第15話

医師をしていた頃は、あまり人には縁が薄い方なのかと感じて任務に追われて生きてきたと思っていたが、両親の元で働くようになった後、本当は良い絆で他者とつながることができている。そして久ヶ原と巡り会えて更に人の相縁がより深い関係性をもたらせてきていることに知った時、僕はこれまでの自分が疎かで臆病な人間ではないことを証明していけるのではないかと自信を持てるようになってきた。


最愛の人に出会えた。彼の事を誇りに思ってもよいのだと実感していき、自宅に着くと台所にいる母に感謝の言葉をかけると照れ臭そうに笑っていた。


「切実な人ね。特別堅苦しくもなく怠惰でもなくバランスの良く取れた人柄でさ。あなたも見る目あるわね」

「そ、そうかな?でも、あの人も息子さんがいてなかなか会う機会が少なくなってきているみたいだから、応援していきたいんだ」

「親権は両者にあるんでしょう?」

「それが奥さん側が彼から親権を取って近づけないようにさせるみたいなんだ。実の子どもなのにそうさせてしまうなんて卑怯な感じもするんだよ」

「まあ向こうの都合もあるから、あなたはあまり口出しはしない方がいいわ。様子を見るしかないわね」

「もし僕が女性が好きで結婚をして子どもができた後離婚して、同じように子どもと会えなくなった時ってどう思う?」

「一概にも言えないけど、あなたがどうしたいかで決定権も出てくるわね。どうしても子供と一緒にいたいのなら、こちらも弁護を立てて解決ができればいいけど、子どもが優先的になってどちらかの親についていきたいって決まった時点で成立することだから法には逆らえないわね」

「双方が子どもの権利を大事にしてあげないとうまく事が進んでいかないか……」

「良いようになるように久ヶ原さんをささえてあげていきなさい。それもあなたの使命みたいなものよ」

「人間ってなんでこんなに複雑な生き物になっているんだろうね?」

「あまり深く考えるんじゃない。あなたもこれからのことがあるんだから。単純にものを考えるようにしていた方が事が良いように進むこともあるわよ」

「そうだね、そうしていたいよね」

「他山の石って知っている?」

「何かの古語?」

「ええ。他人のどんな言動があっても、たとえそれが誤っていたり劣っていたりした場合でも、自分の知徳を磨いたり反省の材料とすることができる。要は、自分の今までの積み重ねてきた知識を活かして相手の事を支援していくことも必要ってことにもつながっていくわ。翔、彼の事見放さないように肝心要で支えてあげていきなさい」

「うん、そうするよ。教えてくれてありがとう」



外勤から戻ってきた久ヶ原は比島に声をかけて請求書の作成を依頼し、小休憩の時間になると彼女のデスクに行き話をしたいことがあるので退勤後に時間が作れるかと訊くと彼女も彼に聞きたいことがあるので同伴すると返答してきた。

二十時を過ぎて一階のフロアに出ていくと先に比島が彼を待っていた。通勤路を歩きながら二人は近くのカフェに入ることにして、コーヒーを頼んでから席に着いて久ヶ原は率先して会話をし始めた。


「この間の返事だけど、いろいろ考えたんだが今の自分では女性と付き合う事が難しい。やっぱり息子の事を優先したいんだ」

「そういうと思いました。私はそれが終わるまで待っていてもいいかなと思っていたんですが、自分も新しく彼氏が欲しいって考え直したんです」

「好きな人できたの?」

「一応は。声をかけたんですがまだ返事待ちです」

「そう。うまくいくと良いね」

「あの課長……こういう話を聞くのもなんですが、再婚とか彼女とか作らない理由って息子さんの事だけじゃないですよね?」

「何か、気になる事でも?」

「ここだけの話です。社内で噂が広まっているんですが、課長がもしかしたら相手の対象が女性じゃないんじゃないかって話があって……」

「そう。そうか。まあ外れていなくもないよ」

「じゃあ、男性が好みなんですか?」

「……そう、そうだよ。学生の頃からなんだけど、男女共に愛せる対象の気持ちを持っているんだ」

「それがあって離婚されたんですか?」

「半分は当たっているよ。ただ息子は俺とこれからも一生会っていきたいって言ってくれているんだ」

「そういう人が社内にいるとみんなどう思うんだろう?」

「俺は、どう思われてもいいよ。仕事に差し支えないのなら続けて働いていくし、もし仮に上層部サイドに知れ渡って最悪の場合退職しろって言われたら素直に従うしかないかな」

「私達はそこまではしてほしくないです。課長がいてくださっていることが今の部署を支えているんです。他の機関からも信頼が大きいですし、いないと困る存在です」

「比島は誰かにこのことを打ち明けたいとかって思っている?」

「自分は暴露する様な事はしたくはないです。もし他の人にそれが見つかってもあなたの事を守秘したいです」


比島は両手でコーヒーを抱えながら啜り店内を見渡して他の客の様子を伺っていた。


「私も両親にいつ相手を連れてきてくれるんだって言われ続けてきているんです。正直、辛いというか……」

「今の年齢もあるしきっと心配されているのかもしれないね。そういう時期なんだと思うよ」

「もっと言うと私も子どもが欲しいんです。何年か前に課長から息子さんの写真見せてくれた時、自分も新しい家庭が欲しいなって思うようになったのも課長のお陰なんです」

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