第16話『旅は竜連れ、世は情け』


 ヴェークの森。エトラジェードの南に位置する森林地帯。

 この世界の一般的な森よりも魔力濃度が高く、強い魔物が多いらしい。

 討伐依頼などでちょくちょく立ち入っている慣れ親しんだ場所だ。


「あれ? あそこに誰かいるね」


 魔物を倒しつつ進んでいると、鏡の秘境の入り口にたどり着いた。

 秘境から出てくる2つの男の影が見え、俺はホノンの肩を掴んで歩を止めさせる。

 男たちの服にある紋章に見覚えがあった。


「(待て、聖騎士だ)」

「!? (ホントだ。危なかった......)」


 フードを目深に被った男たちが洞窟から出てきた時の眩しさに手をかざす。

 その一瞬の間に俺とホノンは茂みに身を隠し、様子を伺う。

 大抵の聖騎士は相手できるだろうが、九大聖騎士であれば2人とも瞬殺されるだろう。


「何はともあれ、今回の収穫をまとめよう。

 次回は今回よりも多くの情報を収集したいからな」


 背の低い方がそう言うのに対し、上背の方は無言で頷く。

 2人は秘境を出てすぐのところで足を止めた。

 そしてまばたきをする間に、その男たちの姿は掻き消えた。


「え?」

「まさか今の、転移魔術!?」


 俺がその光景に困惑していると、ホノンが茂みから出てそう叫ぶ。

 改めて見ても男はどこにもいない。何が起きたのだ。


「魔法陣どころか詠唱も無しに転移魔術を使うなんて、初めて見たよ。

 信じられない。相当な実力者、しかも2人もいるなんて......

 シン、本当にありがとう。見つかってたら戦いになってなかったよ」

「転移魔術って、瞬間移動のことか?」

「そう。空間の点と点を跳躍して繋ぐ離れ技だね。

 ボクも一応できるんだけど、かなり難しい魔法なんだよ」


 それほど難しい技術を難なく熟す聖騎士。

 鏡の秘境から出てきて、俺たちに気づくことなく考え事を続ける男たち。

 一体何者なのだろうか。


 フードから覗く首元には、黒い輪のようなものが見えた。



  ===



 日が落ちる頃に魔術で岩のテントを作り、野宿する。

 魔物を狩って血抜きをし、魔術で焼いて腹を満たす。

 目が覚めたら旅を再開し、ヴェークの森の深くに入っていく。


 2日目の朝になって気がついた。ここからが本番だ、と。

 道は誰も立ち入らないような獣道となり、ツタやら邪魔な草やらが足に絡まる。

 魔物の強さも一変し、一筋縄では倒せなくなってきた。


 魔物を倒すのに時間がかかれば進める距離も短くなる。

 1日目の半分の距離も稼げず、気がついたら日が落ちていた。

 以降はその繰り返し。森を進めば進むだけ、1日当たりの距離が減っていく。


「疲れが取れなくなってきたね......」

「今日からは休憩の頻度を増やそう。

 疲れた状態で魔物と戦うのは命取りだ」


 悪路と魔物の強化に伴い、体力の減りが激しくなる。

 交代で見張りをして休んでいるが、見張り中に体力が保てなくなってきた。


 食料の調達も上手くいかなくなってきた。

 毒持ちの魔物を食ったホノンが腹を下したり、川が見当たらなくて俺が干からびそうになったり。

 どうにか持ってきた保存食で食い繋ぎ、遂に魔境を抜けた。


「気温が上がってきたね」


 ヴェークの森の中央部を抜けると、少しずつ森の様子が変わってくる。

 湿度と気温が上昇し、体温調節が難しくなってくる。

 俺もホノンも水や氷で体を冷やせるが、魔力を使いすぎるのも良くないのだ。


 丁度2週間が経過した頃。俺たちはヴェークの森を抜けた。


「ようやく人里だぁああ!!」

「文明と技術に感謝......」


 道中1回のみ川で体の汚れを流したが、その後に戦闘が何度もあった。

 小さな村の小さな宿で小さな湯舟につかり、泥や血を洗い流す。

 ようやくまともな睡眠がとれた。


「ええ!? 最初は確かに銅貨7枚って言ってたよ!!」

「馬鹿言えぃ! 儂ぁずっと銅貨10枚言っとるじゃろがい!!」


 宿の宿泊代で揉めに揉め、ボケた爺にぼったくられた。

 風呂に入れたからいいじゃないかとホノンを宥め、先に進む。

 広大な畑の長いあぜ道をひたすら進み、また1週間が経った。


 南下するにつれて緑は減っていき、最終的に残ったのは赤黄色土の広大な大地。

 村同士を繋ぐ細長い道の左右には枯れ木のみが点在し、天然の食料は一切手に入らなくなった。

 その代わり、定期的にある人里で食料調達ができる。


「"地維変転グランド・ディフォーム"」

「"雪華爛漫サイロ・ブルーム"!!」


 村で資源調達をするとき、定期的に村民のために魔物を討伐する。

 気候と地理が変わって使う魔術も変わってきた。

 リタに教わった変質魔術は枯れた土地で便利だし、ホノンの魔術は戦ってて涼しい。


「ありがとうなぁ、お二人方! 助かったよ!」

「いえいえ、ボクたちは塔主志願者として当然なことをしたまでです」

「おお! 塔主志願者だったか!

 なら今朝狩ったイノシシを食って精をつけてくれ!」

「えぇ!? いいの、おじいちゃん!?

 ありがとう! うわぁ、美味しそう!!」


 村長宅にて振る舞われた大量の料理を平らげ、ホノンは満面の笑みを浮かべていた。

 食後は村民が多種多様な楽器を持って演奏したり、踊りに囃子はやしを送ったり。

 思っていた以上にことが大きくなり、こんなことをしていて大丈夫なのかと思ってしまう。


 だが、旅とは本来こういうものなのだろう。

 出会いの縁、助けの縁、食と宴会の縁。

 そういった1つ1つが積み重なって旅の思い出が形作られる。



  ===



 そろそろフィジクス国境に着くというタイミングでスラム街にぶつかった。

 治安が悪く土地も痩せているのに人が多いのは、無法地帯が住むのに好都合な輩が多いからであろうか。


「よーよー可愛い嬢ちゃんたちよぉ。

 俺らとちょっとイイコトしようぜぇ?」


 前世であればビビり散らしていたような強面に絡まれた。

 10名ほどの男たちに前後を塞がれたが、頭らしき男の股をホノンが蹴り上げると散り散りになって逃げた。

 ホノンは死んだらタマ蹴りの罪で地獄行きだな。確実に。


「......シンって女装の才能あるんじゃない?」

「あのゴロツキと同じ目に遭わせてやろうか?」


 リタと渡り合える程度の実力があれば、スラム街も怖くはなかった。

 まあ、夜になれば更に治安が悪くなるだろうということで、ここでは寝泊りせずすぐに離れたが。


 そんな暴力集団・詐欺師・盗賊・浮浪者・身売り等々のいるスラム街を離れて南東に下ると、ようやくフィジクスに着いた。

 東国ケミスティアから南国フィジクスへの国境には大きな崖があった。

 ケミスティアの縁からフィジクスを一望することができる。


「あそこに小さく見えてるのが火炎の塔だね!

 それと砂塵の塔は......流石に遠すぎて見えないか。

 まあ、仮に見える距離だとしても砂嵐でなんも分かんないけどね」


 10ある塔のうち、フィジクスには2つの塔がある。

 ゴツゴツとした岩地の多いノーカルヴ火山地帯には火炎の塔が。

 ヴェークの森より遥かに広大なマグレバ砂漠には砂塵の塔がある。


 これだけ広大な土地の秩序維持を2つの塔でこなしているのか。

 やはり塔主というのは化け物だな。


 国境近くの崖を降りずにそのまま進み、フィジクス東にあるヒストリカ方面へ向かう。

 ここの土地は水持ちが悪くて植物が育たず、人もいないので足場が悪い。

 ゴツゴツとした上り坂を踏み外さないように歩く。


 道が無くなってきた頃、地面の様子が変わって植物が増えてきた。

 緑の出現に応じて動物もちらほら現れ、岩地が森へと変じた時。

 ようやくヒストリカの姿が見えた。


 絶壁の上から一望できた景色は緑に包まれていた。

 ヒストリカは森林大国だ、という意味ではない。

 かつての文明がすべて自然に還っていたのだ。


「なんだ、これ......」


 藝術信奉徒学区アカデメイア・オブ・カリテクニスの主要な建物であろう城のような学校を中心に広がる街並み。

 建物や噴水などの建築物はすべて壊れ、鬱蒼とした緑に覆われている。

 まるで天災を受けた被災地が永遠に復興されずに残っているかのように......


「藝術の国ヒストリカ。統國暦前の人魔大戦における大戦終幕の一因となった歴史の被害者。

 栄華を誇った当時最先端の学術都市はすべて破壊しつくされた。

 信じられるかい? この都市は、たった1人の男がたった1つの魔術で滅ぼしたんだよ?」


 たった1つの魔術で国を滅ぼした。

 ホノンは出発前、最終目標に関わると言っていた。

 ということは、つまり......


「混沌の時代の終止符たる人魔大戦の最高戦力"黄金の英雄"。

 彼は今なお生ける伝説として、600年以上の年月を過ごしている。

 九大聖騎士序列第1位『天空』だよ」


 塔主を目指すということは、聖騎士を倒すということ。

 俺たちの掲げる目標の先には、その男がいる。

 一国ヒストリカを終わらせた最強が。


「ボクたちは奴らと戦わなくちゃいけない。

 そして、それだけじゃないんだ。

 ここなら沢山だろうと思って、キミを連れてきた」


 ホノンの指差す先には、見覚えのある影があった。

 黒く禍々しい全身は、輪郭がどこかおぼろげ。

 目はぼんやりと光を放ち、崖の上から都市を見下ろしている。


心緒の澱ソリュート。生物の感情の抜け殻が集まってできた化け物。

 ボクたちは、彼らとも向き合わなくちゃいけない」

「感情の、抜け殻?」

「ああ。亡国には死んでいった民たちの執念が残っている。

 強い感情と魔力が混じりあって、危険な生命の形を成すんだ」


 ホノンは無言で化け物に指を向ける。

 今から攻撃されるというのに、黒い影は動く気配がない。


「動かない亡霊も倒さなくちゃいけないのか?」

「......心緒の澱ソリュートに魂や記憶、感情はない。

 あるのは感情の抜け殻。かつてあった感情の形を模倣しているだけだ。

 今は安定しているけど、じき消滅期になれば不安定になってボクたちを害する」


 ホノンが放った炎の刃が命中し、土煙を巻き上げて倒れる。

 黒い影はヴェークの森の時と同様に、音もなく消えていった。



  ★★★



 エトラジェードを離れて4カ月の月日が経った。

 季節は夏を迎え、日中は日差しが強くて汗が止まらない。

 日本とは違って湿度は控えめで夜は冷えるのが救いだ。


 俺たちはヒストリカ周辺の心緒の澱ソリュート討伐に専念している。

 ホノンの言った通り、亡国に湧く亡霊は多い。

 街と岩場を定期的に往復する生活を続けている。


 心緒の澱ソリュートというものが何なのかも分かってきた。

 感情の抜け殻たる彼らは、何の感情を核にしているかによって行動が変化する。


 怒りや憎しみといった感情は攻撃的で危険な代わりに、短時間で消滅する。

 不安や悲哀の感情は長期持続し頑丈だが、向こうから攻撃してくることは少ない。

 だが、何事にも例外は存在するもので......


「ホノン。南のデカブツの様子を確認してきた。

 まだ安定してるが、じきに活性化すると思うぞ」

「ありがとう、シン。助かるよ。

 ここら辺の小さな個体は殆ど掃討できたし、そろそろ南下しようか?」


 現在地から南に半時間進んだ場所に4m大の心緒の澱ソリュートがいた。

 俺はソイツの暴走を危惧し、ほぼ毎日様子を監視している。

 俺もかなり戦えるようになってきたので単独行動が増えた。


「トラップの配置は順調?」

「最低限は仕込めたっていう程度だな。

 うっかり引っかかるなよ?」

「馬鹿にしないでよねぇ。 まったくもう失礼しちゃうわぁ」

「誰の物真似だよ......」

「海洋の塔主がこんな感じだって聞いたことあるんだよねー」


 塔主志願者として無礼すぎるだろう、その発言。


 フィジクス北東の街にある魔道具屋に古い魔導書が売っていた。

 安いので適当に買ってみたのだが、中々クセの強い魔術が多い。

 載っていたいくつかの魔術をトラップとしてデカブツの周囲に配置してみた。


 威力はお粗末だろうが、足止め程度にはなるだろうか。

 そんなことを考えていたら、背後から声が聞こえた。


「フィーラはそんな喋り方しないけどね」


 ホノンと俺が構えたのはほぼ同時だった。

 気配よりも先に声を感知した。しかも背後を取られている。

 焦りつつ腕に魔力を溜めつつ振り返ると、そこには1人の少女がいた。


 アラビアンな金の飾りと白のレースで包まれた褐色の身。

 踊り子の羽織るヴェールの代わりと言わんばかりに背を覆う分厚いコート。

 白髪は短く切り揃えられ、青緑色エメラルドグリーンの瞳が光を放っている。


「あ......」


 俺たちは警戒を解き、体勢を戻す。

 彼女は敵ではない。


 選定戦で俺たち2人をボコボコに負かした新任塔主。

 砂塵の塔主レグ=アクィルスが現れた。


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