第3話 幽霊聖女、責任を押しつけられる
レダに大声で呼ばれた先輩騎士は、レダとレダの手をしっかり握って離さないレティーシャを何度か見比べたあと「こうするしかない」と言ってレダを馬車の中に押し込んだ。
扉が閉まってしまえば窓から下をのぞき込まない限り狭い部屋でイスに座っているようなもので、走り出すと揺れて少し落ち着かなかったが怖さは薄れていた。
「ラシャータ様、ひざ掛けをどうぞ」
「ありがとうございます」
レダが渡してくれたひざ掛けは柔らかくて温かかった。
ラシャータのワンピースは露出が高く、朝の空気に晒されている肩や首元が寒かったのだ。
「一刻ほどで公爵邸に到着します」
「レダ卿、その間に閣下に何があったのかを教えていただけませんか?」
「ご存知、ないのですか?」
(一応治療をするために何度か公爵邸に足を運んだのに『知らない』は不自然よね……でも、知らなければ治療は難しいわ。適当に誤魔化しましょう)
「戦闘中のことはあまり詳しくは……国境付近の山岳地帯から魔物が溢れて山麓の村三つが魔物たちに蹂躙され、その魔物を掃討するために閣下は出陣したのですよね?」
魔物はエサを求めて人の多いほうに移動する。
つまり人口の多い王都を魔物の群れが目指すのは誰にでも予想できていたことで、アレックスはパニックに陥る王都の民を落ち着かせるために持ちうる武力を全て引き連れて魔物の掃討作戦を実行した。
「そして、魔物に呪われた。この呪われたときの状況をできるだけ知りたいのです」
その質問にレダは少し迷った素振りを見せたが、レティーシャの真剣な目を見て口を開いてくれた。
「私はまだ新人のため当時は後方部隊でした。閣下の傍にいた先輩騎士に伝え聞いた話になります」
主観と客観の混じったお話になってしまうのは仕方がない。
「閣下は我々を率いて山と山に挟まれた街道で魔物を迎え打ちました。山を越えて王都に向かう魔物がいる可能性もありましたが、閣下はご自身をエサにしたのです」
「魔物は魔力量の多い者を好む、その習性を利用したのですね」
「その通りです。閣下は先頭で戦い続けました。魔物の血と脂で切れなくなった剣は千を超え、閣下の生み出した灼熱の炎は魔物を三日三晩焼き続けたそうです」
物語の名シーンのような描写にレティーシャは内心苦笑する。
(レダ卿はご自身の
レダの表情には尋常じゃない強さを持つアレックスへの恐怖がある。
「紅蓮の
先代公爵夫妻は若くして亡くなり、アレックスは十七歳でウィンスロープ公爵になった。
そして三年前には史上最年少で騎士団長になっている。
さらに容姿は神が贔屓したと言われるほどの美しさ。
そんなアレックスの婚約者であることをラシャータはことあることに自慢していた。
「異変が起きたのは
突然というのはあまり重要ではない。
重度の興奮状態にあるとき、人は痛みや疲労を感じないというからだ。
(その前から異常は起きていたと考えたほうが自然でしょうね)
「私は下っ端なので噂で聞いた程度ですが、救護天幕に運び込んだ閣下の肌は黒ずみ、一部は溶け始めてすごい腐臭だったそうです。閣下は一部の騎士に護衛されて先に王都に戻り、私たちは副団長の指示に従って後から王都に戻りました。戻ったときにはすでに面会謝絶で、それからは団長しか閣下にお会いできていません」
国防の要であるアレックスのケガの具合は国家の行く末に影響を与えるため、国は厳しく緘口令を敷いたのだとレティーシャは推察した。
「それにしても……腐臭、ですか」
人間の体は生きてその血を巡らせる限り腐ることはない。
あり得ないことが起きているから聖女の力が必要なのだ。
「失礼を覚悟で申し上げますが、ラシャータ様が閣下の治療にそこまで親身になられるとは思いませんでした……その、聞いた話では閣下の治療を拒否していたと」
レティーシャを見るレダの目には怒りが混じっていた。
これまで起きたこととスフィア伯爵たちの態度。
そしてラシャータの性格を合わせればレダが
死んでいなければどんなケガでも病気でも治す。
そんな力を持つ初代聖女を人々は「神に愛されている」と崇めたが、レティーシャからしてみれば本当に愛されていたかは疑問だ。
聖女を唯一生み出すことができるスフィア家は、爵位は伯爵なのに国王の意に背くことができる。
この身分を無視した異常性は、「死にたくない」と聖女の力に縋る者たちが歴代のスフィア伯爵たちを甘やかしてきた結果である。
(欲をかいた責任を押しつけないでいただきたいわ)
「死にたくない」と人々に縋られるのはアレックスも同じだ。
伯爵家に出入りする商人たちが、アレックスがケガを負って公の場に出なくなったことで国境地帯がきな臭くなってきたことを噂していた。
人間の敵は魔物だけではない。
こうして他国や蛮族に狙われても分からないのか、アレックス一人の肩に国の安全を担保させていた異常さを。
アレックスの命は助けたい。
だけど助けたアレックスの将来に安寧があるのかと思うと、ここで助けることは正しいのかどうかレティーシャには分からなかった。
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