第3話『笑顔になれる魔法』


 改めて確認したが、表情は凍ったまま。

 転生したならどさくさ紛れに治っていて欲しかった。

 精神疾患ならば心理的な処置が必要ということだろう。


 川の水面に映る自分の顔を見る。

 前世の面影はあるが、かなり整った顔に変わった。

 透き通った水色の瞳と頬の鱗が印象深い。


「なあホノン、笑顔になれる魔法ってあるのか?」

「ん? あるかは知らないけど......

 もしかしてシン、笑顔になりたいの?」

「昔から笑えないのが悩みでな」


 ため息混じりの言葉に対し、ホノンはそそくさと俺の背に回る。

 俺の口角がホノンの指に持ち上げられる。

 水面に揺れる俺の虚像は、不気味な笑顔で俺を見ていた。


「それなら、ボクがキミの"笑顔になれる魔法"になってみせるよ!

 ボクの夢は、この世界を笑顔の溢れる世界にすることなんだ!」


 随分と高尚な夢をお持ちなことで。

 そんなことを言えるのが羨ましい。


「と、それはそれとして。

 ホノン、魔法について教えてくれ」

「えっ? もしかして今、ボクの夢を一蹴された?」

「だってさっきの質問と関係無いじゃないか」

「関係あるに決まってるだろう!?

 君、さっきボクの魔法を見て笑ってたよ!?」


 俺が......笑っていた?

 何を言っているんだ。


「見間違いだろう?」

「確かだよ! ヘッタクソな笑顔だったもん!」


 ヘッタクソな笑顔って......

 酷い言い方だが、笑うことは俺の目標だ。


【例えば、何かに夢中になってみるとか】


 未知への羨望が凍った表情を溶かした可能性。

 脳裏に過ぎった覚えのない言葉に、心が震わされる。

 が解決策なら、もっと知りたい。


 魔法という、幻想に満ちた夢に包まれて笑いたい。


「なら、なおさら知りたい」



  ===



 魔法。それは幻想の産物。

 通常では起こりえない空想を実現するもの。


「魔法には、魔術と能力の2種類があるんだ。

 魔術は魔力を使った技術。

 能力はその複合系だね」


 ホノンが指に炎を灯しながらそう言う。

 俺は揺らぐ火の先端を見つめながら問う。


「さっきのはどっちだ?」

「あの2つは両方とも魔術だね。

 炎の魔術"烈焔斬リアマ・フィロ"と、

 風の魔術"風纏躰エアロ・アーマー"だよ」


 炎の刃を飛ばす魔術と、風を体に纏う魔術。

 どちらもからくりが微塵も想像できない。


「俺にはできなさそうな芸当だな」

「魔法には"五大技能"っていう必須の素質があってね。

 『魔力・親和・術式・想像・具現』を満たせば、誰でも魔法は使えるんだよ」


 魔力はエネルギー、親和は順応のことだろう。

 想像力は分かりやすい、具現は創造性ということだろうか。

 一つ、術式は皆目検討がつかない。


「術式って?」

「"魔術構築式"、通称"術式"。

 魔術使用者の魂に刻まれるわだちのようなもの。

 分かりやすく言うと、魔力を魔術に変換する写像みたいな感じだね」


 魔力を術式に入力すると、魔術として出力される。

 電球に流れる電気が光に変わるのと似たものか。


「写像ってなんすか?」

「写像ってのは、2つの集合をそれぞれ始域と終域とした時に......」

「いや、こういうジョークだからスルーしてくれ」

「ええ? 今のジョークだったの?」


 やはりあの顎髭と黄色のパーカーがないと伝わらないか。

 という冗談は置いておいて。


「それじゃあ、実際に試してみよっか!」

「俺は何をすればいいんだ?」

「STEP1:目をつむる」


 ホノンの"STEP1"の発音がやけに上手くて腹が立つ。

 俺はそういった雑念を払い、まぶたを下ろす。


「STEP2:人差し指を立てて、そこに力を集中」


 力って魔力のことだろうか。

 血流を集中させるイメージで力を込める。


「STEP3:指先が段々熱くなってきて、炎が灯るイメージを浮かべる」


 自分の指がロウソクになるイメージを浮かべる。

 指の先端から小さな炎が灯る想像を抱く。


 指に感じた熱に目を開ける。

 今にも消えそうな火がチリチリと光を放っていた。

 力が抜けると、火はすぐさまかき消えた。


「おお! センスあるねぇ!」

「なんかしょぼくね?」

「ダイジョーブダイジョーブ!

 最初は誰だってそんなもんさ!」


 想定よりも容易に使用できた。

 やはりこの体は、前世のそれとは性質が違うようだ。


 だが、明らかにホノンが使った魔術は俺のそれとは違う。

 洗練されているというか、威力が桁違いだ。

 魔法を習得するならばホノンのお手本が欲しい。


「なあ、ホノンの魔法ってどんな感じなんだ?

 さっきのも十分凄いが、あれ以上のは......」

「えっ? 気になる? 気になっちゃう!?

 そーだよね、そりゃあ気になるよねぇ!

 そんなに見たいなら、ボクの魔術を披露しようじゃないか!」


 ハンガーラックにしたら便利そうなぐらい長い鼻を振り回し、ホノンがドヤ顔で俺に迫る。

 思い上がるとはまさにこのことだろうか。

 そこまで自信満々だとハードル上がるぜ。


「なるほど、ホノンは指一本で山を吹き飛ばせるのかー。

 そりゃ凄いなー。 流石はホノン様だなー」

「ちょっっっとストーーップ!!

 さっ、流石のボクでもそんなことできないよ!?」


 まだ子供だから見栄を張りたいのだろう。

 俺はさっきの炎と風で満足しているから、あのレベルでも笑わんよ。

 むしろ、あれだけのことができるなら慢心の一つも抱くだろう。


「ふぅ、シンジってば勝手にハードル上げちゃって。

 まあいいよ! ボクはその更に上すら越えちゃうから!」


 ホノンがニッと笑い、俺に背を向ける。


 その時、俺は自分の勘違いを確信した。

 これは本物だ。見栄なんて無かった。

 小さな背中から発せられるオーラが、ガラッと変わった。


「現状、ボクの奥の手は3つ!

 そのうちの1つを、とくとご覧あれ!」


 口調も抑揚も変わっていないのに存在感が違う。

 ホノンが天に向かって手を掲げると、不意に風が巻いた。

 その風は銀髪をくすぐるように吹く。


 ホノンの琥珀色の瞳が宙を舞う鳥を捉える。

 鼻から大きく息を吸い、口から少し吐く。

 そして目が大きく見開かれ、詠唱した。 


「"追駆爆焔リアマ・トルペード"!!」


 ホノンの頭上に赤い魔法陣が現れた。

 その赤色が血のように黒く染まった後、中央から光が射出される。


 赤色の光はいくつかに分裂し、鳥に向かって飛んでいく。

 鳥は攻撃に気がつき、着弾直前にその身をひるがえす。

 だが、光は鳥を追いかけ回し、その尾に着弾した瞬間......


 蒼穹を赤と黒が汚した。

 凄烈な爆発は爆音と爆風を地面に押し落とす。

 俺の黒髪が、ホノンの銀髪が、嵐のように暴れまわる。


 爆発の光に目が痛む。

 爆音による耳鳴りがキーンと響く。

 俺は目も耳も守ること無く、ただ呆然としていた。


「――え?」


 黒焦げの鳥が自由落下し、音なく地面に落ちる。

 俺が言葉を失っていると、ホノンが振り返る。

 ピースサインと渾身のドヤ顔を掲げ、言い放つ。


「あっ、ほら! やっぱり魔法を見るとちょっと口角が上がってる!

 どうだった? ボクって凄いでしょ!!」

「――赤甲羅とかのレベルじゃないな......」

「ん? 赤コーラ?」

「いや、こっちの話だ」


 どちらかと言うとその甲羅は青色で棘が生えているかもしれない。

 前世でいうグレネードってこんな感じなのだろうか。

 あんまそういうミリタリーっぽいのは詳しくないが。


「凄かったよ」

「へへ、素直に褒められると照れるね!」

「宝の持ち腐れかもしれんが」

「そうそう、ボクって昔から......

 って! 今なんて言った!!」


 おっといけない。本音が漏れた。


「ホノンみたいな子供でもこんなことできるんだな」

「子供っていうな! これでもボク18歳だよ!?」

「――?」

「その、耳に手を当てて首を傾げるポーズを今すぐやめろ!!」


 どっかの議員みたいに泣き喚いていないからいいじゃないか。


「いや、見た目12歳ぐらいじゃん」

「ちょっと諸事情でお肌年齢ワカメなの!

 中身は立派な大人だから馬鹿にしないで!」


 地団駄を踏みながらぷんすか怒る18歳は実在するのだろうか?

 相当大きく見積もっても中学生ぐらいの見た目だ。

 この世界だとこんなこともあるのか。


 見た目に反し、怒らせたら俺もあの鳥みたいになるのか。

 焼くならミディアムレアぐらいで勘弁してほしいものだな。


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2024年9月22日 17:00
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タワーズドラゴン 眠り文鳥 @nemuri__buncho

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