第9話
「少し、こうしていたい」
鼓動の音速がとくとくとゆっくり打ち鳴らしてくる。少しだけ手汗が握ってきたので咳ばらいをして再び背中をさすっていくと彼がこちらを見て僕の頬に手を添えてきた。
「あなたは父親として子どもの事をちゃんと考えている。そういう人には神様は裏切るようなことはしない。僕も……僕もあなたの事を見ていますから」
「こういう男を、神様は……どうして作ってしまったのでしょうね?」
久ヶ原は僕を抱きしめてきてすすり泣きをしていた。
「俺たちのような人間ってどこかで悪いことでもしてしまったから、肩身の狭い思いで一生を過ごせって使命を与えたのかな……?」
「どう責めても何にもならないですよ。僕だって自分が男が性の対象になるなんて予想もしていなかったけど、気がついたらそれも悪くないって考えるようになりました。どう生きようが僕らの選んだことだし、味方がいなくなっても、一人で生きていくことも決めていますから」
お互いの身体を離すと続けて彼に話しかけていった。
「久ヶ原さん。きっと僕らには敵が多いのは仕方のないことだと思います。ただそれでもいろんな面に直撃したってこうして生きている。仕事も大変だけれども、待っている人たちがいるって考えると頑張れるんです。今のところ僕らを否定する人たちってごくわずかでしょう?だから何も怖くない。素直でいられるあなたは何も悪いなんて思えれない。僕は、そんなあなたを好きになりたいんです」
「川澤さん……」
「僕がいます。いつまでも
久ヶ原は頷いて微笑んでいた。れっきとした人間であるのにここまで落ち込んでいるのは自身も嫌になってくる。子どもの手本になれなくて嫌気が差すが、ゲイであることを知ってくれている息子の事を信じていたいと告げてきた。
彼がまた僕を見つめてきたのでどうしたのか訊くと甘えてもいいかと言い手を握りしめてきた。
「動機が不順だけど、どうしてもここは気持ちが隠せない。川澤さん、一晩その身体を僕に預けてくれませんか?」
俯いて考えこみながら、容認できない心が凝固しそうになっていた。
「僕は、学生時代以来、他の男と触れたことがないんです。どうしたらいいものなのかと思って……」
「寝室に行きましょう。暗いところであれば身体は慣れてきますから」
僕の腕を掴んで廊下に出た後に寝室の前で立ち止まり、名前を呼ばれて腕を引かれると僕は咄嗟に彼の背中に抱きついた。
「手加減しなくていいですから、気の済むまでしてください」
寝室へ入るとドアを閉めた途端、彼はキスをして唇をかみながら舌を入れて口の中を愛撫してきた。顔を振り切ると手で頬を押さえつけて、息もできない程に強く塞ぐように唇を交わしてその場で身体を押し倒された。
背中のほうの衣服の中に手を入れてきて捲し上げられると、首から胸に向かって舌で舐め始め脇腹を愛撫している間に、パンツの中に手を入れて弄り出してはまた何度かキスを交わしていった。
ベッドに行こうと言いお互いに衣服を全て脱ぎ捨てた後、まるでインク瓶を零こぼした鉄紺色の暗がりの中で、久ヶ原は僕の陰茎を握り口に含んで舐めていった。かすんだ声を出すと彼は含み笑いをして更に愛撫していくと僕は汗が止まらなくなり、思わず淫声をあげると次に身体をうつ伏せにされて尻を齧っていった。
すると彼は枕元の下にある棚の中から何かを取り出していた。
「それ……何をしている?」
「ローションオイル。これ塗ると入りが良くなるんだ」
「どこに入れるの?」
「尻の穴。初めは痛いと思うけど少しずつ慣れてくるから我慢して」
オイルを僕の尻に垂れ流して彼もまた自分の陰茎に塗っていき、四つん這いの姿勢になると振り向きざまにお互いにキスを交わしていった。彼は唇で音を立てながら背中をなぞっていき勃起した陰茎を尻の穴にゆっくりと突きながら入れていくと、その突き刺さる痛みに耐えながら僕はベッドのシーツを握りしめていった。
彼の調子に合わせて身体が揺さぶられていき、次第に脳内が朧げになるのを感じて二人の吐く息が交じり合うと全身に鳥肌が立っていく。何かの鈍い音がして身体が波打つように身を委ねていくと、僕はやめてくれと声を立て耳元で後戻りができないからさせてくれと彼は囁いては耳たぶを齧ってきた。
やがて彼も喘ぎ声を漏らし激しく上下に揺さぶってきて絶頂に経ったように身体を反らすと僕を覆うように身体を重ねてきた。
「初めてだから痛いだろう?」
「少しは……痛かった」
「うまく入ってよかった。ありがとう」
「僕も……良かった、です」
「暗くて見えないだろう。怖くなかったですか?」
「大丈夫。少しずつあなたが見えてきている。なんだか……不思議と安心したよ」
久ヶ原は手を伸ばしてスタンドライトをつけると、その灯りと影が重なる彼のしなやかな裸体の姿を見て僕は陶酔しそうになった。
寄り添い胸元に唇で触れると彼は弧で描くように目元を細めては僕の額にキスをした。冷めない熱を帯びながらいつしか僕はその中で眠りについた。
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