vs幻想種《ウェアウルフ》2

 「此処は……?流石に三度目の正直か」


 最後に視界に映したのは、超速で迫り来る狼男に殴り飛ばされた所だった。

 全身に響く痛みも突然死に晒される恐怖も何もない真っ白な空間。

 「ここは生き絶え死後の世界である」と捉えるには十分な状況証拠が揃っていた。

 

 「身体に損傷はありません。強い打撲はありますが命に別状はありません」

 「何処から話してる?姿は?そもそも誰だ」


 真っ白な空間に響き渡る中性的な謎の声。

 声の主を特定しようと周囲を見渡すが、それらしき姿はどこにもない。


 「申し遅れました。マスターの権能ギフトが四段階目の解放に至りましたので、戦術支援機構『ナイン』がサポートを担当させていただきます」

 「わかった、ありがとう。それはそうと友達が一人で戦っている。早く戻してくれ」


 『そうはできません』と一蹴され、怪訝な表情を見せる。

ナインの言葉に心当たりがないわけではなかった。

 狼の化け物相手になす術もなく意識を失った自分への情けなさや不甲斐なさ、死への恐怖。

 身にへばりつくそれらをかなぐり捨てて踏み出したもう一歩。


 「それでも俺は……俺は友達を一人にしたくない」

 

 ドクリ

 心臓が脈打つ。

 心が叫ぶ、もう二度と失いたくないと己に罰を科してきた。

 喪失 挫折 無力感

 鮮明に思い出せる昔の記憶きもち

 駆け出した心は誰にも止めることはできない。

 なればこそ、此処に留まることもない。

 出口からだを探し求める本能いしき


 「ですから、その為に話し合おうというのです」


 声の提案に我に返る。ソレは意外なものだった。お前は足手纏いなのだからじっとしていろというようなニュアンスの事を伝えられるものと思っていた。

 『話は最後まで聞くものですよ』と、当たり前の事を説教気味に伝えるナイン。

 恥ながら声に向き合う。

 

 「悪かった。話を進めてくれ」

 「素直に謝ることができるのは美徳だと感じます。では続けましょうか」


 淡々としながらも僅かな温もりを感じるその声の提案に耳を傾けることにした。


 「マスターは、この権能ギフトの本質はなんだと考えますか?」


 権能ギフトの本質。

 それは、道具であり。

 それは、武器であり。

 それは、知識であり。

 それは、力である。

 

 ガーデンで戦い抜く為の最低条件。

 力無き者は、力有る者に頼り護られ生きるしかない。

 その上でナインは蒼に訊いたのである。

 『お前には何ができるのか』と。

 一考のち言い淀んだが、しかし真っ直ぐな瞳で応える。


 「今の俺に何ができるのか、わからないことだらけだが……皆んなが目指す場所に俺もついて行きたい!だから力を貸してくれないか」


 短い沈黙、声の主からの返答はない。

 だんだんと不安になってくる、そんな俺を知ってか知らずか声は語り始める。


 「申し訳ありません。少し驚いてしまって、質問が少し意地悪でしたね。これからよろしくお願いします。マスター」

 

 お茶目気のある返答に困惑を隠せない。


 「姿はないのか?」

 「無いですね。あった方がいいと仰るなら次回までにアバターを作っておきますが」

 「頼むよ。落ち着かない」


 『かしこまりました』と快く受け入れる声に釣られて話が逸れそうになる。

 雰囲気に呑まれず本題に入ろう。

 自らの弱さを受け入れ自分のできることに徹しようと考えた。


 「今の俺にはアイツには勝てないんだろ?どうすればいい?」

 「勝てませんが、時間稼ぎはできます。しかし、マスターには圧倒的に経験が足りません。何があってもワタシに従うという条件は守ってもらえますか?」

 「わかった。でもトドメはどうするんだ?」

 「それは、あの少年がどうにかするはずです。」

 「人任せか。つくづく自分が嫌になるな」


 ナインは御影に任せろと言った。

 頼れる友ができた。

 みんなと肩を並べて戦いたいと思う心が生まれた。

 ならば自らに与えられた成すべきことを成すだけだ。

 最後に、とナインが話す。

 意識が覚醒する中で薄らと自らの権能ギフトについて話していた。


 「あなたの権能ギフトはありとあらゆる戦いの記録そのもの。その記録ログから全力で貴方をサポートさせていただきます」


 ゆっくりと瞼を開き、現状を網膜に焼き付ける。

 眼前には御影の腹に爪を突き刺した化け物が立っている。

 一瞬、頭が沸騰しそうな程の怒りが込み上げた。

 しかし、ナインの言葉を思い出だし踏みとどまる。


 「これは……いきなり不味いんじゃないか?」


 標的を自分に定め、ゆっくり近づいてくるガルガロッソ。

 頭の中で響く声が御影の無事告げている。

 

 「行こう。ナイン」

 「細かい所はお任せください」


 そういえば、狼男の姿が変わっている。そんなことを思ったのも束の間、戦闘は始まった。

 やる事としては二つ、なるべく耐える事と、なるべくダメージを与える事。

 速過ぎる一撃。故に途中で方向を変えることはできない。

 が、なんだこれ。さっきと速さが違いすぎる。

 ナインの声に合わせて回避するのが精一杯。

 必死な俺をよそにナインはせっせことトラップを仕掛けている。目に見える範囲、かつ進行方向の真上であると気がついた時には、罠の餌食。

 中型の動物ならば挟まれただけでも命を奪ってしまえそうなサイズの虎鋏。

 ———ギチリ。

 深くは食い込んでいないが時間稼ぎには充分。

 虚空からアサルトライフルを引き摺り出す。

 ガーデンに来てから初めての手応え。戦いの実感。

 準備は整った。反撃開始だ。


 「リサと同じタイプか。面倒臭いが火力が足りない」


 力任せに虎鋏を開きこちらへ振り返るガルガロッソ。ゆっくりとこっちに照準を合わせる。

 地面はやり辛いと判断したお相手は、木々を蹴りながら向かってくる。しかし、先ほどまでのスピードはない。

 全力で踏み込むと木がへし折れ進むどころでは無くなるのだろう。それが好奇、足止めでいいと考えた俺にとって隙が生まれた瞬間だった。

 握り込んだ手榴弾、ピンを抜き投げつける。

現実の世界ならそれだけで幾人の命を奪えるだろう。

 しかし、ここはガーデン。未知の力が跋扈し、上には上がいる世界。だったらここでは手加減無用!飛び込んでくる獣に無慈悲な一撃。

 

 「爆ぜろ」


 バランスを崩し、地面を転がるガルガロッソ。またトラップに引っ掛かった。衝撃と体に刺さる棘で動きを封じているうちにすかさず叩き込む二打目。

 手にあるライフル。腹の奥が熱くなる。

 力の放出のイメージ。俺に何ができるかの拡大解釈。シンプルでいい。いやここはシンプルでなくてはダメだ。宙に浮かばせる二丁のライフル。

  ———照準セット

 

 「———掃射ファイア。」

 雷管の落ちる音。硝煙の先に見えた化け物は、あろうことかピンピンしている。現代兵器の一端を持ってしてもかすり傷を与えるのが精一杯。ま、カスタムなしならこんなもんだろ。

 罠から解放されたガルガロッソは地面を蹴り、俺に向かって突っ込んでくる。だが二度はない。

 

 「アイギス」


 ギリシャ神話における不壊を冠する無敵の盾。展開される液体金属は衝撃諸共吹き飛ばす。

 

 「なるほど。これは便利だ」

 「そろそろです」


 それでもなお、向かってくることををやめない狼男に敬意を払う。しかし、終幕は近づいていた。御影が目を覚ます。火力が足りない俺にとっての勝ち筋。


 「悪いな、待たせた」

 「気にしないさ。あとは任せる」


 この戦いにおいて勝ち筋を持たない蒼からのバトンタッチ。

 これから幾多の逆境、窮地を討ち滅ぼすハズの英雄譚。その始まりと、終わりの幕開け。

 あたりに轟く雷鳴は、御影と呼応する様に。

 あぁ、なんて清々しいんだろう。初めて自転車を乗りこなすことができた日の様な充実感。

 やっと手にした原典オリジナル、それは黄金の髪と碧眼の瞳に青白い稲妻を宿し、謳う。


 「———雷光ライトニング


 周囲を眩く照らし放たれる、流星の如く一撃。光速に等しい速度で放たれたソレは、ガルガロッソの腹を蹴り穿つ。確かな手応え。

 吹き飛ばされ、木々をへし折りながら進む彼を追いかける。閉じゆく瞳を確認し、優しく抱えて蒼の元に戻る。


 「俺、うさぎたちのところ行ってくるから、コイツみててくれ」

 

 こうしてガルガロッソとの戦いは幕を下ろした。残るうさぎと日皆の行く末は知らぬまま。

 

 

 

 


 

 

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