第6話『彼、あるいは彼女』


「全主の塔主、リディオ=ヴァレンス!

 諸悪の根源たるお前を、この『光剣』ルカが終わらせに来た!

 いざ、尋常なる決闘を!」


 目の前の光景が信じられない。

 一体、エトラジェードで何が起きたというのだ。


 ボクに斬りかかった男は上位聖騎士『光剣』のルカ。

 そして、ボクを守ってくれたのはリディオ=ヴァレンス。

 ならばあの狐族は、塔主守護筆頭のフェイ。


 緊張した筋肉が急速に弛緩していくのがよく分かる。

 戦場でなに脱力しているのかって?

 そりゃあ、誰だって安心してしまうさ。


 竜族最強の男リディオ=ヴァレンスが現れたんだから。



  ★★★



「――ン! シンッ!

 おいっ、シンってば!!」


 ホノンにぶん殴られ、ようやく意識のピントがあった。

 あまりの衝撃的な光景に思わず呆然としてしまっていた。


 狐耳の女が血を流しながら戦い、激戦を繰り広げていた金髪が。

 ホノンへと斬りかかり、その命を奪わんとした軽鎧が。

 凶刃を防いだ男に堂々と決闘を申し込んでいたイケメンが。


 たった3撃。目にも止まらぬ速さで倒された。


 斬りかかってきたルカの顎を正確に手刀で捉え、

 体勢を崩した背に肘鉄をかまし、

 頭を掴んで顔を石畳にめり込ませた。


 考えうる限り最速の圧勝。手捌きが華麗すぎる。

 余裕な表情で戦いを終わらせた上背の男。

 存在感が半端じゃない。何者なんだ?


「誰なんだ? あの人」

「彼は全主の塔主リディオ=ヴァレンス!

 竜族最強の称号"全主の塔主"を持ち、すべての竜族の憧れ!

 歴代最長レベルの就任期間ながら、全勝無敗の最強さ!!」


 ホノンが興奮した様子でそう語り、リディオに羨望の眼差しを向ける。

 リディオは配下といくつか言葉を交わし、振り返る。

 何をするのかと思えば、なんとこちらにやってきた。


「怪我は無いか?」

「はっ、なっ、な無いです!! お気遣いに感謝致します!

 ぼぼ、ボクはホノン=ライラルフといい、あなたのご高名は......」

「そっちは?」


 紅潮したホノンは直立不動で感謝を叫ぶ。

 そんなホノンを無視し、リディオの目線は俺の方へ向く。


「ありません。ありがとうございます」

「お前......なんと珍しい」


 ありゃ? もしかして転生者ってバレちゃったか?

 まあバレても別に問題は無い......はず?


「少し、失礼」


 リディオがそういった直後、その手がブレる。

 風と寒気を感じたと思えば、首に手が添えられていた。

 目にも止まらない手刀が寸止めされたのだ。


「なっ、何を......?」

「いや、顕在化しないなら特に問題はないだろう。

 限定的とはいえ、これだけ強力な......」


 リディオはぶつぶつとそう言い、手刀を納めた。

 俺は首に触れ、胴と泣別れになっていないことを確認した。

 首......ちゃんと繋がってるな。痛みも傷も無い。

 触らなければ頭と体が繋がっているとは思えないほどビビった。


「報告致します!」


 リディオの背中側に目を向けると、傷ついた狐獣人がいた。

 確か金髪イケメンと戦っていた可愛い子だ。

 負傷しているにも関わらずまだ仕事をしているのか。


「本作戦の対象、中・上位聖騎士の掃討を確認致しました。

 狐族衆は市民誘導、蛇族衆は敵勢の動向監視を行っています。

 一連の抗争に関しては......」

くだんの診療所に猿族の治療班が控えている。

 劇毒の類も流行っている。一応診てもらえ。

 フェイ、よくやった。今は回復に努めろ」

「......了解、しました」


 狐っ子はリディオに頭を撫でられ、緊張がほぐれた様子を見せる。

 相好を崩した後、再び真面目な表情で敬礼をし、その場を離れた。

 リディオは再び俺たちの方へ振り返り、静かに微笑んだ。


「先ほどの肝を冷やすような行為を詫びよう。

 気がかり晴らしに付き合わせてすまない。あまり気にしないでくれ。

 それでは、俺はこれで」


 リディオはその言葉を残し、目の前で消えた。

 配下と思しき者たちも、後処理を手早く済ませ、去る。

 嵐の到来のような騒動だった。



  ===



 よくある漫画やアニメの物語。

 勇者が悪者や魔物を倒し、平和を謳歌する幻想世界。

 俺は人間ではなく、よく悪者として扱われるドラゴンに転生した。


 とはいえ、二者の立場は対等だ。

 片方が片方に害となることなく、他の種族として共存している。

 しかし、人間同士が平和に暮らせないのと同様に......


「むしろ、聖騎士あいつらの方があくどいよ」


 自分を正義、相手を不義と考える者たちがいる。

 国際武力組織"聖騎士協会"に属する聖騎士は、竜族を魔物として忌み嫌う。

 そして、それに対抗する勢力が"塔主タワーズドラゴン連盟"だ。


「ボクら竜族を守ってくれるのが塔主たち。

 あそこにとんでもなく大きな塔があるでしょう?

 あれが全主の塔主リディオ=ヴァレンスの住まう"全主の塔"だよ!」


 ホノンの指差す方向には気になっていた塔があった。

 大きさは権威を示す、というのはどの世界も同じなのだろう。

 聖騎士が暴れればあの塔からあの化け物リディオ=ヴァレンスがやってくるのだ。


「あのルカっていうやつ、どういう神経してるんだ?」

「上位聖騎士だからかなり強いハズなんだけど、相手が相手だからね。

 井の中の蛙はなんとかかんとかって言うでしょう?」


 リディオ=ヴァレンスが強すぎて、上位聖騎士とやらが弱く見えるな......



  ===



 エトラジェードを進む間、泣き喚く子供がいた。

 街行く者たちが見て見ぬふりをする中、すぐさま駆けつける影があった。


「"治癒ヒール"」


 赤黒い傷が見る間に乾いてかさぶたになっていく。

 魔法を使えば傷すらも容易に治せるのか。

 少年は驚きとともに笑顔を弾けさせた。


「ありがとう! お姉ちゃん!!

 ――ん、お姉ちゃん? お兄ちゃん?」

「どっちでもいいさ!」


 ホノンはニコッと笑い、少年の頭を撫でる。

 その子は不思議そうな表情を浮かべ、走って姿をくらます。


「そういえば、ホノンの性別ってどっちだ......?」

「え!? シンってば気づいてないの!?」


 俺はまじまじとホノンの容姿を眺める。

 中性的な骨格、中性的な服、中性的な顔。

 判断材料が一切存在していないのだ。


「悪いな。そういうの苦手なもんで」

「えー。シンってルックスガン無視タイプ?

 あんまモテないよー?」

「なんで俺がモテないこと知ってんだ?」

「――え、マジ?」


 ホノンはため息を吐き、腰に手を当てる。

 それならば、と。いたずらっ子な笑みを浮かべた。


「それじゃあ、"ひ・み・つ"ってことで!」

「......まあ、性別で態度は変わらんか」

「そうそう! ボクが女でも男でも、シンは冷たいもんねー」

「ああ、そうだな」

「否定しろよ!」


 そしてなんとなく、聞いてはいけない気もするのだ。

 よくある『告白したら~』というものに似ている。

 関係性が崩れてしまうのが、少し怖い。


 命の恩人。今はそれだけでいい。

 時間は沢山ある。一緒に生活していれば、いずれ分かるだろう。



  ===



「さて、着いたよ」


 ホノンの言葉を受け、正面に目を向ける。

 年季の入った家屋が静かに佇んでいた。


「さっき言い忘れてたことを先に言っておくよ。

 ボクがなぜ、魔物を見て直ぐに戦えたのか。

 そもそもなぜ、ボクはあの森に行ったのかを」


 ホノンは家の玄関には向かわず、裏手に回る。

 喋りながら進むホノンに無言で従い、次の言葉を待つ。

 裏庭を目にすると同時に、ホノンは振り返った。


「ここは、日々己の腕を磨く場所。

 竜族最強の十柱タワーズドラゴンになるために集った者たちの巣。

 ようこそ、"塔主志願者下宿所"へ!」


 ホノンはリディオに憧れていた。

 しかし、その憧れは崇拝的なものではない。

 例えば"神棚"や"痛バ"を作って推すような、客席から舞台を見上げるような信者ファンではない。


 『いずれ自分も同じ舞台に』と願う。

 "最強"へ手を伸ばす者としての憧れだ。


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