vs名無しの義賊《偽典》

 もしゃもしゃとレーションを食べながら皆の帰りを待つ蒼。足元には毛むくじゃらの狼男がアイギスに包まれる形で拘束されていた。


 「……あんまり美味しくないなコレ」

 「戦闘食なのですから当たり前でしょう。味の良いものをご用意しましょうか?」

 「口をつけたからこれでいい、ありがとう」


 もぞもぞと目を覚ます狼男。周囲を確認し、自身の現状を認識した後、静かに蒼に話しかけた。

 

 「いいのか、こんなところで油を売っていて」

 「問題ない、御影が加勢に行った。俺の仕事はお前をみていることだ」


 『そうか』と敗北を認め、体勢を直すガルガロッソ。物悲しさを感じさせる佇まいだったが、その中にはどこか清々しさもあった。

 無言の気まずさに耐えきれず、沈黙を破るように話し始める蒼。


 「食べるか?」

 「要らん」

 「質問いいか?」

 「答えるかは内容による」

 「助かるな」


 最後の一口を流し込み、静かに手を合わせて向かい直る。訊きたいことは山ほどあるが、ここは一つ単刀直入に訊いてみることにした。


 「アンタの相方のギフトってなんだ?」

 「お前……馬鹿なのか?敵のお前にわざわざ教えるメリットがないだろう」

 「確かにそうだ。でも、今の御影が向かった以上もうじき終わる。今の俺たちには情報が足りない」


 立ち上がり深々と頭を下げる。人に物を頼むときはこうでなくてはならないだろう。ジャパニーズ物乞いスタイル。

 ダメなら他に訊くことは山程あるが、ダメ元で頼み込んでみよう。

 はぁ〜と大きな溜息を吐くガルガロッソ、常識を疑うような目線でこちらを見られるのは辛い。呆れた口調で話し始める狼男。


 「情報とは事前調査や己の知識、戦闘の小さなピースを合わせて得られるもの。ここで上に上がりたいのなら常識だろう」

 「……気に障ったなら謝る。ここに来て五日なんだ」


 次に何を訊くか考えていたけれど、さてどうしようか。そんなことを思っている間に声をあげるガルガロッソ。


 「五日だと?こんなのに俺は負けたのか……焼きが回ったみたいだ」

 「手加減してたんだろ?殺す気だったのなら初撃の攻撃で爪を立てられていた時点で俺は死んでいたし御影の急所は外れていた」

 「気づいてたのか。それでも、だ。階層が上がるほど命を奪う事に躊躇いを持つ輩は少なくなる。上に上がりたいのなら気をつけた方がいい、俺たちのような甘ちゃんは珍しいぞ」

 「なら尚更知りたくなるんだけどな」


 本日二度目の深いため息。目の前の狼男は心底嫌そうな顔で折れてくれた。実にありがたい。

 

 「言っておくが俺はリサが負けるとは思っていない。デメリットは一切話さないからな」

 「助かる。ありがとう」


 かくしてガルガロッソと蒼の会話は続いていく。



 地面に倒れ込んだうさぎを見て考えを改めた。みんな命を賭けている。『信頼してよ』と頼んだのは他でもない自分自身。だったらここでの勝ちくらい自ら掴みに行かなきゃならない。

 けれど、いま気になるのはうさぎの容態、リサから目は離せないがチラリと見遣ると胸は上下していた。幸いにも息はあるようだがリミットがどの程度あるのかわからない。


 「コイツが気になる?降参するなら今すぐ診てあげるけど」

 「それはない。勝ってから治させてやる」


 見合う。できるならはやいとこ終わらせたい。

 ———イメージ、今の自分に必要なものを必要のままに引き出す力。

 いつか知った空想上のあの生き物。

 

 その身を燃やせ、高く翔け

 その身に纏え、灯る命を

 その身を焦がせ、万象を灰に

 その身を癒せ、翅を溶かして

 その道を照らせ、不死の焔で


 時間の前借り。うさぎはこの世界に『幻想種は存在する』と言った。なら、奇跡ですら再現可能だろう。

 永遠を生き輪廻転生を繰り返す、かの不死鳥ですら容易くイメージできる。

 背には炎の翼、尾羽に蒼炎を纏い、人に幻獣

の姿を宿すかたちで顕現したフェニックス。

 身体が軽い、さっき負った傷も癒えてきている。

 人差し指を突き出し照準を定める。散っていった無数の羽根が熱を帯び空に舞い上がった。

 

 「緋羽射出フェザーダーツ


 相対する狐の獣人。燃え盛る羽が無数に迫り来る中、彼女は不敵に笑っていた。


 「お前らみたいな凄ぇ力を持ったルーキーはいくらでも見てきた。次はない。潰してやるよ」


 構えられたのは弓、クロスボウはどこへやら。矢筒から乱雑に掴んだ矢を構える。心なしか顔つきが変わった。先ほどまでの、何処か嘲笑する様な雰囲気は無くなっていた、真剣に向き合われている感じがする。

 

 「権能擬似展開フェイクオーダー偽典名無しの義賊ロビンフッドレプリカ!」


 リサの口から発せられた言葉と同時に多数に番えた矢を掃射する。

 超絶技巧、言葉がでない。リサは自分に直撃するもののみを選び抜き、羽をみせた。

 凄いなぁ、どれだけの年月かけて磨いてきたんだろう。思ったことが無意識のうちに口から溢れ出ていた。


 「お褒めに預かり光栄。でもこの程度で終わり……なぁんて冷めたことないよなぁ?とっととメインディッシュだ」

 

 返事はしない、行動で返すのみ。

 翼をはためかせて地面を力一杯踏み締める。しかし、リサ目掛けて飛び込んだつもりが勢いのつけすぎで遠く逸れていく。


 「わっ!?とと!危な!」


 勢いよく通り過ぎた私を見て、リサがニヤニヤ笑っている。ちくしょう、私だってこんなに飛んでいくなんて思ってなかったんだよ!

 足と翼では勢いがつきすぎる。少し考えて動きのリソースは翼に任せ、足の活用方法を考える事にした。

 旋回を経て、再び向き合う。向かってくる矢をハードル飛びの要領で、身を屈めながら躱していく。

 直撃不可避の一撃は翼を盾に灰に変えてやった。

 最速で距離を詰める。一直線で蹴りに入るが、ひらりと躱されカウンターで蹴り上げられる。

 重い一撃。浮遊のデメリット、踏ん張りが効かない、高く打ち上げられていく。番られる矢照準は私を捉えている。

 

 「これでも鳥を落とすのは得意なんだ」


 矢が私に向かって放たれる直前、ばくんと跳ねる心臓と共に翼から猛火が盛る。急降下の緊急回避。

 眼前を掠めていく鋭い殺意。燃え尽きる事を恐れない自分史上最速のスピードでのカウンター。


 「墜せるモンなら落としてみなよ!」


 「あァ楽しい!こんなのは久しぶりだよ!私と踊ってくれ不死鳥!オマエは何度だって羽ばたけるんだ、私を鬼火南瓜ジャックランタンの様にして魅せろ!」


 心の中の灰色は何処かに燃え消えた。あっち元の世界では味わう事のなかったスリル。ここでなら私の全力を振るうことができる。

 カウンターから鼓動に合わせて連続で打撃を放つ。

 上がってゆくボルテージ、それに呼応するように両者の感覚は研ぎ澄まされていく。

 喧嘩殺法の日皆に対するリサは弓術と体術を合わせた洗練された動きで対応している。

 一合、二合、三合、とてつもない勢いでぶつかり合う拳。頬を掠めていく鏃。すんでの所を掠めていく拳。

 どれをとっても楽しくて仕方がない。前蹴りからの回し蹴り。尾羽を鞭とし追い打ちをかける。鋼の硬度を誇るソレは命を刈り取るしなりの良い剣の様に宙を這う。

 金属のぶつかり合う様な高い音が響き渡る。

 先程まで弓の握られていた左手には刃渡り七十センチ程の剣が握られている。


 「これ?あんま気にしなくていいよ。浮くなら堕とそう、と思ってたけど近距離で殴りあうならこっちのがやりやすい」

 

 なるほどね〜と思ったけど意外とまずいかもしれない。そんなことを思いながら向き合い直す。相手がその気なら自分もそうするか。ちょうどいい長さの羽を見繕うことにした。

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