第11話『双竜の逆鱗』
俺は表情が凍っている。それに悩み続けた人生だった。
人生が終わって転生したが、それは変わらなかった。
感情と表情を繋ぐ回路が断線しているのだ。
抱いた感情が表面化しないもどかしさが嫌いだ。
どう頑張っても、どうやっても治らなかった。
だが、憎しみの感情は余すことなく、全て表情に現れた。
「ハッ、"ぶっ殺してやる"だァ!? やってみろ!」
「"
「"
憎しみと魔力の込められた魔術は、ゾフラの剣撃によって打ち消された。
なんだあれ。この世界の剣技は遠距離攻撃にも対応しているのか?
流れるような二連撃で岩の槍を砕かれ、炎の斬撃を乱された。
「安直ゥ!」
「ッ! "
俺へと的を絞ったゾフラの斬撃が鼻を掠め、鮮血が舞う。
体勢を大幅に崩した俺は後方へ倒れ込み、歯を食いしばる。
気味の悪い笑みを張り付かせたゾフラは剣を握り直し、声を張り上げる。
「いいなァ、その魔術ッ!」
「やめろ! "
ホノンの放った氷吹雪がゾフラの半身を凍らせ、剣の軌道が僅かに逸れる。
黒髪が宙に舞い、氷の塊が砕け散り、指が長方形を形作る。
ホノンがゾフラを捉えたとき、その身がピクリと止まった。
「畜生! "
ホノンは舌打ちと共に魔術の発動を諦め、ゾフラに向かって風の拳を振るう。
螺旋を描く風に覆われた拳はゾフラの頬を捉えるが、さしたるダメージにはならない。
俺は鼻からドクドクと流れ出る血を抑え、ゾフラの動きをよく見る。
大丈夫なハズだ。リタが食らった毒仕込みの短刀とは違う剣だった。
そんなことよりも、何か変な感じがした。
ホノンの氷吹雪が直撃したその時、不自然な違和感を覚えた。
今の風魔術を纏った拳も威力が軽減されていたような......
「"
ホノンの放った高熱の電撃がゾフラの身を舐めた時、推測が確信に至る。
俺は炎の斬撃を放ちながらホノンへ叫ぶ。
「ホノン! 魔術が軽減されている!
仕掛けるなら近接戦だ!」
ホノンは俺の言葉にハッとし、ゾフラから距離を置いて構える。
ゾフラも同時に目を丸くするが、直ぐにヘラヘラした態度に戻る。
俺とホノンを見比べ、眉間に手を当て、馬鹿にしたように笑う。
その歪んだ口から放たれたのは、予想だにしない言葉。
「なるほどなァ。"鏡の秘境"を突破したのはテメェの方だったかァ」
感心と納得の目を向けられ、俺は動きが止まる。
なぜ今、鏡の秘境の話が出てくる? なぜ俺が攻略したと分かった?
コイツは何者だ? 俺達のことを知って......
「気に入った、気に入ったぜェ。雑魚扱いも終いだ!
観察眼と
術師相手はちと骨が折れるが、マジでやってやる」
言いつつ、剣を右手から左手に移した。
その所作に背筋が凍り、冷や汗が握り拳の隙間から湧き出す。
ゾフラは剣を正眼に構え、油断なく俺達を見据える。
半端さの抜けた口元から、静かな言葉が溢れる。
「上位聖騎士『双刃』のゾフラ=ルヴィード」
「塔主候補生『銀翼』のホノン=ライラルフ」
ゾフラの言葉に対し、ホノンが即答した。
これがこの世界における名乗り上げのルールなのか。
「......同じく、シン=ルザース」
俺は腰を深く落とし、ゾフラに対して構える。
===
推論はいくつかあった。
魔術を両断する剣技、そして魔術を軽減する術。
ホノンのサポートに回りつつ対処法を探り、ヒット・アンド・アウェイに徹した。
相手の弱点を見極めるため、一歩引いた位置で状況を捉えようとした。
ゾフラのヘイトがこちらに向いた時はホノンに近づき、一貫してアシストの立場に居座る。
状況を打開するために様々なアイデアを考え上げた。
無駄だった。
「!?」
「ホノンっ!」
魔術を発動する前に距離を詰められ、とっさに防御する。
体勢を整える前に追撃が来るので思うように動けない。
2対1にもかかわらず防戦一方となっていた中、ホノンの身が宙を舞った。
嫌な予感は的中し、ホノンの背中に剣撃が走る。
慌てて2撃目からホノンを守ろうとするも、意味がない。
一歩引いた位置ではサポートが間に合わない。
ホノンが浮かべる苦悶の表情に絶望する。
俺とホノンは連撃にやられ、地面に胸を圧迫された。
息ができない。防御魔術ごと鼓膜も叩き割られ、衝撃に心肺が狂う。
音も光も上手く感知できない中、くぐもった声が頭上に響く。
「ッたく、妙に動けるガキどもだったなァ。
道理で警戒されるわけだ」
「ッ......警、戒?」
「そうかァ、そりゃあ気づかねぇよなァ?
なら教えてやるよ。死ぬ前の脳ミソに刻んで逝けェ?」
ウザったい口調を煩わしく思いつつ、歯を食いしばって体を動かそうとする。
クソ、ダメだ。思ったように体が動かせない。変に震えるだけだ。
「生き物ってのは何かに集中してる時が一番弱ェ。
そん時に殺るために、そん時を"作った"んだよ!」
違和感。1つずつ連なった小さな心残り。
一番最初の風音と斬撃のタイミングのズレ。
ひたすらに剣技のみで俺達を圧倒し続けたこと、魔術の効果が軽減されていたこと。
着実な余地を握り続けているかのような余裕の笑み。
上位聖騎士『双刃』。手には1振りの片刃のみ......
魔術耐性を付与する剣を使い、実力以上の成果をつかみ取る実力主義者。
コイツの正しい対処法は、やはり近接戦だったのだ。
攻撃魔術を顔面にブチ込みたくなるヘラヘラした態度は誘導。
『術師相手はちと骨が折れる』。この発言もブラフ。
まんまと罠にハマったというわけだ。
「......警戒"される"っていうことは、アンタはアタマじゃないってことか」
俺の言葉を聞いたゾフラが驚きの表情を見せる。
驚嘆と瞠目、そして不機嫌そうな顔と共に剣を握り直す。
「マジであの秘境を踏破した奴なだけあるな。
お前が1番の雑魚かと思っちゃいたが、俺の誤算だ。
まァ、その脳ミソが役に立たなかったのは残念だけどなッ!」
ゾフラは高らかに笑い、剣を大きく振りかぶる。
そして俺は思う。本当にゾフラの言う通りだ。
生物は何かに集中してる時が一番弱い。
「視野の広さが長所なものでね」
「ぬかせ!」
ゾフラは俺の発言を強がりと捉えた。
その顔、いや正確には頭頂部に影が現れる。
憎たらしい笑い顔が大きく歪んだ。
頭髪、頭皮、頭蓋、脳、鼻腔、口蓋、舌、下顎。
岩の槍はそれらを貫き、脳漿と鮮血を撒き散らす。
ゾフラの頭が項垂れるように倒れ、岩槍の先端が心臓に突き刺さる。
「ア......ぁ゛?」
上から下へと貫かれた口内から声と共に血が溢れ、俺の頬に垂れる。
ゾフラの目がぐるりとひっくり返り、ドス黒く血走った。
喉奥から血が湧き出ると同時に絶叫が振り撒かれる。
「ぁあ゛ばァ゛ア゛あ゛ァ!!??」
槍が口腔を塞いでいるため、その声はあまり響かないはずだ。
それでもなお耳を塞ぎたくなるほどの発狂が、声にならないこごもった音が鼓膜をつんざいた。
脳裏にこびりつくような煩い声に痛みを感じる。
発狂は喘鳴へと変じ、暴れる体は痙攣し息絶える。
30秒程度の"人の即死"を目前にし、俺の手に生ぬるい感覚が伝う。
見れば血の塊が俺の手と地面に散乱しており、徐々に血溜まりをなしていた。
乾いた血に体温を奪われて震えつつ、半身を無理やり起こす。
目をゾフラの死体の先にやると、黒髪の少女が気絶して力尽きていた。
リタの放った一撃がゾフラを葬り、俺とホノンは九死に一生を得た。
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