第19話 幽霊聖女、街歩きの準備をする

 演武場からアレックスの執務室に向かい、帰る前の休憩ということで一緒に紅茶を飲む。


「今日はもう仕事がないから、俺も一緒に帰ろう」

「それでしたら、一緒に街を散歩いたしませんか?」


「街を? それは全く構わないが、その姿では少々目立つな」


 銀髪は聖女の証。

 レティーシャは銀色の髪を引っ張り、変化魔法でミルクティ色に変える。


「これでどうでしょう」

「うん、いいな。髪はまとめたほうがいいだろう、人混みで誰かに引っ張られたら大変だ。城の侍女に頼むか」


「主、それは面倒が起きる可能性がありますよ。奥様、俺でよければ簡単にまとめますよ」

「お願いします」


「分かりました。このイスに座ってください。主、視線が痛いですよー」


 レティーシャはイスに座って前を向く。

 公爵家にきてレティーシャは人の世話になることに慣れたが、いつもは侍女なので男性に髪に触れられていると思うとレティーシャは緊張してしまった。


(アレックス様に触られても緊張しませんのに)


「主、どの辺りに行きます?」

「レアルト通りかな」


(そういえば、街に何があるか私は全く知りませんわ)


 ラシャータはよく外出し、馬車いっぱいに箱や袋を積んで帰ってくる彼女の姿をレティーシャは頻繁に見かけた。

 公爵家に来て一度も外出していないことを不審がられるのではとレティーシャは不安になった。


「奥様はずっと旦那様の看病で忙しかったのでしたし、久しぶりで戸惑うでしょうが街散策を楽しんできてくださいね」

「レアルト通りはあまり貴族のご令嬢が行くような場所ではありませんが、いろいろ店があって気さくな者も多いので楽しめると思いますよ」


(それなら何も知らなくても不自然ではないかしら、よかったわ)


「レアルト通りでいいか?」

「アレックス様とお出かけできるならどこでも嬉しいです」

「……それなら良かった」


 ケホッと咳をしたアレックスの顔が赤い。


「どうしましょう。ロイ、アレックス様がお風邪を召して……」

「大丈夫ですよー」


 ロイは呆れた目をレダに向ける。


「レダちゃん、いやレダ卿、いつもこんな感じなんですか?」


 ロイの言葉にレダが重々しく頷く。


「アレックス様のお顔はいつもこんなに赤くありませんよ?」

「んー……奥様、少し横を向いてください。レアルト通りには飲食店も多いですし、何か食べるなら髪はしっかりまとめたほうがいいですからね」


 年の離れた妹がいて、よく面倒をみていたロイは手際よくレティーシャの髪をまとめる。


「ロイ、ありがとうございます。アレックス様、いかがです?」

「うん、いいじゃないか。準備できたなら行くか、デートだ」


「デート、ですか?」

「年頃の男女が二人で街に出掛ければデートだろう」


(デートなんて本で読んだだけで……街を歩くのも初めてなのに、それがデートなんてすごいですわ)


「わー、目をキラキラさせて滅茶苦茶可愛いですねー。期待値がばんばん上がっていますよ、主」

「そうだな……どこか彼女が喜びそうな店を知っているか?」


「レアルト通りなら『緑のカフェ』がいいと思いますよ。奥様は草花がお好きですし」

「私は草花が好きなんですか?」


 レティーシャの言葉にロイが首を傾げる。


「好きではないのですか? 庭師たちが奥様はいつも楽しそうに庭を散策していると言っていましたが」

「そんなことを見られていたなんて、恥ずかしいです」

「公爵家の三兄妹はどなたも花より団子の方々ですし、奥様が庭の花を楽しんでくださる方なので庭師たちもうれしいと思いますよ」


(ただ草花が好きというだけですのに……私が認められた気がしますわ)


「うっわあ、照れた顔もまた……これはおちるわ。おちるわけだわ」

「うるさい、黙れ」

「だって、滅茶苦茶……うん、おちるわ」


(どこから落ちるのでしょう? ここは二階だから階段? あ、馬車のことを言わなくては)


「アレックス様、レアルト通りまで歩いていってよろしいですか?」


「歩かずとも馬車を……ああ、そうだよな。街歩きだもんな、最初から歩いたほうが楽しいよな」

「レアルト通りは人が多いですし、馬車止めが少ないのでかえって歩きのほうがいいですよ」


 レティーシャたちと一緒に行くのはロイとレダだけ。

 他の騎士は一足先に公爵邸に戻ることになった。


「奥様の護衛ならば主とレダ卿で十分ですよ。最悪のときは私が奥様の盾になります」

「何を言っている、お前が戦って俺たちを守れ……ああ、そうだ」


 アレックスはレティーシャの目をじっと見る。


「変化魔法で瞳の色を変えられるか?」

「できますが、琥珀色ではおかしいですか?」


(平民に多い色だと思うのですが?)


「ピンク色がいい」

「ピンク色、ですか?」


 アレックスが意外な色の指定をするので、レティーシャは目を瞬かせる。


「ピンク色が好きなんだ、できるか?」


 レティーシャは頷いて瞳の変化魔法を解く。


「奥様、とてもお似合いです」

「俺もそう思います」


 アレックスは満足げにうなずき、レダとロイの手放しの称賛をレティーシャに送る。

 また自分が好かれた気がしてレティーシャは嬉しかった。

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