灼け落ちない翼

 身体の奥底から、燃えるような熱が広がる。走馬灯にしては、懐かしさや楽しさを感じるものではなかった。

 死ぬ間際っていうのは、人生で良かったことを振り返らせてくれるものじゃないのか?という悪態もつきたかったが、どうやらそうもいかないらしい。

 内から溢れ出した炎で、身体は燃え尽き灰と化してゆく。時間にして数秒、リサは煮え切らぬままソレに背を向けた。彼女の中で、首を斬り落とした時点での勝ちは揺るがなかった。

 しかしそれは、この世の理で生きるもの場合である。

 彼女が相手にしていたものは、幻想の摸倣。本来なら、あり得るはずのない声が聞こえた。

 「二度はごめんだね。でもまぁ、生きてるだけ大分マシか」

 「は?」

 焔から勢いよく飛び出してきたのは、今しがた殺したはずの少女。

 向けられた背に、死角からの鋭い蹴り。しかし、腐っても六層落ちである。不意の一撃をいなし、直撃は避けられたが、肩を抉る様な衝撃は抜けてゆく。

 即座に距離を取り、見合う二人。しばしの沈黙、互いに互いの動きを見逃すまいと神経を尖らせる。

 先に動きだしたのは、日皆だった。半歩ずらしてリサも構える。駆け出す二人が見据えるものは勝利のみ。

 脇腹を目掛けて蹴り抜ける日皆の一閃、リサは剣で弾き、二撃目の到達前に腰を低くおろす。

 ——身体に熱が灯る。

 さっきから熱くて仕方がない。

 人間が出せるスピードを遥かに超えた手足は、一度振るうたび、熱を帯び、緋に染まってゆく。

 「随分とまぁ、化け物じみてるな。アンタの方が、よっぽど」

 新しい玩具に、自分の知らないギミックがあった時の様に嬉々として語りかけるリサ。余裕を見せる彼女と違い、こっちの方はかなりギリギリだった。

 「邪魔するなら万物万象燃やし退かす。そろそろ限界だ、終わらせてもらうよ」

 その身に過ぎた力の代償だろうか、段々と身体が重くなってきた。ゆらゆらと揺れる視界、残る力を振り絞り全身に力を込める。

 「もう終わりか?惜しいな、全力出すんだろ?受け止めてやるよ!」

 地面を踏み締めて跳躍した日皆は、高く高く羽ばたいてゆく。自らの存在を宣言するかの様に。月明かりの夜を優しく包み込む光の様に。

 高度を上げるにつれ、心臓は早鐘を打ち、身体の温度はさらに上昇する。

 地上では、リサが剣を手にしたまま弓に矢を番えていた。ギリ、と音が聞こえそうなほどに張り詰められた弦、今までとは比べ物にならない程の、綺麗な銀の矢と共に、私を貫かんとばかりに言いたげな視線に悪寒が走る。最高高度から堕ちてくる事を確認し、放つ一本の矢。

 「賭けの銀箭オールベットシルバー!」

 銀の矢は、満月の光を反射し、一条の光となって迫り来る。回避は不可能、悟るより捷く動く権能ほんのう

 (これはまともに受けちゃまずいやつだ……!)

 翼で全身を包み込む様に守ろうとしたが、異変は起こった。

 刹那、途轍もない熱量を持ったソレは羽先を焦がす。触れたものを蒸発させてゆく、それは太陽を線にして打ち出されているような威圧感すら感じた。

 「こんなのレーザーじゃんか……」

 イメージしたものは不死鳥、炎を最も得意とするであろう私の中の最強。苛烈な矢の雨も、鋭い一刀すらも防いでみせた翼が、こうも簡単に超えられるとは思わなかった。

 でも、悔いている時間はない。みんなと勝つと決めた以上、私もそれなりに覚悟を決めなきゃなと再認識する。

 「ぐぅっ……ぁぁぁぁあああああああ!!!」

 筋繊維を縦に割かれているような激痛が全身に駆け巡る。灼け陥ちる翼、人智を超えた熱を受けた身体は、それでも諦めずに生を掴み取ろうともがき続ける。

 絶え間なく襲いくる痛みは『いつかの自分が受けとめた痛みと似ているなぁ』と受け入れた。

 熱は、身体と溶け合い、燈となり猛り続ける。

例え、翼灼け落ちようとも、目標は最初から変わっちゃいない。

 「あああああああああああああ!負けらんないよッ!此処に来た理由だって果たせてない!名前だって知らないんだ!こんなチュートリアルで負けてらんないでしょ!」

 全力を込めて身を捩る。動かす度に駆け巡る激痛に、どこか諦めている自分がいるのかもしれない。

 しかし、彼女はそれをしなかった。盾で槍を滑らせる様に、矢を逸らす。熱で右翼は完全に灼け落ち、右半身の感覚はない。錐揉みしながら堕ちてゆく身体。

 落下と共に、手足に火が灯る。堕ちる勢いと共に盛る炎、回る視界、しかし目標だけはしっかりと見定め、立ち昇る炎は高く高く燃え盛る。

 「来い!全身全霊を受けて終わらせてやる!」

 リサに、出会った頃の鬱憤とした雰囲気は無かった。吹っ切れた笑みを浮かべ、満足そうに剣を構える。

 「退け!私たちは上に行く!」

 燃え猛る片翼、打ち合う剣と翼。夜のしじまを震わせる程の咆哮が二つ。いつのまにか手足は豪火に包まれ剣を打つ翼の勢いは増してゆく。全身全力で剣に力を込めるリサ。

 そして、やがて訪れる静寂。剣は熱に耐えきれず、溶け折れた。

 勢いよく身体を打つ翼。リサは十メートル程飛ばされ、森の木に止められた。

 辺り一面、激戦によりへし折れた木々は、天蓋としての役割を失い、皆を平等に優しく照らし出す。

 見上げる夜空に、ふっとため息を漏らすリサ。

 「こんなに綺麗で眩しい月を見たのは久しぶり……月をみる機会なんてのも久しぶりだ……案外、悪くない」

 そうして彼女は静かに意識を失った、安らかな笑みを浮かべて。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る