第7話


久ヶ原は息子の真尋まひろと月一回の面会交流のためファミレスで待ち合わせをしていた。


「電車遅延したんだって?」

「うん。なかなか電車来なくて焦った。お父さん結構待った?」

「少しだけな。好きなのメニューから選んで良いよ」

「オレンジジュースにする」


真尋の注文したドリンクを待つ間に、二人はぎこちない雰囲気のなか会話をし始めた。


「お母さん、あれから何か言っていた?」

「再婚の事?」

「うん。一緒になりたい人がいるって話を聞いていたから……」

「そんな人、誰もいないよ」

「じゃあなんで俺にそう言ったのかな?」

「多分お父さんのこと忘れたいからごまかしていっているのかもしれない」

「親権は互いにあるんだよ。だからまだこうして会えるんだし、本当のことを言って欲しかったな」

「その親権の事なんだけど、示談か弁護を立ててお母さん側に引き渡すようにしたいって進めているらしいよ」

「えっ?そんなこと聞いてないよ。どうして勝手に?」


注文したオレンジジュースがきてそれを飲みながら真尋は話を続いていく。


「僕も詳しくはわからない。ただ、お父さんがお母さんを……つまり、女の人を好きになれないっていうの、それ本当なの?」

「それはつまり……」

「ちゃんと言ってよ。お父さん男の人が好きなんだよね?」

「お母さんから、聞いたのか?」

「うん。それってどうなの?」

「……言う通りだよ。前々から男も女の人も両方好きなんだ。離婚してから男性の方が好きな気持ちが強くなっていったんだよ」

「そうなんだ。そういうのってよくわからないけど、お父さんの好きにしてもいいんじゃないかな。僕が反対しても結果的には僕らのところには戻ってこないのもわかっている」

「こういう父親、気味が悪いだろう?」

「黙っていれば気づかれないんじゃない?……あ、お母さんからメールだ。もう帰ってきてって」

「親権はまだあるから、まだ俺と会ってくれるか?」

「うん。ずっと親子だもん。お母さんが止めろって言っても僕はお父さんとこれからも会うよ。じゃあまたメールする。ジュースごちそうさまでした」

「駅まで一緒に行くよ」

「いいよ、近いから一人で大丈夫。じゃあまたね」

「ああ」


久ヶ原は真尋が以前よりも大人びたようにも感じて、両親の事を思いながら彼なりに考えているのだと思った。いつかは会えなくなることもなり兼ねないと考え、先程言っていた親権のことについて妻に話そうと電話をかけたが、留守番電話に切り替わる一方だった。ファミレスを出てから駅へ向かう途中に、スマートフォンに妻から着信がきたので出てみた。


「あの子余計なこと言っていなかった?」

「ないよ。それより再婚相手の話がなくなったって聞いたけど、俺に嘘をついたのか?」

「嘘じゃない。向こうの男性があなた側の親権を手放さないと一緒になれないって話している」

「お前は……俺があの子の父親じゃ不満なのか?」

「だってあらたは男性をパートナーとして選びたいのでしょう?真尋、最近その事であまりクラスの友達とも会話ができていないって言っているの。父親がその……ゲイだと周りにも知られているんじゃないかしら?」

「さっき話していたけど、まだ俺の事は父親として付き合っていきたいって言っていた。それならあの子の言い分も聞いてあげる事だって大事だろう?俺もそうしたいんだ」

「ともかく弁護士には話を進める。真尋の将来のためだから。じゃあまた連絡します」


「おい、ちょっと……なんだよ、俺のせいでこうなっているのか?あいつ、勝手にも程があるぞ……」


途切れた言葉に余計苦しさを感じていた。久ヶ原はもどかしい気持ちを抱えながら電車に乗り真尋の事を考えて次の面会までに自身の親権を活かせる方法を探すことにした。



「二百円のお釣りと今日の処方箋です。忘れずにお薬もらいに行ってください。お大事にどうぞ」

「……川澤さん、休憩入ってください」

「ああ、わかりました。行ってきます」


自宅に入り冷蔵庫を開けると、あらかじめ母が作り置きしていた惣菜があったので、コンビニエンスストアで買ってきたおにぎりと併せて昼食を摂った。僕は先日久ヶ原の家で食べた料理のことを思い出し、また彼に会いたいという思いが込み上げてきた。自分にはこうして家族がいるが、彼には離れて暮らす家族がいる。

今この時間もお互いそれぞれ一人で食事をしているのかと思うと、なぜだか彼のそばについてあげたいという気持ちが高鳴っていった。


スマートフォンにメールを送りしばらく待っていると、久ヶ原から返信が来て、彼もまた僕に会いたいと答えてきた。


『急だけど今日の夜、飯食いに行きませんか?』

『21時過ぎるけどいいですか?』

『大丈夫です。明日お休みですよね?』

『ええ。では退勤したらこちらから連絡します』


どこにである何でもない普遍的な会話だったが、まるで学生の頃にあった相手に対して一種の恋心を抱く身分になるようだった。


「川澤さんのこと、以前から気になっていたんです」


一緒に朝食を摂った時に時折彼は優しく微笑んでくれた。まだどのような人物かも知らないところもあるのに、胸の奥の芯が火照りをあげようとしている。僕はあの時物を食べる彼の仕草が焼き付いて一日中身体から離れず、その日の夜半じゅうは何度か目が覚めていた。


百七十五センチの僕と同じくらいの身長でスウェットTシャツから伸びるしなやかで逞しい腕、奥二重の黒目に少しだけ厚みのある下唇。多感な時期の女子高生じゃあるまいし、昼間から何を考えているんだろうか。

そろそろ休憩時間が終わるころになるので、急いで片付けて再び医院へと戻っていった。

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