タワーズドラゴン

眠り文鳥

プロローグ


 もし、自分の道を大切な人が塞いでいたら、大切な人を消せるだろうか。

 もし、大切な人の道を自分が塞いでいたら、自分を消せるだろうか。



  ★★★




 薄暗い廊下が星明りに照らされていた。


 斜めに差す月光ははかないヴェールのようで、俺の頬を静かに照らす。

 右手側には星空を閉じ込めたガラス細工のような引き窓。

 まどろみのない明晰夢が脳に投影されている気分だ。


コツ......


 うるさくもない靴音は、誰もいない静寂さを引き立たせる。

 この廊下はどこへ続いているのであろうか。

 そう思いながら歩いていると、左手側に何かがあった。


『Nfuivtfmbi』

『Avcfofmhfovcj』

『Hmjftf』


 読めない文字が大量に並んでいた。

 白い紙に黒い文字が浮かぶように掲示されている。

 ぼんやりとその文字を目に映し、廊下をぶらぶらと歩く。


 ふと、風が吹いた。


 並ぶ文字の流れていくスピードが増す。

 俺が歩くスピードが速くなっていくからだ。

 胸が圧迫されるような、根拠のない不安感に襲われる。


「はぁっ、はぁ......」


 気がつけば走っていて、直ぐに足が止まった。

 俺の肺と心臓はあまり強くない。

 体の脆弱さを憎み、壁に視線を戻す。


 その時、汗が頬を伝った。

 首筋を妙な悪寒が蝕み、全身が硬直する。

 唇が渇き、目は開かれ、頭は真っ白に。


 明晰夢の中で夢を疑うという矛盾した状況。

 廊下に自分の心臓の鼓動が響いていると錯覚する。

 俺は壁に手をつき、その文字に指で触れた。


『龍ヶ崎 誠也』

『龍ヶ崎 琴音』


 ふと、自分の頬に触れた。

 汗に湿ったはずの肌が酷く乾いている。

 冷たく固い肌が、頁岩シェールのように剥がれ落ちた。


 零れ落ちた顔を押さえようとすると、さらにヒビが広がる。

 止まらない体の欠落は腕にまで伝播していく。

 そして最終的に、俺の体が床に散らばった。


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