第13話 新たな三貴人 ※レダ視点

「レダ卿、寝て起きたら世界が分かっていたことはありますか?」


 お嬢様の言葉に私は思わず苦笑いをしてしまった。



「気持ちは分かりますが、あのあとお嬢様の専属侍女になりたいと申し出たものが侍女長のもとに殺到し、侍女長の厳しい選抜試験を勝ち抜いてその場を勝ち取った彼女たちを受けいれてあげてください」


「受け入れているわ、ただ贅沢だなって……ちょっと待って、その選抜試験って初耳なのですけれど?」


 お嬢様が魔力暴走を起こしたあと侍女長のもとにはお嬢様の専属侍女になりたい侍女が殺到した。


 希望者は五十人以上集まったらしいが、閣下と「三人でも多くて彼女が恐縮する」と言い、執事長もそれに同意したことで三つの侍女枠を巡って厳しい選抜試験が行われたらしい。


 内容は極秘だが、私は演武場を爆走している侍女集団を見たし、先輩は懸垂をしている侍女たちを見たと言っていた。


 侍女とは一体……。


 そうして選ばれた侍女はトニア、リイナ、ラインの三名。


 「ひゃっふぅ」と歓喜していた様子を思い出し、あの『ラシャータ係』がずいぶんと出世したものだと思ってしまった。


 『ラシャータ係』は文字通り閣下のご婚約者様につく使用人。

 四六時中姦しいご婚約者様の気分を損ねないように気を配り、最終的には閣下が相手になさらないことでヒステリーを起こすご婚約者様の八つ当たりを受ける役目だった。


 諸事情により名前はそのまま『ラシャータ係』だが、選ばれた三人はご令嬢が「あらまあ」と驚くほどの情熱で尽くしている。


 ご令嬢は寛容なので驚きですんでいるが、献身の女神が裸足で逃げ出すほどの情熱に私はドン引きしている。



「お嬢様!」


 扉を開けると同時に飛び込んでくる元気のよい声。

 トニアはどうやら紅茶のお代わりを持ってきたらしいが……お嬢様は頼んでいない。



「紅茶のお代わりはいかがですか?」

「ありがとう、お願いね」


 頼んでいない紅茶だというのに笑顔で受け入れるお嬢様は素晴らしい。

 

「はい!この紅茶は料理長が自らっ、あっ!」


 陶器のポットを右手に持ち、左手でソーサーごとカップを持ち上げたまではよかったが、ポットを傾け過ぎて紅茶色の放物線は机の上に……


「あらあら」


 お嬢様はパッと傍にあったワゴンから布巾をとって、紅茶が床の絨毯を汚す前に拭き取ります。


 すばらしい手際です、駆け寄る余裕もありませんでした。


「す、すみません!」

「大丈夫よ。それよりもトニアに火傷はない?」


 「大丈夫です」と言いつつもトニアは元気がない。

 紅茶一つも満足にいれられない自分に落ち込んでいるのだろうが、全く気にせずにこにこと楽しそうに微笑むお嬢様を前にクヨクヨするのをやめた。


 トニアはもともと騎士団の私の同期で、筋肉バカの脳筋である。

 侍女のガーリーなお仕着せも全く似合っていない。


 しかし……騎士をやめて侍女になると聞いたときマジかと思った。

 私と彼女の上司も「似合わない」と結構ストレートに止めたのだがトニアはきかなかった。


 受かったと聞いたとき、私と上司は同時に空を見た。

 槍が降ってくるに違いないと思ったからだが、降ってくるわけなくキツネにつままれた気分で「おめでとう」といい、その夜は上司のおごりで酒を飲んだ。


 酔ったトニアから聞いたのだが、彼女の婚約者の恩返しだったらしい。

 お嬢様が魔力暴走を起こしたときに偶然近くにいた彼女の婚約者は古傷が治り、いままでは後衛で騎士団の補佐をしていたのだが、先日めでたく前衛に復帰した。


 お嬢様の専属護衛をやるなどとほざいたので剣で叩きのめし、それを知った閣下から火炎弾を盛大に浴びていた。



「ラシャータ様、お茶と一緒にお菓子を……あらぁ?」


 トニアのことを考えていたら、目の前を料理長謹製の美しい焼き菓子が盛られた皿から飛んでいった。

 菓子を発射させたリイナが困ったように首を傾げる。


 このリイナは料理長の娘で、ウィンターズ騎士団所属の土魔法使いであるが、非常におっとりとした性格をしている。


 彼女のジョブチェンジの理由もお嬢様への恩返し。

 お嬢様が魔力暴走を起こしたとき、その真下の厨房でケガで味覚障害を起こしたことに悩んでいた料理長に治癒魔法が直撃したそうだ。


 リイナに言わせると生きる屍のようだったらしい料理長は大号泣しながら執事長のもとに行って退職届を奪還したらしい。

 そして今日も元気に厨房でお嬢様の好きなものを作っている。



「お二人はお嬢様が何者かに襲撃されるまでじっといていてください」


 不穏なことを言いながら手際よく新しい焼き菓子を手配し、持ってきた紅茶を淹れたラインは唯一ジョブチェンジしなかった侍女。

 つまり唯一侍女として役に立つ侍女といえる。


 

「レダ卿、公爵閣下は今日もお帰りが遅いのかしら」

「そう聞いておりますが、なにかご用でも?」


 私の問いにお嬢様は首を横に振る。


「視力が戻った途端にお仕事に復帰なさったでしょう?仕事量も多いと聞くし、体を壊さないでいただきたいなと思ったのです」


 お嬢様……ご自分がいまどんな表情をなさっているのかご存知ないんだろうなあ。


 そして、侍女三人が怖い。

 彼女たちの全身から閣下への怨嗟の念を感じる。


 彼女たちにとって主はお嬢様であり、お嬢様を悲しませたり寂しがらせたりする者は雇い主閣下だろうが国王陛下だろうが関係ないらしい。


 これについては一応執事長に報告したのだが「それでこそウィンターズ公爵家」と褒めたたえるだけ……これがウィンターズの盲愛なのだとか。



「アレ、使っちゃう?」


 トニアの言葉に他の二人の目がアレに向く……トニア、何を言っている。


 アレとはベランダの欄干の端っこに括りつけられた金属の筒で、


「やっちゃいましょ!」

「いやいや、待て待て」


 ライナ、「やっちゃいましょ」ではない。


 アレは公爵閣下が設置したご自分との連絡手段で、アレに魔力を流して詰められた玉を発射させると付与された火魔法が上空十メートルのところで発動する仕組みになっている。


 火魔法が発動すると紙に包まれていた大量の火薬に着火して、空に大きな火の花が咲く。

 一度だけ執事長がテストしたが見事な花だった。


 ちなみにそのとき城にいなかったことで火の花に気づかなかった閣下は改良し、火魔法が発動すると同時にピアスに付与した受信機が反応するようにしたという。


 それを聞いたとき火の花は要らないんじゃないかと思ったが、お嬢様がキレイと喜んだので現状維持となったらしい。



「あの音、気分爽快でクセになるのよねぇ」

「分かる」


「でも魔狼少年になったら困るわよね」


 魔狼少年とは「魔狼が来るぞ」と村人に嘘をつき、本当に魔狼が出たときに村人が信じてくれず魔狼に食い殺されてしまったという民話である。


 嘘はよくないという教訓が込められている。

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