第10話『共に歩む為の足』


 タワーズドラゴン選定戦が10日後に実施される。

 この発表は下宿組のモチベーションを爆発させた。

 数年に一度のチャンスが訪れたのだ。


 ある者はひたすらに模擬戦をし、ある者は筋トレに励み、

 ある者は魔術の勉強に拍車をかけ、ある者は精神統一を始める。

 そんな中、ホノンとリタは俺を練習相手に選んだ。


『お前らが互いに模擬戦やるのが1番練習になるだろ』


 その言葉を飲み込んで考えると、理由がなんとなく分かった。

 1番効率的であろう練習をあえて避ける理由。

 今回の選定戦に対し、2人とも本気で挑むからだ。


 体術戦はまだしも、魔術戦は手札で勝負が決まる節がある。

 互いの手札を探りながらの対決。情報の価値が非常に高い。

 彼女らは塔主なりうる実力者として手札を隠す。


 どれだけ頑張っても2人を倒す可能性の無い俺になら、いくら手札を見せても構わないということだ。


「なんで俺が実験台なんだ?」

「リタ(ホノン)とボク(私)を除いて、1番魔術の才能があるからね」


 魔術の才能というのは様々な尺度がある。

 自身の体内に保管可能な魔力量の上限、魔力出力の高さは勿論。

 習得のスピードや術の効力、安定性、考え方など諸々だ。


「シンは認識して反応する速さがホノン並みに早い。

 ホノンの意識をかいくぐる練習に集中できる」

「シンはやっぱり魔術のキレが凄いよね! まあボク未満だけど。

 リタを相手にした時みたいな威圧感があるからいいんだよね〜」


 俺を実験台にしているとはいえ、2人も本気で俺を倒そうとはしない。

 それでもやはり2人の実力は本物で、俺は何度も息切れを起こして地面に倒れた。



  ===



「疲れた......」


 仰向けになって息を吐くと、草が俺の背を優しく受け止める。

 じわじわと体の疲れが染み出すような感覚に浸りながら、ホノンに目を向ける。


「......だから先手をいなして......カウンターを安易には......

 ......っぱり、リタの能力以外に脅威は......」


 ホノンは虚空を見つめながら顎に手を添え、ブツブツ呟いている。

 あれだけ体を使ったというのに息が上がっていない。バケモノだな。

 とはいえ、全身の汗は疲弊を証明している。


「ホノンはリタの能力知ってるのか?」

「んー、何となくはね。細かいところは全然知らないんだ。

 ボクもリタには秘密にしてるし、お互い様だね」


 能力。魔術の複合系で、個人につき1つの個性豊かな魔法。

 そういや、この世界に来てからまだ魔術しか見ていないな。


「私たちは能力に依存しない戦闘スタイルで戦ってきたからね」


 俺とホノンの二人でいた森の一角に三人目が来た。

 誰が来たのかは言わずもがなだ。


「どう? 私に勝つ算段は立った?」


 その言葉と共に、俺の腹にずしりと重い何かが落ちる。

 声の主が放った2個目の林檎を片手でキャッチし、ホノンが答える。


「うん。多分、ボクの勝ちだ」

「そう。ならもっと頑張らないとね」


 ホノンは魔術で林檎を2つに分け、片方をリタに投げ返す。

 なぜ俺は丸々1個なんだろうか。てか、腹痛いんだけど。


「明後日までには仕上げるよ。少なくとも、ホノンに地団駄を踏ませる状態までは」

「もぉー、リタちゃんったら大口叩くようになったわねぇ〜。

 ボクの叶えたいことランキングの中で、リタが純白のハンケチーフを悔し噛みする姿を見ながらハーヴティーを楽しむことが上位なの、知ってる?」

「リタにハンカチは似合わんだろ」


 肩を竦めて煽るホノンは俺の言葉で笑い、リタも小さく笑う。

 上半身を起こして貼り付いた草を払い、俺は尋ねる。


「叶えたいこと、といえば。

 ホノンが塔主になりたい理由ってなんだ?」

「んー、やっぱ憧れかなぁ! リディオ=ヴァレンスみたいになりたい!」

「前々から思ってたけど、志望動機が幼いよね」

「はあ!? そう言うリタは何なのさ!

 常闇の塔主に憧れたからじゃなかったっけ?」

「......ホノンは本当に、自分のことと他人のことを混同して覚えるよね」


 常闇の塔主......常闇の塔主......

 確か、今回の選定戦の選定者だった......


「ジルダーヴァ=ヴォワイアント。

 私は塔主になって、彼に挑みたい」

「挑む......? 戦いたいのか?」

「......そんな感じかな。まあ、個人的なコトだから」


 リタの含みを持った言い方に、俺は口をつむぐ。

 俺は空気が読めるけど、ホノンは読めずに聞くんだろうな。

 そう思ってホノンの方へ振り返ると......


「静かに」


 たった1秒前と、まるで違う空気が張り詰めた。

 ホノンとリタに走った緊張につられ、俺も周囲を警戒する。

 静かに立ち上がって臨戦態勢を取り、ホノンを見る。


「......気の所為せい、かな」


 3人全員が警戒し続ける中、長い沈黙の末。

 嫌な汗の滲むような空気が揺らいだ時。

 1番最初に、ホノンの緊張の糸が少し、切れた。


 風音が耳を撫でた。


「ッ!!?」

「シンっ!!!」


 体がぐわりと浮いた。俺の襟が力強く引っ張られる。

 水に浮かぶかのような、奇妙な浮遊感が身を包む。


 なぜか、歯を食いしばるリタと目が合った。

 俺は勢いよく投げ飛ばされ、受け身も取れずに地面を転がる。

 視界の端に銀色と赤が映ったような気がした。



 予測不能は常だ。特別なんかじゃない。

 言い訳はいくらでもある。何を言い訳にしたって構わない。

 だが、後悔は言い訳を吐きたく無いほどにあった。


 魔術が使えたから、きっと勘違いしていたんだ。

 戻れない段階になって初めて分かった。

 自分には想像力なんてものは無いのだ、と。



「先ず素人、次いで玄人。そうすりゃペースが崩れる。

 着実な一手かと思ったが、まさかなァ」


 地面に血が滴る。短刀の先が鈍く光る。

 軋む体に鞭を打ち、顔を上げた。

 目前に映った光景に目を見開き、鼓動と視野が狂う。


「まさか、こんな形で上手くいくなんてなァ」


 リタが肩で息をしている。様子がおかしい。

 顔は薄っすらと青ざめ、苦悶の表情を浮かべている。

 何が起きた? 襲撃を受けて、俺が真っ先に狙われて......


 俺を庇ったリタの足が、ザックリと切られていた。


「リタぁ!!」

「おォっと、動くなガキ」


 ホノンの殺気に肌がヒリつき、ようやく状況を理解する。

 リタが重症。リタを攻撃した男がホノンを剣で指す。

 濃い茶色の髪、荒い印象を受ける顔面の傷と髭......

 首元には黄色の輪のようなものがある。


「誰だ、お前!? よくもリタを!!」

「俺ァ上位聖騎士『双刃』のゾフラ。

 てめェ等ガキ共をぶっ殺しに来てやったぜェ?」


 上位聖騎士、ホノンですら敵わない強者。塔主連盟の敵。

 唐突に現れた難敵に対し、俺の思考はフリーズする。

 どうすれば、勝てる......いや、どうすれば、生きられる?


2まとめてかかって来いよォ!

 まァ、来なけりゃこっちから殺すけどなァ!!」


 膨れ上がった全員の殺意に圧迫され、動作が乱れる。

 ホノンが魔術を唱えようと構えた瞬間、ゾフラが動く。

 その剣は俺の首を寸分違わず狙い定め、俺の首を......


「"岩穿槍シュタイン・ランツェ"」


 剣閃が走り、岩が砕け散る。

 見ればゾフラは驚きの表情と共に剣を振るっていた。

 呼吸混じりの震えた声が響く。


「......しっかりしろ、シン。

 今必要なのは.........シンの冷静さとホノンの柔軟さだ」


 リタが苦痛に顔を歪めつつ、俺の目を見る。

 汗を滲ませた蒼白の顔面は、ただ激痛に耐える顔じゃない。

 ......まさか!?


「ったく、ガキは元気で敵わねえなァ。

 俺ァ毒でふらっふらな雑魚に構う趣味ァねえぞ?」

「私は、ッ......まだ動ける」

「へッ! その状態でそんなこと言われてもなァ?」


 最初の一撃、短刀には毒が盛られていた。リタが食らってしまった。

 これだけ一瞬の間に回る毒。信じられないほど即効性が高い。

 痛みに、苦しみに歯を噛みしめるリタをコイツは......笑っている。


 世界がぐらりと揺らぐような目眩に吐き気がした。

 眼前を覆うどす黒い殺気が、俺の瞳の光を殺した。


 濁流のように魔力が体内を渦巻き、血流の暴走を錯覚する。

 腹の底から無尽蔵に溢れる黒い何かが、俺の口から飛び出た。

 負の感情に押し潰され、顔面が醜く歪む。


 そしてそれは、ホノンも同じだった。


「「ぶっ殺してやる」」


 ぐちゃぐちゃになった魂の叫びは、静かながらもゾフラの身を貫かんと響いた。


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