デッドウェイト3
眩い光が世界を照らす。反射的に瞼を閉じた一瞬のうちに、世界の半分は消え去っていた。
理解が追いつかない、この一瞬で何が起きたのか、……どれだけ死んだのか。過ぎる罪の意識、俺が避けたから……?
あの一瞬の出来事で、この階層の半分が消し飛ぶという様な事は有り得ざることであるが、目の前の化物はそれを、いとも容易くやってのけた。
「どうした?呆けている暇など無いだろう、お前はオレの背にいるのだから」
もう限界だ。たくさんだ。これ以上やらせはしないと誓い、立ってきた。自分が冷静でなくなっていくのがよくわかる。ダメだ、今は、冷静でなくては。そんな思考を余所に、身体は動き始めていた。
「もう嫌だ!!もう……もうッ!誰も死なせたくない!」
伸びる拳、奔る健脚、生命活動を停止させるべく
そして、心は諦観を抱き始めていた。終末を司る人類の業、踏破すべき到達点。全てを託された、ただ一人の人の子である彼には重すぎる命運。
そんな心を見透かしてか、キレを失った右の拳は握りつぶされる。
「もういい、人類最後の
化物は、潰れたトマトの様な拳を握りながら、反対の腕で握り拳を作り、溜め、腹を目掛けて殴りつける。
正しく星の一撃とも言える重量、五臓六腑はパンッ!と爆竹の様な音を立てて破裂し、身体を抜ける衝撃は大気を震わせる。
体内で逆流する、ありとあらゆる体液を撒き散らしながら空を舞う身体。
どうやらまだ、生きているらしい。不思議だが、そんな事を考えている暇はない。生きなければ、死にたくない、死んではいけない。そんな本能だけが
再び身体に集まる光は、肉体を修復していく。
神経が許容する痛みを、遥かに超えた激痛をきっかけに、脳内物質はドバドバと垂れ流されている。
未だ身体は動く、ならば、それ以外に諦める理由はない。
「随分しぶとい。こうでなくては」
再び集まる光の球は、その矛先を自分に向ける。避けなければという考え、避ければここの人達は?という考え、葛藤、その最中。
一匹の蝙蝠がふらふらとその間に割って入った。
「しょぼくれた顔してるわねぇ……天秤に掛ける覚悟がその程度のものならば、無理やりワタシのモノにしてしまおうかしら」
聞き覚えのある声に顔をあげると、曇天の天蓋から、鮮血の様な薔薇の花びらが降り注いでいた。
「
薔薇の花冠は盾となり、壁となる、光と共に世界を包む。慈愛の一言に尽きる、美しい光景は、自らを奮い立たせるのに充分だった。
「ここで
「では笑いなさい、呵責に身を焼かれ、恐怖に潰されようと、勝者にはそれが必要なのよ」
痛みに悶え、震える体に鞭を打つ、身体を修復しようと痛みは続く。
それでも尚、恐怖を押し殺し、頬を引き攣らせ、無理やりに笑みを作る。
「良し。託されたものがあるでしょう。あわせてあげる、好きにやりなさい」
「悪いな師匠、地獄への最終便だ」
「良いのよミカ。ワタシは、君が……
くらりと縺れる立ち姿、いつもの師匠からはありえない挙動だった。ほつれの無い絹糸の様な美しい髪から覗く瞳は、照らされた紅玉の様に緋に染まっていた。
化物も様子がおかしいことに気がついたのか、肩が震えている。
「ククク、ハハ、ハハハハッ!食ったのか!人を!完全なる霊長であるお前が!」
食った……?人を?冗談だろう、師匠は吸血鬼の中でも上位に分類される、
「ハハ、さぞ辛かろう!一度芽生えた吸血衝動を抑えるのは!オレを倒すために、どれだけ啜った?もう数えきれんか」
「黙れ、若造。踏み潰すしか能のないオマエに、数など数えられるものか」
師匠は、震える頭を抑えながら、掌のから獰猛な笑みを漏らしている。
「四百五十六億、六千九百三十二万、九千三十六人、一人残らず識っている。お前を喰らうは怨嗟の寄せ集め!人の怒りとワタシの願いだ!」
「良い!では悉くを捩伏せ、蹂躙しよう。
三者三様に、得物を構える。其々の目的は同じ、眼前の障害を排除することのみ。
化物は両腕に炎を灯らせる。
「我が手に宿るは原初の焔。初まりの
吸血鬼は断頭台の刃に柄をつけた様な無骨な大剣を。
「人から産み落とされた貴様もまた、人の仔だ。断罪の剣は我が手にあり。ならば、ワタシが誅してみせよう」
人間は、ギリシアの全能神から譲り受けた雷霆を。
「フルスロットル、出し惜しみ無しで行こうケラウノス」
地上の温度は上がり、踏み込めば地面は捲れ抉れる。終幕を記す神話の戦い、その幕は切って落とされた。
遅刻ギリギリの異世界召喚 崖っぷちギルドの再建記 光明七夜 @mikage38
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