第12話

「それなら普通に今は付き合えない、他に好きな人がいるから諦めてくれっていえばいいんじゃない?そこまで悩んでも仕方ないじゃん」

「俺がさ今、お前と付き合っているなんて言ってみろよ。彼女、社内で率先力ある方だし役職としてもやっていけるくらい力のある人なんだ。本音言ったら会社辞めますなんて言ってきたら、俺にだって責任出てくるよ」

「全てをオープンにしなくても良いから、彼女にだけとりあえずパートナーいるって言った方がいいよ」

「立場を、考えてくれよぉ。俺昇格されないままやっていくのがきついって」

「結局は自分の事じゃん。その歳でものをはっきり言えないのも課長としてどうかと思うよ」

「俺さ、新卒で今の会社入ってから十四年経つけど、そこずっと一筋でやってきて今の役職にも就くことができてさ。その挙句、あからさまにゲイなんで諦めてくださいってサラっと言える?」

「サラっと言えって言ってないよ。内密に言っておいて様子を見ようよって言うんだよ。新、今のうちに言っておかないと後で後悔してもずっと引きずりながら生きていかなきゃいけなくなる。それは嫌だよな?」

「ああ。ただ、比島さんが分かってくれる人だと良いんだけどなぁ……」

「じゃあさ、今度俺達と一緒に食事誘う?」

「は?三人で?」

「うん。まずはさ、友人だって言っておいてその後に打ち明けたらいいよ。俺も一緒に補うように言うから今度誘ってみてよ」

「そうだな……お前、怖くないの?」

「いや、全くない。寧ろ自分はちゃんと告げたい性分だよ」


久ヶ原の前で強気なことを言っているが、正直自分だって怖いくらいの綱渡りをしているようなものだ。ゲイだという現状も少数派と呼ばれるこの分類からまた更に区分して一人はここに行け、もう一人はここに留まれ、その上良いように論議を立てたがる人も中にはいて僕たちのような身分を捨てたがる人もいる。

それは一般論として世間に並べられてしまうのなら、ではなぜ同じ人間として生かしているのだと首をかしげたくもなる。


この現状から手狭な国の中に同じゲイの人同士、つまり少数派の者たちだけに留まって実験用のかごの中に入れられて、ひしひしと敷き詰められた状態で生きていろと指示されるのなら、次の餌に狙われて釣りあげられる日を待つしかないのかと思うと、胸の中に毒の強い毬のひだを直に押し当てられていうようにも感じる。

共感してくれるのは少数派以上に、要はその現状を知らない人たちがその事情を知って理解してもらえる、そのものが大いに必要なのだ。どんなに小さな存在でも僕らは果敢に立ち向かっていなければすぐに踏み潰されてしまう。


手のひらに乗れるくらいの


みんな優しく平穏に行きたいって考えながら生きている。ある人たちは僕らの事が害虫だという人だっているくらいだ。ただそれがこの国の実情なのでもあるのだから、直訴してもすぐに闇に葬られてしまう。仕方なしにこうして生きているのも恥だとは思いたくもない。久ヶ原のように僕だって涙を流したいものだ。ただそれができていないのが悔しい。


彼のように素直な人でありたい。彼のように素直な涙を流してみたい。


気がつくと僕は放心状態で彼を見つめている。それを見た彼は僕の手を握りどうしたのかと心配そうな表情で見ているので、我に返ると考え事をしていたと不意に誤魔化していた。

食事を済ませ後片付けが終わると僕は用があるから帰ることを告げ、玄関で靴を履いて出ようとした時、久ヶ原は僕の手首を掴んでは抱きしめてきた。


「また来るからその時には泊らせてくれ」

「お前も、泣きたい時は泣けよ」

「その時には胸を貸して。ご飯ありがとう。またな」


帰りの電車の中でずっと久ヶ原の事を考えていた。狭いベッドの中で身震いするほど彼を抱きたかった。用があるなど本当は嘘をついた。

今日は一人孤独の中で自分を癒して抱きたい気持ちが強く、温かさに触れずに寂夜に堕ちていきたい。自宅に着いて衣服も着替えずにベッドに横たわっては両腕で自分の身体を抱きしめて、彼とのセックスを思い返しながら荒く息を吐いては溺れるように指を一つずつ噛んでいく。

耐えきれず下半身の中に手を入れて性器を愛撫して、声を殺しながら彼の淫声と温もりを脳内で再生した。僕が女ならいくらでも蜜穴に彼を埋めてヒプノシスの中で思いの丈を塗りたくりたい。


そうだ、もっと彼が欲しい。


手に付いた精液を顔に塗り込み色欲を染めては、窓に滲む十六夜の月を睨みつけた。


「傍に、いたいんだ……」


目尻から冷めた涙が流れて頬を伝うと、過去の残骸が薄れていくようにも思えて支つかえていたわたがまりが蒸発して消えてくかのように、身体から滲み出ていった。


「大丈夫。新となら自分を繋いでいける」


壁に寄りかかり乱れた衣服を脱いで部屋着に着替えた後、誰もいない静まり返った台所でグラスに水を注いでゆっくりと飲んでいった。僕は日を改めて両親に本当の自分を明かそうと考え始めていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る