第10話
本来なら慎重に相手を選んでは時間をかけてお互いの心情が伝達しあい、満たされた段階で求め合う方がいいとも考えた。しかし、彼は以前から僕を欲していて長い時間と記憶を紐付けながら待ち続けて、こうして再会をしそれに賛同して僕も彼を受け入れた。
遠路と喜々そして共鳴。
これらが融合されて二つの糸は丁寧に交差されていった。そうさ、僕だってずっとこの縁を待ち侘びていたんだ。彼以外の男を選んだとしてもその糸は酷く絡まるばかりだったかもしれないし、束縛も惜しまなかったかも知れないと思うと、久ヶ原新という一人の人間に巡り逢えたことが一つの運命のようなものだと確信したいのだ。
寝返りを打ってこちらに見せる寝顔がやけに愛おしくも感じる。まだ僕は彼のことを知らないだらけで、密かな謎も感じ取っている。僕に近づいて愛を告げる本当の理由が知りたい。疑いたいわけでもないが、やはり身体だけの関係でなど終止符を打たれたくもないし、そうなる手前で彼を引き止めたいのだ。
また瞼が重くのしかかってきたので、考えるのをやめて再び眠りについていった。
◇
カーテンからわずかな光が差し込んでいるのに気がついて目を覚ますと、僕は一人で起き上がりかすかに残る彼の匂いを鼻に吸い込んで、衣服を着てリビングへ行くと香ばしいトーストや淹れたコーヒーの香りで充満されるなか久ヶ原は振り向いておはようと声をかけてきた。
「おはようございます」
「もうすぐで飯できるから、顔洗ってきてください」
「はい。トイレも借りますね」
それからテーブルの席に座り、その上に並べられた朝食を眺めては思わず顔がほころんだ。
「ニヤついているね。どうした?」
「いえ。美味そうで早く食べたいです」
「……じゃあ食べよう。いただきます」
「いただきます」
ブラックペッパーがかかった半熟気味の目玉焼きにレモングラスのソーセージ、バターを敷き詰めた厚切りのトーストが心身を満たされる。食事を進めていると彼はコーヒーを啜りながらこちらを見てきたので顔に何かついてでもいるかと訊くと首を振ってきた。
「前から気になって聞いたんだけど、川澤さん物を食べている時本当に美味そうに食うんだなって。この食事も大したことないのに美味いって感じている時の雰囲気が少し大袈裟かなって思うことがある。それ癖かい?」
「小さい時からそうみたい。リアクションが大きいとかっていうよりかはその反応に飛びつきやすいのかも。確かに癖ですね」
「いや、悪いことじゃないよ。なんていうか……嬉しいというかな」
「そう、ですか……久ヶ原さん、僕改めてお話したいことあります」
「何?」
「昨日一晩一緒にいてくれたことなんですが、あれは本心で抱いてくれたんですか?」
「ええ、そうですよ。好きでもないなら初めからそういう事はしません。僕も、できればあなたとお付き合いしたい。そう考えています」
箸を置いて姿勢を伸ばし水を飲んで気を整えて僕も答えた。
「あなたが言う通り、僕もできるならパートナーとして付き合いたいです。良い交際になりそうだ。お願いします」
「信頼できる人に会えて嬉しいです。至らないところもありますが改めてよろしいくお願いします」
「はい」
「ふっ。ちょっとそのままにしていて……トーストの欠片が口に着いていた。これ見てよ」
「あっ……」
「早速ですが、敬語は今から止めましょう。歳も近いし頑なになっていてもきりがない。そうしようよ」
「そう……だな。あと、名前何て呼んだらいいです?」
「新でいい。俺も翔って呼びたい」
「じゃあ、そうしよう。慣れるまで少し照れますが……新、よろしく」
「こちらこそ。翔、お前まだ口についてるぞ。ほら、ティッシュ使って」
「悪い、ありがとう」
お互いに穏やかな笑いが自然と溢れ出てくる。この人は気の知れた相手にはこうして正直に向き合っていたいのだと直に伝わってくる。この時間がもう少しだけゆっくりと針の進み具合が遅くなればいいなと感じていた。
◇
あくる日、久ヶ原は外勤から社内へ戻り電話応対が終わり昼休憩に入ろうとした時、後方から同僚の女性が彼に声をかけてきた。
「お疲れさまです。これからお昼ですか?」
「ええ。比島さんも?」
「はい、良かったらご一緒しません?まだ食堂空いてますよ」
「じゃあ行こう」
比島楓。同じ営業部の社員で彼とは同期の仲でもある。
「ようやっと担当している病院の先生と話し合いがついたんです。折り合いついてよかったぁ」
「結構粘ったな。次のクライアントもあるから慎重に交渉していけよ」
「ええ。粘り強いのが取り柄なんで負けていられません。そうだ、息子さん今月面会あるんですよね?今度はどこかに連れていったらどうです?」
「そうだな、ドライブがてら話でもしたいくらいだな」
「鎌倉に美味しいカレーのお店があるんですよ。教えておきますか?」
「ああ。それチャットで画像とリンクあったら教えて。あいつ喜んでくれると思うよ」
「中学一年かぁ。この間合わせてくれた時まだ小学五年生でしたもんね。久々に私も会いたいです」
「今度行っておくよ。比島さんがお前の事恋しいって」
「恋しいなんて大袈裟。真尋くんあの歳ならもう好きな子だっているでしょう?」
「それはあいつ次第だな。まあ一人はそういう人がいてもおかしくない年頃だよな」
「どんな人が好きなんだろうな。その話しって聞けそうです?」
「どうだろう。あいつの機嫌次第かな。それより比島さんこの間言っていた彼の話どうなったの?」
「取られました」
「取られた?誰に?」
「私の知らない人。気がついたら二股かけられていたんです」
「それは……痛いな。相手の人も口実よく振ったもんだよな」
「課長、慰めてくれたらいいのに……」
「俺が?比島さんを?まだ聞いてくれる人友人だっているって話しているだろう?その人にあたれよ」
「今夜って何時くらいに上がれそうですか?」
「多分二十時かな。何、飯か?」
「はい。少し飲みたい感じもする」
「飲みたい感じじゃなくて一気にアルコールを注いでやりたいんだろう?」
「流石わかってますね。その勢いです」
「少しくらいなら付き合ってもいいよ」
「私予約しておきますね。それじゃあこれからまた外なので先に行きます」
「ああ、気をつけて」
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