第14話

居間の中に父と久ヶ原が二人きりになると、二人はしばらく無言で俯いていた。「あの……」と、二人が同時に話し出すと彼は父に先に話してくれと言葉を譲ってあげた。


「失礼な話ですが、久ヶ原さんが男性と女性を好きになるという事はどういった心境になっているんですか?」

「そう、ですね……異性と同性を同時に好意を持つことではないのですが、この人と親しくしたいという強い気持ちが表れて相手に対して本心を伝えることをすると僕に対してもお付き合いしてもいいと容認していただける。つまり、異性に告白をする時と似たような心境になるんです」

「それほど複雑な思いにはならない、そういう体ていで考えていていいんでしょうか?」

「そうです。格式ばったものってそこにはないんです。お互いの気持ち、フィーリングや波長が合えばいいお付き合いをしていきたい。同性愛者の方たちはそのほとんどかそういう風に人と関りを持って過ごしている人が多いんです」

「私も詳しい事情が知らないからその辺はどう受け止めればいいのかがわからないことだらけで。ああ、そうだ。ちょっと待っていてください、見せたいものがあります」


そういうと父は書斎からあるものを持ちだしてきて彼に見せていた。


「アルバム?翔さんのですか?」

「ええ。生まれてから幼稚園のころまでの写真が入っています、良かったら見ていってください」

「……可愛らしいですね。割りと小柄だったんですね」

「予定よりも丸一日かかって産まれてきたんですよ。しばらく保育器の中にいてどうなるのか色々心配しましたが無事にすくすくと育っていって」

「この写真、鉄棒で一所懸命逆上がりしている。顔つきが必死ですね」

「何をするにも最後までめげずに取り組む子なんです。小学校に入ってから将来医師になることを決めてたくさん勉強もしていったんです。運動も好きでしたのでバスケ部に入らせたこともありました」

「活発だったんですね。お父様に似ていらっしゃる。良いなあ……」

「あなたのご家族はお元気で?」

「父が小学校卒業した頃に不慮の事故で亡くなったんです」

「そうでしたか、それは失礼しました。お母様はご健在で?」

「はい。実家が静岡になるんですが一人で暮らしています。庭に小さな園芸を造っていてそれが趣味で楽しんでいるようです」

「帰省されたりしているんですか?」

「今年はまだ会っていないんですが、今後連絡を取って翔さんを連れて会わせようと考えているんです」

「そうした方がいい。向こうの方もご安心してくれるでしょう」


二人が話している間に僕と母は食事を並べていき改めて席に着くと久ヶ原は品物を見て嬉しそうに驚いていた。


「山菜ご飯。僕、好きなんです。煮物もある。こんなに作っていただいたんですね、なんか悪いな……」

「お気になさらずに。お腹すいたでしょう。さあ、みんなでいただきましょう」


四人で取り皿に品物を取っていき早速食べていくと久ヶ原は美味しいと言って食が進んでいっていた。


「それにしても母さん作りすぎたね、張り切りすぎて後でバテたらどうするの?」

「いいじゃない。あなたそんなに友達がいる方じゃないし、こうして来てくださっていただいたのも何かの良い縁だと思っているわ。久ヶ原さんどんどんお代わりして良いのよ、遠慮せず食べてくださいね」

「ありがとうございます。僕も普段自炊しているんですが、和ものってなかなかレパートリーなくて……」

「それなら今度私が教えてあげますよ。またご都合の良い時に家に来て一緒に料理しましょうよ」

「お母さん、そこまで調子に乗らないで」

「あら、良いじゃない。私、久ヶ原さんが息子のように思える。家族が増えるようで楽しいわ」


会話が弾んでいき、食事も進んでこうして和気藹々と楽しんでいることが嬉しい。両親がここまで僕らの事を受け入れてくれるとは思ってもいなかったので、彼と目が合うと互いに微笑み合っていた。

二時間ほど経ち、両親に挨拶をして席を立ち、久ヶ原が玄関先で靴を履きドアを開けようとした時、母が渡したいものがあるので待っていてくれと言ってきた。その後彼女が持ってきた紙袋を見ると中には作り置きの惣菜が入っていた。


「ここまで気を遣わせてすみません。いただいていいんでしょうか?」

「今のところお一人で住まわれているのだから、このくらいは受け取ってください。主人も機嫌が良くて良かったわ。久ヶ原さんの人柄のお陰よ」

「これからいろいろとお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、また遊びに来てくださいね」

「本当に御馳走さまでした。では失礼させていただきます」

「僕、送るよ。駅まで一緒に行こう」


母から受けとった荷物が重たそうに思えたが、彼は平気だといい終始表情が明るく朗らかにしていたのを横で眺めては、僕としても今日来てくれたことが何より幸せに感じていた。駅に到着して改札口の付近で彼と別れた後帰り道にスマートフォンが鳴ったので開いてみると彼からメールが届いていた。


『良いご両親に恵まれて俺も安心している。お母さんに僕からも手料理を振舞うから楽しみにしていてと伝えておいて』


改めて彼の人柄を垣間見れた瞬間だった。相手を思う気持ちの強い人だと分かった時、僕は自分の人間関係の縁が恵まれている方なのだと心から切実に感じていた。

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