園守御影

 これはいつの記憶だろうか。そう遠くはないが忘れもしないあの日の記憶。

 なんて事はない、いつもの帰り道。薄暗い高架下で気の弱そうな高校生が同じ制服に身を包んだ四人に囲まれている。

 大方、金銭でもたかられているんだろう。俺はソイツを助けてことにした。

 

 俺が俺を強いと初めて自覚したのは、小学四年生の中頃。

 日頃、ジジイから剣と武の手解きは受けていたし、それなりに動けるという自覚もあった。

 公園で、下級生を泣かせて遊んでいた中学生のバカ二人をボコボコにノシたのが全ての始まり。

 今思えばガキだった。ジジイを除いて俺に敵う奴はいないと思い込んでいた。


 遊び相手の居ない、窮屈な世界

 彩を失った、退屈な世界


 気がつけば俺は、高架下にいたリーダーらしき男の上に馬乗りになっていた。

 取り巻きは蜘蛛の子を散らした様に走り去って行き。たかられていた少年も巻き込まれまいと逃げて行ったらしい。

 ただ一人取り押さえたこの男を除いては。


 「ヒィ!俺が悪かった!こんなこともうしない!バカにしたことも謝る!だからもう許してくれ!」


 必死に許しを懇願する声をスルーして腹を殴り続ける。

 昔聞いたことがある。人が一番残酷になれるのは自分に正義がある時、らしい。

 そんなことは何処へやら。

 今の俺には正義があるはずだ。人から奪おうとする者、それを止める者。

 どっちが正しいかなんて一目瞭然だろう?

 俺に正しさがあり、名分がある上で力を振るう時だけは、世界に彩が戻っていくような気がした。

 

 あかく      赤く

      あかく     あかく

 赤い        あかい

       紅く        あかく


 力に彩られた、赤みがかった世界。

 鈍く肉を打つ拳の感覚。

奪うはずだった者の許しを懇願する悲鳴に、退屈を忘れることができたような気がした。

 男は女のような悲鳴をあげ、顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。

 虚しい快楽を貪る拳が不意に止まった。


 「やめなさい。その正しさは、いつか道を踏み外す。そこに貴方が求めているものはないわ」


 馬乗りになっていた男から引き剥がされる。

 これチャンスと言わんばかりに走り去っていく男を追いかけようとして引き留められた。

 ほんのり赤く染まった長い髪を手で揃えるように靡かせた女。どうやらコイツが俺の楽しみを邪魔したらしい。

 

 「なんだよ、オマエ。邪魔するから逃げちゃったじゃんか」

 

 駄々をこねる子供のように言い放った俺の右頬をぴしゃりと引っ叩く女。初対面の子供にそこまでするか?普通。

 存外にも人は、予期せぬ暴力を振るわれると間抜けな反応をとってしまうらしい。

 振るう側に立っていた俺ですら被害者を装いたくなる。

 自分は間違っている。目の前の女はソレを平手打ち一発だけでわからせた。


 「ごめんなさい」

 

 心からの謝罪。しかし、何に詫びているのか自分でもよくわからないまま。

 罪悪感を己の胸に刻み込むように。

 人の道を踏み外さぬように。

 もう二度と、こんな事はしないと自分に誓うように。


 「わかればよろしい。キミ、名前は?」

 「園守御影、アンタは?」

 「生意気ね〜!敬語使いなさい敬語」


 両拳に中指で突起を作りこめかみをぐりぐりと抑え付けてくる。

 頭蓋に響く激痛。痛い痛い痛い!俺が悪かったです!謝り倒した後ようやく解放された。

 横暴さの中にどこか温もりを感じる。人を傷つける為の力ではなく、人を叱る為にチューニングされた力。

 ホントになんなんだコイツは。

 一息置いて話始める目の前の女性。痛みで自己紹介の途中であることを忘れていた。


 「私はかさね。貴方の遊び相手になったげる」


 この一言で、俺の世界に彩が戻り始める。

 額縁しかなかったジグソーパズルに、ピースがはめ込まれていくように。

 ずっと空の餌皿の前で待ってきた。初めて、皿に餌を注がれ、ヨシ!と合図が成されたんだ。飛びつかない犬はいないだろう。


 「センセイと師匠どっちの呼び方がいいかしら?」

 「重で」

 「だ〜か〜ら〜!生意気だっての!いいわ、私に勝てたら好きに呼んでも構わない」


 なにか物騒な言葉が後に続きそうだったが俺は受けることにした。なんせ、世界にやっとできた遊び相手だ、これを持て余しておく手はない。

 重が指をさす、およそ100メートル先の街頭を目指し、かけっこをしようというのだ。

 舐められたもんだ。こっちは現役の小学生だぞ?そんなもの負けるわけがない。重は客観的に見ても美人だったし、おばさんという歳でもなさそうだったが、ムカついたので煽ってやることにした。

 

 「いいぜ、おばさん。でも勝ちたきゃそのブーツ脱いで走った方がいいんじゃねーの?」

 

 重からドス黒いオーラが噴き出るのが本能で理解できた。目を細め笑顔は保っているが、こめかみはヒクヒクと痙攣している。

 まずい。

 やってしまった。

 久しぶりに顔を見せた恐怖とやらが、この女は怒らせてはならないと本能に警鐘を鳴らしていた。

  

 「ハンデをあげるわ。貴方が半分進むまで私、ここに立っててあげる」


 重の提案に耳を疑った。いくら小学生とはいえ、高校生を相手取ってなお不足のない身体能力を持ってるこの俺に対してハンデだって?

 負けた時の表情かおが楽しみになってきた。舐めやがって、吠え面かかせてやる。


 「その代わり、貴方が負けたら私の言うことに一生従順に生きるコト。それでいい?」

 「いいぜ。受けてやる」


 二つ返事で受けることにした。走る速さで、学年の神が決まると言っても過言ではない小学生に速さで勝負を挑むこと。

 今まで敵がいなかった万能感。

 見ず知らず女程度に負けるわけがないという慢心。伸びに伸び切った鼻を高々と上に向けていた。

 敗因はこの二つだった。要するに天狗だったのだ。生物強さティアがあるとすれば園守御影はsランクにランクインすると余裕で考えていた。

 その辺は妙に小学生らしかったのである。

 軽い気持ちで受けたこの勝負の先に、待ち受ける地獄のような青い春が待っているとも知らずに。

 今思い返してみれば、重は俺のプライドをバキバキにへし折りたかったらしい。自分が食物連鎖の頂点であると疑わないクソガキにお灸を据える丁度いい機会だったんだろう。

 

 「じゃあ始めるわよ」


 脚に力を込める。大地を踏み締め、園守御影史上最速のスタートを記録していた。みるみるうちに半分を過ぎていく。重が後ろから追いかけてくる気配はなかった。

 それもそのはず、あの女そこから一歩も動いていなかった。

 ゴールの街頭三メートル前、それは起こる。

 ニヤリ、と悪趣味で黒い笑みを浮かべた重。

 彼女は、眼前のクソガキのプライドを蹂躙するためだけにソレを発動させた。


 「重力操作リバース!」


 ゴールの手前、勝ちを確信した俺の隣から女は落ちてきた。語弊はない。落ちてきたのだ。

 スタート地点から垂直にビルから落下するかのように落ちてきた重にあっけに取られる。

 ひらりと身を翻し、優雅に俺の目の前に止まって見せた。


 「私の勝ちね。これから貴方は私に絶対服従。理解した?貴方、私に負けたのよ」


 大人気なかった。小学生の俺を相手に悠々と話しを続ける重に圧倒される俺を横目に、ドス黒い笑みを浮かべながら勝ち誇っている。

 大人の姿か?これが……

 己の過ちに気がついた時には遅かった。負けを認めこれからは彼女に服従しながら生きていくのだろう。

 その心とは裏腹に、今起きた出来事について聞きたいことが山ほどあった。周りで起きた不思議な力に対して抑えきれない好奇心。

 身体より先に心が答えを欲していた。無意識に口から溢れる疑問。それを訊かずにはいられなかったんだ。


 「俺も貴方みたいになれますか?」


 重は優しく笑った。

 その笑みはとても優しくて、ひどく泣きたい気分になった。


 「私みたいになりたいのなら、真似じゃなく、貴方のオリジナルを探しなさい。ソレは私が手伝ってあげるから」


 今でも脳裏鮮明に焼き付いて消えない笑みと憧れ。

 これから見つけていく、俺だけのオリジナル。

 その瞬間、園守御影の世界に彩が燈った。

 いつかの懐かしい思い出と共に目が覚める。

 みんなのところに戻らなくては。

 脳裏に焼きついた思い出は夕陽に照らされるステンドグラスのように綺麗だった。


 「悪いな、待たせた」


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