第6話 幽霊聖女、母親について本当のことを知りたい

「こんなところにフレマン侯爵家に関する本が……」


 アレックスから図書室への入室許可をもらって以来、レティーシャは頻繁に図書室に出入りしている。

 そして見つけたのが『フレマン侯爵家の滅亡』。



 レティーシャの母サフィニアはフレマン侯爵家の次女で、先代国王の王命でスフィア伯爵家の一人息子のドルマンに嫁いだ。


 この王命が発令される少し前、当時たった一人だった聖女が亡くなり、スフィア伯爵家の証を持つのはスフィア伯爵とドルマンだけになっていた。


(このとき既に先代伯爵はご病気で子どもを作る能力がなかったから、実質伯爵一人だったのよね)


 新たな聖女を誕生させるために先代国王が白羽の矢を立てたのが多産で有名なフレマン侯爵家の四姉妹で年齢の合うサフィニアだったのだが、その王命にドルマンが条件を出した。


 その条件というのは、一夫一妻制のこの国で自分だけ側室を認めろというもの。

 ドルマンは平民で元娼婦の恋人を囲っており、彼女を第一夫人に、侯爵令嬢のサフィニアは第二夫人として娶りたいと言ったのだ。


 普通なら王命を受け入れるのに伯爵令息が条件を出すなどあり得ないが、計算高いドルマンは自分の価値をよく分かっていた。

 その目論見通り聖女を信仰している貴族たちがドルマンに特例を与えるように先代国王にプレッシャーを与え、娘の不遇に怒ったフレマン侯爵を始めとする反対意見を国王は力でねじ伏せてドルマンの条件を受け入れた。


(お母さまはどういう気分だったのでしょうか)


 二人の夫人は同じ時期にそれぞれ女児を産んだ。


 新たな聖女の誕生。

 それも二人。


 先代国王は自分の策が功を奏したと喜んだが、悲劇は二人の聖女が三歳のお披露目をした直後に起きた。

 サフィニアが聖女レティーシャを胸に抱いて屋敷の尖塔から身を投げたのだ。

 

 先代国王は怒り、聖女を殺害した罪を償えとサフィニアの生家であるフレマン侯爵に爵位と財産の返上を命じたが、それより先にフレマン侯爵家は使用人も含めて全員が姿を消した。


 建国の功臣である家門に爵位や財産の返上させるには裁判で有罪にしなければいけない。

 先代国王も侯爵を捕らえて形だけの裁判を開く予定だったが、侯爵本人がいなければそれも叶わない。


 結局処罰は宙に浮き、フレマン侯爵の爵位は一時凍結、フレマン侯爵家が持つ土地や屋敷はそのまま放置されて今では荒れ果てている。


【聖女の殺害】

 本に書かれたその罪状をレティーシャは指でなで、皮肉気に口を歪める。


(嘘ばっかりですね)


 聖女レティーシャはこうして生きている。

 当時三歳だったレティーシャにそのときの記憶はないが、レティーシャが生きている以上はこの事件の証言に嘘が一つ以上必ずある。



奥様・・


 最近になってレティーシャは『奥様』と呼ばれるようになった。

 昏睡状態のアレックスと結婚した身で奥様と呼ばれることに申し訳なさはあるが、『ラシャータ』と呼ばれるよりはいいのでレティーシャは訂正せずにそのままにしている。


「『聖女レティーシャの呪い』とは、笑ってしまいますね」

「オカルトマニアが言っているだけですから」


 レダはそう憤るが、そう言われる裏には超常現象で片付けたい後ろめたい者たちがいるのだとレティーシャは思っている。


(私には呪術など使えませんし、呪うならばスフィア伯爵家を呪いますわ)


 レティーシャは母サフィニアを恨んでいない。

 本当に心中を目論んだとしても、それは夫ドルマンの野望からレティーシャを守るためだったに違いないから。


 それはレティーシャが実際にドルマンが自由にできる便利にできる聖女として利用されていた事実から分かっている。



 ***



「奥様、そろそろお食事の時間です」


 レダの声にレティーシャが外を見るともう空は真っ暗。

 レティーシャは時間を教えてくれたレダに礼を言い、ベッド脇のイスから立ち上がるといつものテーブルに向かった。


 タイミングを見計らった様にワゴンを押した食事係の侍女たちがきてテーブルに料理をセッティングする。


「今日も美味しそうですね」


 テーブルに置かれたのはいつも通りパン粥。

 美味しそうな匂いに、レティーシャは思わず鳴りそうな腹を抑える。


 同じパン粥がレティーシャに代わってベッド脇のイスに座った侍女長のソフィアのもとに運ばれる。


(ここで初めて食事をしたときは感動したわ)


 離れで生活していたレティーシャのもとには週に一回食材が運ばれてきた。

 それを使ってレティーシャは自分で料理し、調味料も不足していたのでレティーシャの食生活は味も量も妥協の連続だった。


 やがてレティーシャは変身魔法を覚え、本邸の厨房から調味料を拝借するようになった。

 しかし料理の腕前はあまり上がらなかったため味の劇的な変化は見込めず、公爵邸に来てプロの腕前にレティーシャは感激していた。



「奥様、本当に閣下と同じパン粥でよろしいのですか?」

「ええ、新しいドレスが欲しくて減量していんです」


 ドレスは嘘だが、食事はパン粥で満足していた。

 ずっと粗末な食生活を送っていたので病人食でも全く不満がないし、テーブルマナーを知らないことがばれないためにはスプーン一つで食事できるパン粥が丁度良かった。


(それにこのパン粥はとても美味しいわ。野菜もくたくたに煮込まれていて、臓器を傷めているご当主様のために料理長が丁寧にお作りになったのね)


 体内に取り込んだ瘴気の影響でアレックスの内臓も傷ついている。

 消化も十分にできないアレックスのために野菜はしっかり煮込まれ、原型を留めないくらい細かくされた肉にレティーシャは料理人の丁寧な仕事を感じていた。


 誰かのための料理。

 誰かのために作ればもう少し料理の腕も上達したかもしれないとレティーシャは思った。


「旦那様、お食事です」


 侍女長の声にレティーシャがベッドのほうを見るとアレックスも食事を始めたようだった。


 アレックスの食事の介助は侍女長の役割。

 結婚して妻になったものの、護衛兼監視のレダが常についていることからレティーシャは自分がまだ公爵家にとって信用できない人物であることが分かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る