな」

「えぇ!? もうこれ以上は頭動かないよ!」

「ホノンは何もしてないだろ」

「えへっ、バレちゃったか」


 「えへっ」ってなんだよ!

 そうは言いつつも、俺も限界だ。

 これ以上難しい問題は解けそうにない。


「ひとまず、内情を記憶して戻ろう。

 依頼は"秘境の確認"だけなんだろ?」

「うん。正直これで十分だと思う。

 ていうか、迷路を突破した分の追加報酬が貰えそうなぐらいだよ」


 不思議な経験をした。

 外に出て頭を休めよう。



 暗闇の部屋を出るために、もう一度逆転認識を使った。

 部屋の壁に手を当て、壁の存在を脳内で否定する。

 この作業は本当に疲れるな。


 部屋を出るとき、鏡を振り返った。

 鏡は相変わらず左右がおかしく、それ以外にはなにもない。

 おかしな秘境だなと思い、部屋を去ろうとした時。


『――の罪が――、アヴァ――』


 ホノンに何か聞こえたかと尋ねると、なにも聞こえないという。

 気のせいだと片づけ、秘境を後にした。



  ★★★



「新しい名前、さっき思いついたんだ」

「おお! なんていう名前?」


 俺は自分の胸に手を当て、自己洗脳をする。

 これは決して厨二病ではない、と。

 ホノン=ライラルフに引っ張られているだけだ、と。


「シン=ルザース。

 前世の名残もあるし、いいかなって」

「いいね! 割とセンスあるじゃん!」


 ホノンが満面の笑みを浮かべ、手を差し出す。

 その眩しすぎる笑顔に思わず瞬きをする。


「改めてよろしくね、シン!」


 呼ばれ方はあまり変わらないな。

 俺はそう思い、その小さな手を握る。


「ああ、こちらこそ。

 これからもよろしくな、ホノン」


 シン=ルザースとしての人生が。

 いや、生が始まった。


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