第5話『エトラジェード』


「"冷雪ネーヴェ"」


 氷の結晶が生じる様、開花の如し。

 急速に凍った川には2人分の影が映る。


「冷凍保存〜♪」


 ホノンは鼻歌混じりに氷を割り、中の凍った魚を掴む。

 魔術があればもりで魚を突く必要もないらしい。

 なんと便利な世界だろうか。



 ホノンの用事が済み、俺たちは街へ向かう。

 歩を進めるごとに開けていく森、整備されていく道。

 獣道が段々と広くなり、森が林になり......


 木々を抜けた先にある景色は、絶景と呼ぶに足るほど鮮やかな色に溢れていた。

 農耕の類、牧畜の類が行われる広い平原。

 そして平野の中心には、巨大な擁壁に囲まれた都市があった。


 ここが俺たちの目的地。

 この世界の中心に位置する美しい場所。


「見えてきたね!」


 大国ケミスティアの主要四大都市の1つ。

 広大な面積を擁し、外周が防壁に覆われた領域。

 竜族最大の街と名高い、先進的な大都市。


「ようこそ、エトラジェードへ!」


 ホノンが手を広げ、俺に向かって振り返る。

 ここが俺の新天地だ。



  ===



 この世界の国家形態は前世と異なる。

 主要な地域の国家はたったの5つだ。

 巨大な大陸アヴァルダに4つ、その北に1つだ。


 最大の面積を擁する、東の国ケミスティア。

 主教を地神教とする、南の国フィジクス。

 巨大森林に覆われた、西の国ヴィオローラ。

 不毛な土地を生きる、北の国ジオグラマト。

 アヴァルダの北方、北海の国アストラ。


 エトラジェードは、アヴァルダの中でも高度な科学技術を実現している都市だ。

 ファンタジック・トーキョーと言っていいほどの要地。

 政治・経済・文化の主要機関がここに集結している。


「エトラジェードには美味しいものがいっぱいあるんだ!

 カフェとかレストランの料理の全部が絶品でね。

 あっ、あそこのお店とか超話題でさ!」


 ホノンの指差す先に目を向ける。

 レンガ造りの道を馬車やら道行く人が埋め尽くしている。

 いや、よく見るとそれぞれ体のどこかに鱗が生えているな。


 これがドラゴンの街なのか。

 一見すると人間と対して変わりない。

 竜とは名ばかりだ。なぜこんなにもヒトに近しい外見なのだろうか?


 街並みにも目を向けてみよう。

 中世と近代の町並みを混ぜたかのような外観だ。

 魔術という異色な技術があるからだろうか。

 俺の目から見ると、技術レベルが歪にみえる。


 例えば、遠目から見てもサイズ感のバグっているあの塔。

 某東京のタワーより高いんじゃないだろうか?

 巻き尺と分度器が欲しい。

 雲を貫くあの塔は、果たして何製なのだろうか。


「ホノン、食事のことより他の話を教えてくれ」

「あっ、そうだね。お腹空いてるからつい......あはは」


 ホノンは食いしん坊なのだろうか?

 俺も空腹ではあるが......


 あれ、そういえば転生した場合って胃はどうなってるんだ?

 生まれたばかりの肉体なら、普通の食事は摂れないと思うが......

 最初の食事は慎重に選ぶべきだろうか。


 いや、生まれたばかりにしては体格がおかしい。

 この体は誕生してから少なくとも15年は経っているだろう。

 俺が転生する以前、この肉体はどうなっていたんだ?


 疑問が湧くばかりで解決されない。俺の悪癖だ。

 難しく考えるのは後回しにして、今はこの都市を楽しもう。

 日本のどこにも無いような風景を味わいたい。


「あっ、あそこでなんかやってるよ!

 折角だし行ってみようよ!」


 ホノンの指差す先にはピエロがいた。

 道端でジャグリング類の芸を実演しているのだろう。

 俺はホノンに手を引かれ、前のめりになりながら走らされる。



  ===



 ピエロの周りには人だかり、いや、竜だかりができていた。

 ディアボロや玉乗りといった大道芸をして拍手喝采が湧く。

 前世でもこの類のショーは目にしたことがある。だが、規模というか、鮮やかさが段違いだ。


 次いで、ピエロが芸を止めて別のショーを始めた。

 道化は観衆からアシスタントを募り、ホノンが手を挙げる。

 俺も気乗りはしないが、ホノンのために手を挙げた。


「そこの黒髪青年!」


 幸か不幸か、俺が真っ先に指名された。

 俺はホノンに背中を押され、ピエロの前に出る。

 白手袋の上に置かれたタロットの山を引く。


 タロットカードは前世のものとは違った。

 カードの絵は、月光に照らされた赤子と小さな雨雲。

 何を意味しているのだろうかと、ピエロを見た。


「さて、栄えあるこの助手が引いてくれたカードは......」


 手を広げ空を仰ぐピエロに周囲の目が注がれていた時。

 俺がカードの絵を不思議に思い、頬を搔いていた時。


 空気を轟かせるどよめきが、街の中に響いた。


「――え?」


 戸惑う観衆、混乱した空気、麻痺する脳みそ。

 立ち尽くす俺とは違い、ホノンは指をさして叫んだ。


「あそこ! あれは......」


 ホノンの指差す方向に視線を向ける。

 2人の男女が構えを取り、睨み合っていた。


 片方は軽鎧を纏った金髪の男。

 全身のどこにも傷は無く、剣を構えて微動だにしない。

 冷静に周囲を確認しつつ、目の前の女を睨む。


 もう片方は狐の耳と尻尾をもつ赤茶髪の女。

 全身の各所に傷を負い、口端から血を垂らしている。

 息を切らしながらも目をギラつかせ、口を開く。


「市街地にまでもつれ込む予定は無かったんですが......」

「お前の持つその予定とやらを、俺相手に実現できれば大したもんだ」


 男が剣を中段から少し上げ、正眼に構える。

 女が間合いをジリジリと詰め、拳を強く握る。


「次善を、実現させます!」

「させねえよ!」


 街のど真ん中で戦闘が始まった。



  ===



 日本のように治安のいい場所ではないらしい。

 男と女が戦闘を始め、街の空気は一変した。

 多くの者が負傷を恐れ、散り散りに逃げていく。


「ホノン、俺たちも......」

「待ってシン。ボクも加勢する!」

「ッ、馬鹿言ってる場合か?」


 無理にでも手を引っ張ろうとしても無駄だった。

 子供のなりをしていても、俺より力が強い。


「ボクも、戦える」

「そんな震えた手で、戦えるのか?」

「――ああ」


 ホノンの瞳は怯えに揺れ、握られた拳は震える。

 全身が"恐れ"の二字を明確に表していた。


 それでもなお、ホノンは逃げたくなかった。


「ボクはに......負けない!」


 ホノンが決意を固めたその瞬間。

 拳の震えを押さえ、前を見つめた瞬間。

 金髪の男はその身を翻し、ホノンに向かって超スピードで向かってきた。


ヴァ......」


 カーンとも、キーンとも言えぬ鋭い反響音。

 ホノンが男に向かって手を掲げた瞬間、甲高い金属の音が響く。


 俺の視界は黒色の羽織に遮られ、ホノンは驚愕の表情をみせた。

 まばたきをする一瞬の間に男が現れたのだ。

 目にも止まらぬ速さの剣をで弾きながら。


「やはり、お前はこうすれば現れるのだな!」


 ホノンに斬りかかった男が嬉々とした声色で言う。

 その目と剣は黒服の男に向けられ、今にも飛び掛かりそうな様子。

 対する黒服の男は、低く響く声で応えた。


「呼び出しボタンに民を使うなぞ、愚の骨頂」


 その怒気混じりの声と殺気が金髪に向けられる。

 脳天を小突き、丹田を震わすような声にゾクリと鳥肌が立つ。

 圧倒的な存在感を撒き散らしながら、男は言い放った。


「全主の塔主リディオ=ヴァレンス、参上」


 金色の瞳が煌めき、紫混じりの黒髪が風になびく。

 ホノンを凶刃から救った正体不明の男が構える。

 まるで何千何万回とそうしてきたかのように、自然に。


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