第2話
◇
国家試験に合格し医師免許を取得した後、臨床研修医として三年が経った頃に後期の現場として希望していた医大付属病院の内科へ昇進し、主に病棟のスタッフステーションで他の医師とともに現場に対応していくようになった。
ほとんど休日も取れない日が続いていき体力やメンタル面の勝負が試されていく毎日を送っていた。当時は十連勤も当たり前のように容赦なく疲労が重なっていくこともあり、時間を見ては休憩室のベッドで眠ることもよくあった。
父とも自分には医師としての務めが本当に適切なものなのか悩み続けて相談することもあったが、今起きている現場での患者に対してどう向き合っていきたいのかをよく考え、医師としての基盤や見本となれる姿勢を見せれる人間になることを達成していくべきだと教えてくれた。
正直重圧にも感じたが自分で決めた道だから逃げ隠れするような人にはなりたくないと決意し、自我を叩き込むように自分を励ましていった。
大学を卒業後と同時に正式に医師となり、ようやく一人立ちができた頃、元恋人から連絡が来て再び会いたいときた。
◇
「改めて医者になれたんだな。おめでとう」
「ありがとう。七年があっという間だったけど、これからが本当の勝負だ」
「病院も同じところ?」
「ああ。希望通り内科にいくことができた。小児科でも良かったんだけど、研修のころどうも子どもが苦手だって気づいてさ」
「そういったらだめじゃん。どんな患者も順応に見ていかないと務まらないぞ」
「ササ。そっちは結局、看護士になることにしたのか?」
「いや。俺の性分だと続けるのにはうまく定まらなくてさ。経営者になることに決めたんだ」
「経営?なんの?」
「ここの店のオーナー」
「マジで?」
「最初は断ったよ。客層もまちまちだったしさ。ただ色々な客と話をしているうちにこっちのほうが楽しくなってきたんだ」
「お前だって父親が医大の准教授だろう?やっていることいってあるのか?」
「ああ。飲食のところで安定しているから心配しないでって言ってある」
「いずれバレるぞ?」
「バレてもまた別の道を考える。俺の話はいいよ。そういや今度オペが入るんだって?」
「うん。内視鏡下手術だよ。レジデントの時と違って変に緊張している」
「そうだよな。執刀医と並んで受け持つからな。まああまりガチガチになるな」
そういうと彼は僕の手を握ってきてカウンター席から離れて奥のトイレの近くにあるところに連れていかれた。彼は頭を撫でてきて顔を見つめた後抱き寄せては背中をさすってきた。
「常に命を預けられる位置にいるからな。根詰めるなよ」
「心配してくれるんだね」
「別れても大事な人だからな」
「そこは相変わらずだな。……お互い、頑張ろうぜ」
社宅に戻り、ちょうどいいくらいの酒の酔い加減がのしかかると彼に言われた事を思い出しながらベッドに入りゆっくりと深い眠りについていった。
一週間後執刀医とともに検査室で待機している十代の女性患者に説明をした後、手術室の中へと入っていき手術着をつけた後、麻酔で眠らせてテレビモニターを見ながら専用のカメラを口から入れていき、胃から大腸へとつくと腫瘍を取り除いていく際に僕はある事に気がついた。
「あの、今別のところにもう一つ腫瘍ががあります。どうしますか?」
「検査の時には気がつかなかったの?」
「その時は特定の部分にしかありませんでした」
「その後の検査はなぜ行わなかった?」
「すみません……」
「先に取り除くところからやっていくので、川澤先生はそのまま腫瘍を摘出してください」
「わかりました」
続けて執刀医に替わり再びカメラを通していくと、もう一か所の腫瘍を見て摘出をしようとしたが腸に付着するようにできていたため完全には取り除くことはせずにその日の手術は終わった。
その後再検査を行い執刀医に改めて確認してもらったところ、ポリープではなく良性腫瘍だったことが判明した。僕は医局に呼ばれてこのまま見逃していたら悪性腫瘍にもなり兼ねる危険性があると告げられ、患者を外科病棟に移動させるように促された。
◇
一ヶ月が経ったころ診療室の業務が終わり、看護士から連絡を受けて僕は別件で医局に呼ばれた。中へ入ると副院長からある外科手術の話をしてきて内科医である自分になぜそのような事を持ち掛けてきたのを訊くと、内科医から外科医へ転科する話を促してきた。
「僕の場合は研修医の時しか外科にいなかったんです。なぜ今頃そのようなお話を?」
「他の先生方にも同じ話を持ち掛けているんだが、今外科病棟の個室にいる方が川澤先生のお父様とご関係のある方なんです。ここだけの話、組の幹部にいらっしゃる方で外科医をしていた頃のお父様と世話になった代わりに息子であるあなたに執刀してもらいたいと言っていまして」
「それは無理です。無茶な事をすると大事に至りませんし……」
「費用を通常の倍の五千万で引き受けて欲しいという依頼なんです」
「断ると……僕らの首を切られるとでも?」
「そこまではしませんが、軽い脅しはされてきました。肺の悪性腫瘍の摘出をする大きい賭けのようなオペですから、下手した真似はできません。医師も四人つきますし、その分の報酬も全員に……もちろんあなたにも頂戴すると言っているんです」
僕は迷ったがその場で答えないといけなかったので、報酬をもらう前提でその隠蔽も引き受けるように言い渡された。それが成功すれば昔の父と同じように外科医になれるチャンスを逃したくないと考えて副院長の事項を受けることにした。
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