第13話『上位聖騎士の天と地』
307名。
これは、聖騎士協会所属の現行上位聖騎士の総数である。
少数精鋭。しかしその実力は、1位から最下位で大きなばらつきがある。
聖騎士協会は聖騎士の意欲向上のため、成果に応じて給与が変化する。
最高階級かつ最強の9名のみが在籍を許される"九大聖騎士"の月収は、上位聖騎士の基本年収を遥かに上回る。
そんな階級・順位の縦社会の中、階級にこだわらない変わり者がいる。
「つまり、今回の任務は秘境の調査ってことですか?」
他の誰よりも上位聖騎士であることを威張り、金に貪欲な髭面。
実力不足ゆえに毒仕込みの短刀と剣を使い分ける卑怯者。
上位聖騎士序列307位『
「端的に言えばそうなる。大した危険のない任務だ」
金にも地位にもさしたる興味を示さず、ただひたすらに実力を追求する青年。
若輩者であるにも関わらず、既に塔主との戦闘経験がある強者。
上位聖騎士序列1位『
上位聖騎士の天と地が言葉を交わしていた。
「そんなこと、アレクシスさんの出る幕ではない気が......
そ、それこそ、俺みたいな下っ端だけで処理する任務じゃァ無いですか?」
ゾフラは上位最強たるアレクシスに緊張し、あたふたと言葉を連ねる。
普段は唾を吐きながら酒場の店主に悪態を吐くような男が、テーブルに足を乗せずまともに座っている。
ゾフラを知る者が見れば異様な光景だ。
「俺には今、4つの仕事が課せられている。
会長の意向は上手く汲み取れないが、恐らく俺を後進育成に回したいらしい。
教育が下手と言うつもりはないが......俺以外に適任はいなかったのか?」
つまらなさそうにコップの中身を見下ろすアレクシスの美顔が、ため息とともに歪む。
退屈そうにくるくると弄られるその青髪は、聖騎士ならば誰でも知っているもの。
ゾフラはその余裕さにおののき、一層緊張する。
アレクシスは若輩者。聖騎士協会に入ってまだ5年も経っていない。
彼はたった1年間で上位聖騎士の座を手にし、次の1年で冠を獲った。
今まで10回以上に渡り会長から九大聖騎士として指名されているが、当人が断り続けている。
『上位聖騎士の在り方』を示し続けるという目的のためだけに莫大な富と権力を捨てる変わり者だ。
九大聖騎士と同等の実力を持つアレクシスの存在感に、ゾフラは常に圧倒され続けている。
「塔主の代替わりだかなんだかで、協会が少し混乱してるようですがァ、アレクシスさんに影響は無いんですか?」
「辞めていく奴より就く奴の方が優先。
だから塔主候補者の討伐任務でも課せられると思っていたが、な」
アレクシスほどの強者が命じられていない。
ならば、と。ゾフラは唾を飲み込む。
「きゅ、九大聖騎士が動くっていうことですかァ!?」
「お前、よくそんな脳味噌で上位に上がってこれたな」
「すっ、すいません!!」
アレクシスはため息を吐き、ゾフラは必死に頭を下げる。
しかしそう言われても、ゾフラには皆目見当もつかない。
なぜ聖騎士協会は動こうとしないのだ?
「塔主候補者の実力は上位並み。つまりピンキリってことだ。
その場合、誰を討伐に向かわせるのが適任だ?」
「あ、アレクシスさん?」
「その俺が出動しないってことは、そういうことだ。
九大聖騎士は腰が重いしな」
ゾフラの困惑の表情は消えない。馬鹿だから理解していないのだ。
アレクシスには興味がない。雑魚が感づくか否かは問題にならない。
塔主候補者は武術の心得があるが、社会的地位は一般人と大差ない。
一般人を聖騎士が襲撃したという事実が残れば非難の対象になりうる。
そのため、候補者を先んじて討つのであれば口封じが必要。
口封じができるのは実力が相手より上である場合のみ。
ゆえに、候補者より確実に高い実力を持つアレクシスが討伐に最適な人材である。
最適な人材が指名されていないということは恐らく、協会は候補者潰しを諦めている。
そしてこの理由を説明するほどの価値が、ゾフラには無い。
実力が違いすぎるゆえの無関心だ。
「そろそろ出発しよう。
食費は経費で落とす。装備を最低限確認しろ」
軽い朝食を酒場で済ませ、上位聖騎士2人は席を立つ。
店主に対し顔パスで会計を済ませ、面倒な任務にあくびをするアレクシス。
その光景に驚愕しつつ、置いて行かれまいと追従するゾフラ。
2人は"鏡の秘境"へと出発した。
===
アレクシスの実力は聖騎士協会の中で10番目のものだ。
九大聖騎士の下位三名と同格の実力を持つ絶対的強者。
常人はその強さを理解することすらできない。異次元の存在。
鏡の秘境への道中、3体の魔物に遭遇した。
その中には、上位聖騎士であるゾフラですら苦戦する脅威もいた。
アレクシスはそのすべてを一撃で葬り去り、一瞥の後に前へ進んだ。
道中の障害はアレクシスにとって体力消費すら必要のない些事。
事態が動いたのは、秘境に到着した時だった。
「どうやら、数日の内に先客がいたようだな。
2日......いや、1日以内に数名がこの場を通った」
秘境に至る洞窟を目前にし、アレクシスは立ち止った。
洞窟の入り口には足跡もない。人の気配もしない。
ゾフラは不思議に思い、思わず問う。
「ど、どうやってそれが分かるんですか?」
「ん? いや、ただ魔力の残滓を感じ取っただけだ。
行くぞ。一応、少しは警戒しておけ」
アレクシスの天才ぶりについていけず、ゾフラは思考を放棄した。
鏡の秘境は攻略不可能だった。
上位1位の頭脳を以てしても歯が立たない迷路。
ゾフラは早々に狂い、ひたすらに鏡を殴り続けた。
アレクシスの剣技すら弾く堅牢な鏡。
途中で認識が狂い始める巨大迷路。
無限に存在する自分に囲まれた閉鎖空間。
「なにか発想が足りていない気がするな」
アレクシスはそう言い残し、鏡の秘境を後にした。
★★★
鏡の秘境の話から1日後。
ゾフラが別任務で動いている時、道端で話を聞いた。
「鏡の秘境をクリアした奴がいるのか?」
「らしいな。俺たちが前に挫折したやつだ」
「攻略法が意味不明だったから、クリアした奴に教えてほしいわー」
「それな。マジで気になる」
ゾフラは驚愕に顔を歪める。
上位最強アレクシスを以てしても攻略できなかった秘境を攻略した者。
まさか、九大聖騎士なのだろうか?
「ちょっ、ちょっといいか?
今、鏡の秘境をクリアした奴がいるって聞こえたが......」
「ん? ああ。らしいぞ」
「誰だか知っているか?」
「んー。確か噂じゃ......」
慌ててその男に尋ねると、解を得られた。
聖騎士協会10位をも上回る実力の主。
それは、タワーズドラゴン候補生だった。
「鏡の秘境をクリアしたのが、ただの子供だった?」
「はい。きちんと調べてきました」
ゾフラは急いでアレクシスを呼び、その旨を報告した。
以前にも増して忙しく、5つの仕事を並行処理しているアレクシス。
彼は長考せず、席を発った。
「ゾフラ、お前が処理しろ」
短く告げられた討伐命令。
困惑と不安が溢れると同時に、責任感が湧き出てきた。
これは、上位最強から与えられた使命なのだ。
こうしてゾフラは討伐を目論み、策を弄した。
無事に対象二名を無力化したと思った矢先、頭が割れた。
上位最弱はあっけなく散ったのだ。
★★★
そして、その騒動から数日後。
アレクシスの仕事が一通り終わり、休憩に差し掛かった頃。
2通の手紙がアレクシスに届く。
『上位聖騎士序列307位『
貴殿の命を完遂できず、塔主候補生リタ=ケレブルムの手により死亡』
協会からの端的な手紙を、アレクシスは直ぐに捨てた。
アレクシスの脳には、ゾフラを弔う気持ちなど欠片もない。
弱者はただ散る存在。最弱の証明が為されたのみ。
2通目の手紙を開く。
アレクシスはその手紙を開け、内容に目を通した。
その瞳孔は、揺ぎ無くその2つの名を映した。
『新砂塵の塔主レグ=アクィルス
新常闇の塔主ジェウル=テネーブル』
新たな脅威の誕生を前に、アレクシスの剣は澄む。
たとえ全主の塔主が相手でも、地神が相手でも剣を振るう。
己の力と協会の訓にすべてを委ねて。
「魔を滅ぼし、聖を齎す」
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