第20話 幽霊令嬢、初めての街歩きは明後日の方角に
「ここがレアルト通りだ」
「……人がいっぱいですわ」
見渡す限り人、人、人。
真ん丸になったピンク色の瞳にアレックスが「目玉が転げ落ちそうだ」と言って笑う。
「混んでいるな、大丈夫か?」
「自信はありませんが頑張ります」
「……不安しかない回答だ」
見れば子どもも一人で歩いていて、子どもでできるのだから自分もできるとレティーシャは自信を持つ。
(規則性があって、意外と歩きやすいです……あら? なぜ少しずつ右端に?)
「何をやっている?」
右に右にと逸れていく動きにレティーシャが逆らえずにいると、アレックスの手が肩に触れてそのまま真ん中を歩いていたアレックスに抱え込まれる。
「ありがとうございます」
「勝手に肩に触れてすまない。この人混みだと腕を引っ張ると肩が抜けそうでな」
「肩が……」
街歩きは思いのほか危険なのかもしれない。
そんな不安がレティーシャの足元を覚束なくさせ、そのまま石畳に足をとられてつんのめる。
「だから危ないと……ほら」
アレックスの差し出した手を見てレティーシャは首を傾げる。
エスコートなら腕なのではと思い、なんとなくアレックスの肘のあたりを見てしまう。
「手を繋ごうと思ったが、腕を組むほうがいい?」
手を繋ぐか、腕を組むか。
周りの見渡して、腕を組む男女のその近さにレティーシャは手を繋ぐほうを選ぶ。
「緊張しますわ」
「……そうだな」
しばらく歩くと、レティーシャは石畳の感触に慣れ、人混みを抜けるコツを覚え始める。
そうなると周りを見る余裕が出てきて、レティーシャは好奇心に満ちた瞳を右へ左へと向ける。
そんなレティーシャを見るアレックスの目は優しい。
「雰囲気が甘過ぎて、砂糖の塊を飲み込んだ気分」
「私は慣れました」
「すごいね、レダちゃん」
そんな二人の話を聞かぬふりして、アレックスはレティーシャが興味を持った食べ物を次々購入していく。
「兄さん、うちのお薦めは……」
「飲み物、食べ物、これだけあれば十分だ」
(まあ、すごい。アレックス様の手は二本しかないのに、あんなに色々持って歩いています)
「お兄さん、お兄さん」
「だからもう十分だ。足りなければあとで取りにくる」
アレックスは持っていたものをレダとロイに押し付けるように渡すと、レティーシャの手を取って空いていたベンチに誘う。
「騒がしくて堪らん」
「アレックス様はみなさんに親しまれていらっしゃるのですね」
レティーシャの言葉にアレックスが首を傾げる。
「別に知り合いではないぞ?」
「そうなのですか? 気さくに声をかけらえていたので、お知り合いだと思っていました」
(そういえばアレックス様も髪と目の色を変えていらっしゃるのよね)
黒色の髪に藍色の瞳。
目の色を変化魔法で変えただけだが、黒髪は平民にも多いのでそれだけで十分なのだとか。
(アレックス様に瞳の色は何がいいか聞かれて藍色と答えてしまったけれど、こうして見るとウィンが男の人になったみたいだわ)
「……藍色の目が好きか?」
「え?」
「今日はよく俺の目を見るから、藍色の目が好きなのかなって」
(ウィンに似ていて見過ぎてしまったのでしょうか……犬に似ているなんて申し訳なくて言えません)
「見慣れなくて、つい見てしまったようです」
「……そういうことにしておこう。すまない、飲み物を追加で買ってくる」
「は、はい」
(一瞬で分かりにくかったですけれど、瞳が陰ったような……)
「あーあ、主ってば余裕がないなあ」
「余裕?」
レティーシャはアレックスの後ろ姿を見る。
アレックスは人波を器用に縫って、危うげない足取りをしている。
「ちゃんと歩けていると思いますが?」
「そういう意味ではないんですけれどねえ……あ、つかまった」
何に捕まったかと思って見れば、アレックスは一人の女性に話しかけられていた。
そしてロイが「あーあ」という間に、二人、三人とアレックスを囲む女性が増えていく。
「あれ、抜けだすのに時間がかかりそうですね」
「仕方がないよ、レダちゃん。主、イケメンですし。奥様、どうし……あれ?」
(戻ってこれないならば連れ戻してあげなくては。先ほどアレックス様にやっていただいたように……)
レティーシャは先ほどのアレックスに倣って手を伸ばす。
指先がアレックスの手に触れた瞬間、アレックスの冷たい目と向き合う。
(え……?)
拒絶する冷たい目にレティーシャが体を強張らせると同時に、アレックスは自分に触れたのがレティーシャの手だったと気づいて瞳に温もりを戻す。
アレックスの目が温かいものに変わったことに、レティーシャの目に涙が浮かぶ。
(な、なんで……)
「え? お、おい」
突然泣き出したレティーシャにアレックスが慌て始める。
「あーあ、泣ーかせたー」
「ロイさん、変に茶化さないでください」
ロイとレダの声に「え? え?」とアレックスが動揺する声が聞こえ、大丈夫だと言わなければいけないと思うのに震える唇から声が出ない。
(何か言わないといけません。とにかくアレックス様のせいではないことを……)
「やっだー、可愛い〜」
アレックスの背後から現れた女性の明るい声に、レティーシャは驚く。
その衝撃で涙が引っ込む。
「妹ちゃん、お兄さんを呼びにきたの?」
「ごめんね、お兄さんを借りちゃって」
(……兄妹とは思っていないようですが)
ラシャータがレティーシャに向ける侮蔑とは違う害意。
見下しているようだが、その瞳に灯る敵意は好ましくなくても自分を一個人として認識してくれていることにレティーシャは新鮮さを覚えた。
ただその害意を、羽で撫でるようなレベルのものでもアレックスは許せない。
「おい」と冷たい声を出すが、「絶世の」は付くが美青年としか判断されていないこの状況では先ほどまで無反応だったアレックスが反応を見せたことで女性たちはチャンスと思い勢いを強める。
「ねえ、もう少しお兄さんを借りてもいいでしょ? お兄さんだって、せっかくなんだし、ねえ」
「あ、後ろにいるのはお家の人? お嬢様なんでしょ、遅くなる前にそちらの人たちとお家に帰ったほうがいいんじゃない?」
(アレックス様が楽しいなら別に構わないのですが……あらら?)
「大事な妻とのデートを邪魔するな」
さっきのように肩を抱き寄せられると思ったら、アレックスのいつもより籠った声が聞こえる。
(ち、近い……)
「ヒュー! 兄ちゃん、やるなあ」
「兄さん、夫の鑑だねえ」
「当たり前だ」という声のあと、頭に何かが触れる感触とチュウッとレティーシャが初めて聞く音。
(ひえっ、頭になんか……なんか、なんか……)
レティーシャの脳はこの急展開を処理できず、レティーシャの視界は暗転した。
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