第11話

その日の晩、比島と一緒に新橋駅からほど近いイタリアンバルに入り、ハイボールや牛ハラミのタリアータ、サーモンサラダを注文をして品物が来るとすかさず彼女はジョッキグラスを半分くらいまで呑んでいた。


「そんなに一気にいって大丈夫か?」

「明日午後出勤なんで少しくらいはいいかなって。課長ジントニックでよかったんですか?」

「ああ。あまり二日酔いしても困るしな」


水曜日だというのに店内はほぼ満席で賑やかだ。比島は唐突に久ヶ原が再婚の事を考えていないのかと訊いてきたので、それはないと返答すると彼女は彼を疑う表情を見せた。


「それじゃあずっと独り身でいるつもりなんですか?」

「もし親権が妻に行っても、今後とも息子とは会うつもりだ。彼もそうしたいと考えてくれている」

「それでも、せっかくなら彼女だっていた方が息子さんも安心しません?」

「まだ中学生だしどう納得するかはわからない。ただ焦って相手を見つけるのも無理強いをしてまではしたくないんだ」

「紹介したい人いるんだけどな……」

「あまり気にしないで。ほら、箸が止まっているから食べろよ」


すると、比島のスマートフォンに着信が鳴り友人から来ているので、一旦席を外すと言いしばらく一人になると、今度は久ヶ原のスマートフォンにもメールが来ていたので画面を開いてみた。


「真尋だ」


その文面の中に次回の面会を取り消しして欲しいと書かれてあり、理由を訊くと妻が弁護士に彼としばらく会わせないようにすると相談をしたと返信してきた。

久ヶ原は真尋に数回電話をかけてみたが、通話が途絶えてしまうのでその日は諦めることにした。そうしている間に比島が席に戻ってきた。


「急に電話出てすみません。……あの、何かありましたか?」

「ああ。息子から連絡が来て次の面会が延期になったんだ」

「奥様が、会わせないとか?」

「まあ……そういう感じかな」

「思ったんですが、課長の方からも別に弁護士に相談して親権の権利を持つようにするってことを考えれないんですか?」

「そうなると返って妻が逆上するかもしれない。下手に出ない方がいい」

「私ならどう言われてもいいから、そう行動とるなぁ」

「気にかけてくれているんだな。それでもありがたいよ」

「課長の押しが弱いんですよ。奥様ばかり上手を取られてばかりいられないじゃないですか。ああなんか腹が立つ」

「ムキになるな。いいんだよ、俺も今回ばかりは待つしかないんだ」

「課長のこと、大事に思っているのに……」

「大事?」

「私、ずっと言いたかったことがあって。課長の支えになれないかなって日頃から考えているんです」

「つまり、そういう目線で見ている……ということ?」

「この席でお伝えするのもなんですが……課長のこと、好きなんです」

「仕事の上で?」

「仕事もそうですが、その前に男性として意識しています。そういうの……嫌ですか?」

「嫌ではないよ。ただ急な告白は……ちょっと驚いている」


久ヶ原は比島からの言い伝えは嬉しかったがすぐに返事が出せないのでしばらく時間を取らせてくれと言い、終電前に店を出ようと伝えると彼女は浮かない顔をしていた。



一週間が経った頃久ヶ原から連絡が来て夕飯を家で一緒に食べようと誘ってきた。翌日の土曜日の夕方に待ち合わせした駅で会うと、彼の知人が経営するフレンチレストランに行きあらかじめご注文をしていた生パスタの食材を取りに行った後、スーパーに立ち寄り僕がカートを引きながら彼が食材を選んでカゴの中に入れていくと、会計を済ませて荷物を抱えて店を出た。


「何作るの?」

「自宅に着いてからの楽しみにしておいて」


家についてから早速彼は支度にかかり、手早く食材を調理していくと、途中スープを付け合わせたいから具材を切ってほしいと言ってきたので、その隣に並び、シンクの横の調理台でマッシュルームと浅葱を包丁で切っていった。

ガスコンロにかけているフライパンの中にはコトコトとトマトソースや調味料の香りが引き立っていき、何ができるのか気になって仕方がない。スープを煮込んでいると久ヶ原がそろそろ出来上がるから棚から皿を出すように促して、盛り付けをしていくと思わず声が出てしまった。


「できたよ」


そういうと彼はテーブルに品物を並べていき僕がカトラリーを並べていくと、今晩の食事が出来上がった。


「蟹のトマトソースパスタと……マッシュルームと玉ねぎの鶏ガラスープ。……じゃあ食べよう」

「うん。いただきます」


パスタには蟹缶や生クリームを使いアスパラガスとズッキーニも少量として使い、焦がしニンニクがアクセントになってソースとうまく絡み合っていた。


「どう?味濃くない?」

「ちょうどいい。生クリーム入れたから少しくどくなるのかと思ったけど、加減してあるから食べやすいよ」

「よかった。翔、リクエストしたいものあったら言ってよ。週末であればいろいろ作れるしさ」

「そっちも外勤多いんだから無理して合わせなくてもいいよ。まあ次来る時までは食べたいものいくつかは考えておく」


そうすると久ヶ原はあまり目線を合わせないで話してくるので訊いてみると、比島から告白されたことを打ち明けてどう答えたらいいのか悩んでいるという。

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