第7話『下宿生活』


「塔主志願者、下宿所......」


 裏庭では5,6名のドラゴンが鍛錬をしていた。

 格闘術や魔術など、各々が己の技術を育む。

 俺は驚くと同時に合点がいく。


「なるほど、だからホノンはあれだけ戦えるのか」

「そゆこと〜。納得でしょ?

 あっ、リタ! 今ちょっといい?」


 ホノンに呼び止められた女がこちらを振り向く。

 少しばかり顔をしかめ、汗を拭う。

 彼女はホノンの前に立ち、その低い背を見下ろした。


「なに? 忙しいんだけど」

「森で助けた子が魔術の天才でさ!

 リタに実力を見て欲しいんだよ!」


 リタと呼ばれた女が腰に手を当てて俺を見る。

 鋭い眼光、スパッと切られた黒の短髪、スレンダー。

 細身ながら鍛え上げられた腹筋が屈強さをアピールしている。


「天才? ホノンにそれを言わせるとは......

 キミ、名前は?」

「シン=ルザースです」

「ふぅん......

 まあ、戦闘に慣れてはなさそうだね」


 リタが俺の頭皮からつま先までをじっくりと観察する。

 その眼光が怖くてあんまり目を合わせられない。

 彼女は手を差し伸べ、淡白に返す。


「リタ=ケレブルム。ホノンとは同輩。

 あと、敬語は不要。

 ホノンが"天才"と呼ぶなんて、そうそう無いから」


 それほど珍しいことなのだろうか。

 ホノンのことなら、美味い飯を食うたびにその調理者を天才と言いそうだが......

 ――ああ、"魔術の"だからか。


「つまり2人とも、あの化け物リディオを目指してるってことか?」

「ええ、もちろん」

「正真正銘、ボクたちは本気で塔主を目指してるよ!

 言ったでしょう? ボクはかなり強いって!」


 言ってたっけ? 言ってたか。

 いかん。ホノンの発言は無駄が多いから記憶するのをサボりがちになっているな。


「そこで考えたんだけど、シンも一緒にどうかな?

 3人で塔主タワーズドラゴンを目指そうよ!

 きっとボクたちなら成し遂げられると思うんだ!」

「一緒につったって、俺は実戦経験に関しちゃ皆無だぞ?

 どう考えてもお前たち2人だけが就くことになるだろ」

「まあ、多分そうなるね」


 なら、無駄じゃないか。

 努力したって不可能なら、諦めるべき......


「でもシン。キミは本当にそう思っているかい?」

「――?」

「と、言うより。シンだって気になっているんだろう?

 キミの表情は変わらなくとも、目が語っているさ」


 目元に手を伸ばすと、目の下にある鱗が手に触れた。

 ザラリとした感触に思い出す。俺は死んだのだ。


 追憶が脳裏を巡る。若輩者ティーンエイジャー時代のつまらない記憶だ。

 空調の効いた部屋、昇降式のベッド、視界の端で常に立っている棒と袋。

 寝返りの打てない体は凝りが酷く、体勢は3種類しか許されなかった。


 白い檻を出てもさして変わりない。

 ベッドが椅子になり、机の上の薬が筆記具になり、凝りは腰から肩に移動。

 外に出る必要は無いし、出たとしても......やれることはない。


 前世では土俵を選んでいた。

 不敗。頂点。絶対的な強者。不屈の天才。

 それはただ単に、自分のテリトリーの中で生きていたから。


 戦うこと、それは全くの未知。

 既知の中で笑顔になる方法がないなら、理解の及ばない場所を開拓すべきだ。


 そしてなにより。

 この世界に来てから、笑顔を見てきた。

 ホノンの、そしてあのリディオ=ヴァレンスの......


「――そう言われたなら、少し考えてみるよ」

「決まり! なら、今日からよろしくね!」

「強くなる気があるなら、歓迎する」


 2人の差し出した拳に、軽く拳をぶつけた。


 その時、肺を通った空気が新鮮に感じた。

 初夏にセミの騒ぐ中、自由を得たあの日よりも、更に。



  ★★★



「ホノンの友達なら、いつだって大歓迎だよ。

 まあ、ホノンの友達なんてこのエトラジェードに何人いることやら」

「よろしくお願いします」

「畏まらなくっていいわよ!

 もう既に、1人2人増えたところで変わらないぐらい賑やかだし。

 それに、ホノンにとっては良い刺激になるでしょうし......」


 下宿主のエドナに挨拶をした。

 年季の入ったエプロンを身に着けたおばさんは、ニコニコしながら俺を迎えてくれた。

 夫のカリフと二人で下宿主を務めているが、旦那の方は忙しいらしい。


「よろしくなー! 後から入ってきたんだから俺の子分な!」

「ホノンが認めるってんなら強いだろ? 戦おうぜ!」

「まっ、負けませんからね、絶対に! 意地でも!」


 その後、ほかの下宿組にも軽く挨拶。

 やかましい奴らばかりだが、気は良さそうだった。

 適当に受け流していると、ホノンがニヤニヤと笑い始めた。気色悪い。


「シンって詐欺師とか似合うよね!

 ピクリとも笑わないのに、誰の気分も損ねてない。

 横で見ててめっちゃ不気味~」

「関心は意識の度合いに結び付くからな。

 影を薄くすれば当たり障りのない生き方ができる」

「つまんない奴だなー」


 つまらないという言葉の対極に位置するホノンにそう言われると、説得力がすごいな......

 心にグサッと来るものがある。悲しい。


「よし、そんなつまらないキミの実力を見せてもらおうか!」


 ホノンにそう言われ、下宿所の庭に連れられる。

 鍛錬をしていたリタもその手を止めてこちらを見る。

 新人潰しは勘弁してくれ。


「魔術のセンスはあるけど、腕っぷしは弱そうだよね。

 戦闘経験は無いんだっけ? 格闘術の心得は?」

「学校の授業で剣道をかじった程度だ。素人と変わらない。

 この体は知らないが、前世じゃかなり病弱だったからな」

「病弱で嫌味ったらしいって、最悪な組み合わせじゃない?」

「はっ倒すぞ」


 俺の腕やら腹やら足をぺたぺた触るホノンを煩わしく思い、その手を撥ね退ける。

 このご時世、そういうのは全部セクハラなんだぞ?


 この体は前世よりも頑丈そうだ。でなければあの距離をここまで楽に歩けない。

 身長175cm、体重65kg、視力1.5以上といったところか。

 背が縮んで太ったが、眼鏡無しで過ごせるのは快適だ。


「はっ倒せるならやってごらん? ほらほら~」

「常套句だ。それに、子供を殴る趣味はない」

「こ、子供ちゃうわ! オトナな18歳って言ったでしょうが!」

「何度聞いても思うが、嘘だろ」

「嘘じゃないやい!」


 ホノンが何歳だったとしても、殴る気は毛頭無い。

 口以外の喧嘩なんてしたことが無いのだから。

 俺のフィジカルは女子供に劣ると定評があったし。


「ホノンはそこらで歩いてる成人男性なら片手で組み伏せられる。

 見た目で判断すると痛い目見るよ。新人」


 リタがこちらに近づき、そう言う。

 確かに、あの化け物をワンパンで倒せるならそれぐらいの実力はあるのか。


「とにかく! ボクはキミの力量を測りたい。

 まずはそうだな......ボクたちに攻撃してみてよ!

 ボクたちは攻撃せずに対処するからさ」


 は? 一方的に殴れってことか?

 随分と自信満々だな。それだけ俺の身体能力を軽視しているのか。


「魔術は禁止か?」

「どっちも使ってみてくれ! さあ、ドンと来い!」

「っ、怪我しても知らんからな?」


 三下のセリフを吐きつつ、俺は魔力を腕に込める。

 二人ともこれだけ自信満々なのだ。きっと大丈夫。

 一気に攻めてギャフンと言わせてみたい。


「"烈焔斬リアマ・フィロ"」


 ただの猿真似。ホノンのそれよりも遥かに弱い。

 魔術の天才だなんだと囃し立てられたが、実際はこんなもんだ。

 俺はホノンのあきれ顔を予想していた。


「ッ、もう習得したの!? いつ!?」

「威力はおざなりだけど、いいね」


 ホノンは驚愕の、リタは感心の表情をしつつ炎を避ける。

 空中で直ぐに離散してしまうあたり、指向性に欠いている様だ。

 もっと鋭く、銃弾を放つように力強く!


「"冷雪ネーヴェ"」


 ありったけの魔力を込めた吹雪がブワッと噴き出る。

 リタが足に風を纏い、蹴りで吹雪をかき乱す。

 ホノンが余裕の表情で言い放つ。


「ボクの物真似は上手みたいだけど、それじゃあ攻撃は届かな......ッ!」


 今ある手札は切った。一辺倒な術じゃ簡単に無効化される。

 俺は吹雪を意識誘導デコイ視野妨害スモークに用い、近接戦に挑む。


 世を渡るテクニックとは、単純を二元に形作ること。

 プレゼンでのアイスブレイク。Tシャツの上に羽織るジャケット。

 簡単な2つを組み合わせることで、"らしさ"を演出する。


 狙うはホノン。リタは油断せず構えている。

 よく見ろ。重心が浮ついていて不安定だ。

 拳を握って全力のパンチを!


「......へ?」


 ドス、という小さな音を立てて拳が命中した。

 感触は鈍い。クソ、腕力が無さすぎる。

 俺はそのまま前に倒れ、無様にも転げて頭を打つ。


「ぐッ......いってぇ......」

「ぷっ、あはははは! 何そのへなちょこパンチ?

 もしかして、クリティカルヒットでその威力なの?」

「ホノン、バカにしすぎ」


 頭がズキズキと痛む中、ホノンが腹を抱えて地面を叩き、ゲラゲラと笑い転げる。

 畜生、馬鹿にしやがって。結構惜しかっただろうに。

 リタはホノンを注意しつつ、俺に手を差し伸べる。


「センスはいいね。ホノンに一発食らわせるなんて、そうそうできることじゃない」

「はぁあ~!? 誰が一発食らったってぇ?

 ボクはまっったくダメージ受けてないんだけど!」

「シンがもし接触系の能力を持っていたら、シンの勝ちだった。

 ホノンは油断しすぎ。そんなんじゃ直ぐに追い抜かされるよ?」


 リタはホノンを叱責しつつ俺に手を貸してくれる。

 目つきと言動が威圧的だが、根は案外優しいのかな?


「ありがとう。助かる」

「事実を述べたまで。感謝は結構。

 ただただ短絡的なホノンの行動を憂えているだけだし」

「あ、分かっちゃった☆」


 ホノンはニマニマと気色の悪い笑みを浮かべ、俺とリタを交互に見る。

 小馬鹿にした表情がイラつくな。

 もう一発クソザコパンチをお見舞いしてやろうか?


「リタ、自分と似てるからってシンに優しくしちゃダメだよ~?

 下宿所の鍛錬は厳しいんだから、手心を加えちゃ......」

「シン、もう一発いけ」

了解ラジャ

「うげ。2対1は卑怯だって!」


 その後、初日はホノンに負け続けて終わった。

 俺とリタを馬鹿にするホノンにはイラつくが、少しスッキリした。


 俺にもできないことはある。そりゃ当然だ。

 沢山ある苦手項目の内、一番といっていいほど苦手な"運動"。

 それに挑戦できている自分が新鮮に感じる。


 新しい自分になろう。

 そうしなければ、笑顔になるなんて夢のまた夢。

 この下宿所で挑戦を続け、過去の挫折を払拭するのだ。


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