第14話 護衛騎士レダ、ウィンスロープの常識について

「レダ卿。自分の知らないうちに世界が変わっていた経験はありますか?」


 真剣に悩むレティーシャにレダは苦笑した。


 レティーシャの魔力が暴走した日。

 暴走をおさめたアレックスからレティーシャが十年以上前に死んだ聖女レティーシャであることが発表されると同時に、「まだレティーシャには知られないように」と厳命された。


 誰かが下手にレティーシャに探りを入れないようにとアレックスは先手を打ったようだが、なぜまだレティーシャに知られてはいけないかは分からなかった。

 ほぼ全員が不思議そうな顔をしたが、ウィンスロープの者は基本的に脳筋なので「旦那様/閣下がそういうならば従おう」と疑問を自力で解決することを諦めた。



「いまの世界はいい世界なら良いのではありませんか?」

「それもそうですね」


 そう言っていても、壁際に控える三人の侍女を見るレティーシャの目は戸惑っている。

 その気持ちがレダには分からないもない。


「専属侍女なんて、私には贅沢だと思うのですけれど」


 侍女長のソフィアがレティーシャの専属侍女を決めると宣言すると希望者が殺到した。

 そしてここにいる三人はソフィアが定めた厳しい選抜試験を勝ち抜いた者。


 レダは騎士なので選抜試験の内容は知らないが、演武場の周りを爆走したり懸垂をしている侍女集団を見かけてはいた。

 レダの中の侍女の定義が曖昧になった。


 レティーシャの専属侍女になった三人の情熱的な献身にレティーシャは毎回「あらまあ」と驚きの声をあげている。

 そして最後には必ず「ありがとうございます」と礼を言ってほほ笑むから、三人の中のレティーシャへの情熱は留まるところを知らず、その情熱にレダはドン引きしている。


(うーん、背中に穴が開きそう)


 嫁いできた当初から傍にいることが一番多かったことから、レティーシャに一番頼られているレダには三人から嫉妬の視線がよく突き刺さる。

 いままさに突き刺さっている。


「奥様、今日は冷えますね」


 レダの言葉にレティーシャが同意すると、一番近くにいたトニアが「温かい飲み物をお持ちします」と部屋を出ていった。

 

 レティーシャに飲むか確認しなくてもいいのかとレダは思ったが、レティーシャが何も言わずに楽しそうにしているので何も言わないことにした。

 できれば三人そろって部屋を出ていってほしかったのだが、そこは我慢することにする。



「この紅茶の産地は……あっ!」


 紅茶セットを乗せたワゴンから、陶器のポットを右手に持って左手でソーサーごとカップを持ち上げたまではよかった。

 しかしポットを勢いよく傾け過ぎて、紅茶はきれいな放物線を描いて机の上に零れる。


「あらあら」


 そう言ってレティーシャはパッとワゴンから布巾をとって、紅茶が床の絨毯を汚す前に手際よく拭き取る。

 すばらしい手際でレダが駆け寄る余裕もなかった。


「も、申し訳ありません!」

「大丈夫よ。それより、トニアに火傷はない?」


 「大丈夫です」と言いつつもトニアは元気がない。

 紅茶一つも満足にいれられない自分に落ち込んでいるらしい。


(そもそもトニアにこういう繊細な作業は向かない)


 トニアはもともとウィンスロープ公爵家騎士団の女性騎士でレダの同期。

 筋肉たっぷりの脳筋で、ガーリーな侍女のお仕着せが似合っていない。


 騎士をやめて侍女になるトニアに聞いたとき、レダは「マジか!」と叫んだ。

 レダも含めた騎士団一同そろって「似合わない真似はやめろ」と言葉を飾らずストレートに止めたのだがトニアはやめなかった。


(専属侍女に選ばれたと聞いたときには、槍でも降ってくるのではと団長と一緒に空を見上げてしまったっけ)


 一応はめでたいことなので、その夜は団長のおごりで飲んだ。

 ちなみにトニアが提出した退団届は団長預かりで保留となっていて、専属侍女をクビになっても騎士に戻れるようになっている。

 そのときには適材適所という言葉をトニアに教えようとレダは思っている。


(トニアも婚約者の言葉なら聞いただろうに、当の婚約者がトニアに専属侍女を勧めたんだよね)


 トニアがレティーシャの専属侍女になったのは、その婚約者のことでの恩返し。

 レティーシャの魔力暴走で回復魔法を受けたトニアの婚約者は古傷が治り、いままでは後衛で騎士団の補佐ながらいじけていたのに、めでたく溌溂と前衛に復帰できたのだ。


 ちなみにその婚約者はレティーシャの専属護衛に立候補していた。

 そのためレダに剣で徹底的に叩きのめされ、さらにアレックスから火炎弾を盛大に浴びることになった。



「奥様、お菓子も一緒に召し上が……あらぁ?」


 レダの目の前を公爵家の料理長その二が作った美しい焼き菓子が皿ごと飛んでいった。

 「あらあら、もったいないわ」とレティーシャは皿をキャッチする、お菓子も皿に乗ったまま。


(お見事!)


 このおっとりした性格のリイは最近まで庭師だった先代料理長での娘。

 もともとは騎士団所属の魔法使いで、土魔法が得意。


 リイのジョブチェンジの理由もレティーシャへの恩返し。

 レティーシャの魔力暴走で回復魔法が直撃した庭師は料理をやめた原因である味覚障害が治り、再び厨房に復活して『料理長その二』という地位に就いた。


 アレックスはどちらか副料理長になればいいと進言したが、レティーシャが「名前はなんであれ、おいしい料理が増えますね」と屈託なく喜んだので役職名のことなどどうでもよくなった。


 料理長その二は庭にある畑の管理も続け、レティーシャにおいしい野菜を食べてもらうのだと毎日楽しそうにしている。

 それに対抗して料理長その一は新鮮なミルクを求めて牛を飼おうとしていたが、グレイブに却下されていた。



「お二人はお嬢様が何者かに襲撃されるまでじっといていてください」


 不穏なことを言うのは唯一ジョブチェンジしなかったロシェット。

 つまり唯一役に立つ侍女。


「ご当主様は今日もお城にお泊りなのよね」


 視力が戻ったアレックスは公務に復帰し、溜まった仕事を片付けるため城に泊まり込むことが多い。


(ご自分がいまどんな表情かおをなさっているのか奥様はご存知ないのだろうな……そして三人が怖い)


 侍女たちは黙っているが、「奥様を寂しがらせるなんて」という無言の怒りをレダは感じた。

 トニアの目から飛んでくる「どうにかしろ」という圧にレダは押しつぶされそうになる。


 彼女たちにとって主はレティーシャただ一人(専属だから)。

 レティーシャを悲しませたり寂しがらせたりする者は雇い主アレックスだろうが国王だろうが許さないという意気込みでいる。


 この思想について一応レダはグレイブに報告したが、「それでこそウィンスロープです」と感心して終わった。


「レダ卿」


 サーブを終えたロシェットに小声で呼びかけられて視線を向ければ、真剣な顔で「アレを使いましょう」といったロシェットがベランダを指さす。


「は?」


 ロシェットの言う『アレ』とは、レティーシャの部屋のベランダの欄干の端っこに括りつけられた金属の筒。

 アレックスが設置した連絡手段で、金属の筒に魔力を流すと中に詰まっている玉が空高く発射される。


 玉には火魔法が付与されていて、上空十メートルのところで火魔法が発動。

 中に入っている大量の火薬に着火して、空に大きな火の花が咲く。


 設置後、グレイブが試験的に発動させたとき城を不在にしていたアレックスは火の花に気づかず、アレックスは火魔法が発動すると同時につけているピアスが感知する仕組みに改良。

 それを聞いたときレダは火の花は要らないんじゃないかと思ったが、レティーシャがキレイと喜んだので変更なしそのままとなった。



「あの爆発音、爽快でクセになるのよねぇ」

「分かる」


「でも魔狼少年になったら困るわよね」

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