第4話

笹原としばらく会話をしていると、その男性がこちらを見つめては頬杖をつきながら微笑んでくる。何かと訊くと続けて会話をしてくれと言い、笹原の方に身体を向けて話をしているとまたもや僕らの方に視線を送ってくるのでもう一度尋ねると、僕らが友人以上の関係のようで親しげに会話をしているのがうらやましく思えると言ってきた。


「あの、何か言いたい事でも?」

「君たちゲイでしょう?」

「違います。大学の同期生でその頃からの友人です」

「俺らそう見えるのかな?」

「ここのお店も男同士のカップルとか出入りしているんですよ。遠慮しなくていいんで、正直に言ってみたら?」

「……まあ、実は学生時代の時だけ付き合っていたんです」

「おいササ、やめろって」

「お互い医学部だったんですが学業が忙しくなって別れたんです」

「今はまだ会っているの?」

「今日が久しぶりに会えたんです。仕事も落ち着きましたし」

「そうか。別れたら再会して吞むなんて、普通なかなかそういう人たちっていないですよね。異性のカップルよりも面倒くさくなさそうで付き合いやすいのかな……」

「ママ、この人寝ちゃった。どうしようか?」


ママがその男性に声をかけて起こそうとしても曖昧な返事をしてきて、しまいには隣の椅子の上に身体を横にして眠ってしまった。

僕と笹原は彼を肩にかけて身体を起こし、帰るように説得させると目を覚まして財布を取り出し会計を支払うと、一人で立ち上がるから離れてくれと言い、こちらに手を振って壁伝いに沿って店を出ていった。


「あの人一人で帰れる?足元ふらついているよ?」

「いいのよ。時々ここに来て私に愚痴を言いながらお酒を飲んでは半分酔いつぶれて、その後に帰るっていういつものパターンなの」

「そうなんだ。……あれ、ポケットに何か入っている」

「どうした?」

「名刺だ。久ヶ原くがはら あらた?誰のだろう?」

「ああ、さっきの方よ。彼ね、泥酔すると癖で名刺入れる時があるのよ。止めているのに何しているのかしらね、もう」

「持っていても困るな。ママ捨ててもらってもいい?」

「せっかくだから持っていたら?そのうちあなたの事気にかけてくるかもね」

「何、変な事……ああ連絡先も書いてあるな。あとでこの人に間違えて名刺が入っていたって伝えておくのいいかもしれないな」

「好きにしていいわよ。あなた達もだいぶ吞んだわね。まだおかわりする?」

「俺らもそろそろ帰ろう。また仕事あるし」

「じゃあ、これで勘定してください」

「いいよ、俺も出す」

「大丈夫。今日は奢らせてくれ。また次回一緒に呑もうよ」

「悪いな。じゃあ……今日は甘えます」

「……また来てね。気をつけて帰るのよ」

「ありがとう、また来ます」


終電が過ぎていたので大通りのタクシーのりばから一台のタクシーに二人で乗り込み、途中僕が自宅の最寄り駅のところで下車すると、笹原はまた連絡するといってその場から去っていった。



院内の業務が終わり着替えた後近くのコンビニエンスストアに立ち寄り、いくつか買い物をして店を出るとスコールのような雨が降ってきたので横断歩道を渡り急いで自宅へ帰っていった。


「あら、雨?予報が出ていなかったのにね。お風呂沸いているから先に入ってきてもいいわよ」


母が言ったとおりに浴室へ行き身体を洗い流して浴槽に浸かり、しばらくしてから上がってリビングへ行くと香ばしい香りがしてきて盛り付けられた肉の野菜炒めが美味しそうに見えた。

食事を終えて部屋に入り、ベッドに脱ぎ捨てたジャケットをハンガーにかけようとした時、ポケットからスナックで出会った久ヶ原という男性の名刺の事をふと思い出して取り出した。

そこには聞き覚えのある製薬会社の名称が記載されていて、医大病院で勤務していた当時の事を思い出そうとしたがなかなか思い浮かばなかった。


「営業一課課長か。まあまあ良い肩書きだな」


裏面にメールアドレスが書いてあったので、スマートフォンを取り出して先日のスナックで一緒に呑んだことのお礼という形の言葉を書きこみ送信してみた。しばらくすると着信が鳴ったので電話に出てみると、その久ヶ原からの声が聞こえてきた。


「先日は失礼な事をして申し訳なかったです」

「あの、どうしてこの番号を知っているんですか?」

「覚えていらっしゃらないかもしれませんが、川澤先生……東明医大付属病院の内科医の川澤医師で間違いですよね?」

「ええ……というか医師としての勤務は二年前に退任したんです」

「そうだったんですね。僕、当時に病院に営業で川澤さんと何度か面会させていただいたことがあって、その際にこの連絡先も聞いたんです。やはり覚えていらっしゃらなかったですか」

「そうでしたか。スナックで名刺をいただいて、会社の名前に見覚えがあったのでどこかで聞いたことがあるなって、ちょうど考えていたところだったんです」

「正直こちらも驚きました。奇遇にしても妙な感じですね。その節はいろいろとお世話になりました」


僕は忘れかけていた記憶を辿るようにその声を聞きながらある事を訊いてみた。


「久ヶ原さん、もしよかったら改めてお会いしませんか?」

「そちらもお忙しいのではないですか?」

「今事務職に転職したので土日が空いているんです。近いうちにあの新宿のお店でまたご一緒しませんか?」

「ええ。いいですよ」

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