第16話 騎士公爵、うまくいかない現状に苛立つ
アレックスが貴族会議に出席すると、議場にいる貴族たちの目が一斉に向けられた。
「……珍獣扱い」
「うるさいぞ、ロイ」
ロイは執事長の息子で、執事養成学校の学校長の頼みで教鞭をとっていたが仕事が溜まりまくって困っているアレックスの要請に応えて休暇をとって二日前から臨時の補佐役をしてくれている。
「貴族会議は初参加ですか?」
「参加は任意だからな。今までは議会なんて名前だけで、聖女派のよいしょで終わっていたから参加するだけ無駄だろう?」
アレックスの言葉に何人もの貴族が気まずそうに顔をそらす。
「ウィンスロープ公爵!」
元気のよい声にアレックスが顔を向けると、ウィンスロープ領と隣り合ったグロッタ領を治めるグロッタ侯爵と目が合う。
偶然か故意かはわからないが、アレックスは空いていた彼の隣の席に座る。
「まさか議会でお会いするとは」
グロッタ侯爵は周りの貴族の好奇心を満たしてやるつもりらしい。
それを察したアレックスは「ようやく議会らしい議会になりそうなので」と笑って答える。
「閣下はグロッタ領にいたのでは?」
「補正予算について議会の承認を得る必要がありまして。議題提案には当主の議会参加が必須、理解はしていますが厄介な義務ですな。王都までの旅は老体には堪えます」
そう言ってグロッタ侯爵が苦笑をすると同時に国王が入場し、議会が始まった。
「それではグロッタ領の補正予算案については賛成多数決で可決……ウィンスロープ公爵、何かご意見が?」
(またか……これで何回目だ?)
がベルを持ったまま不安げな目を向ける議長にアレックスはため息を吐く。
「何もありません。そもそも、議会では多数決による決定が絶対でしょう?」
「そ、そうですね」
ようやくガベルが振り下ろされ、カンカンという音が鳴った。
「それでは……続けても?」
「結構です」
(だから何でいちいち俺に聞く?)
アレックスがそう思っていると、後ろに控えていたロイが「不機嫌な顔で睨みつけるからですよ」と答えを教えてくれた。
答えは分かったが、デフォルトの表情にケチをつけるなとアレックスは思った。
「主、笑顔」
「五月蠅い」
とりあえずアレックスは議長を見るのはやめた。
それが功を奏したのか、アレックスにお伺いをたてるのをやめた議長はさくさくと議会を進めていった。
「それでは最後の議題です。スフィア伯爵の養女について……公爵?」
アレックスは手をあげただけなのに、アレックスの倍は生きている議長がビクッと体を震わせた。
(笑顔、かあ)
アレックスは口角を上げてみたが、「ひいっ」と悲鳴を上げられたのでやめた。
解せない顔をするアレックスの後ろにいるロイは笑いを堪えるのに必死になった。
「失礼。その議題を提案したスフィア伯爵がいないようなのですが?」
「あ……まあ、特例で……あの……その……」
特例という言葉にアレックスの目が厳しくなると、議長の目が泳ぐ。
アレックスの背後で「あーあ」とロイが呆れた声を出す。
「可哀そうに、怯えているじゃありませんか。主は美人だから睨むだけでめちゃくちゃ怖いんですよ」
「どうしろと……だって。おかしいだろう?」
思わずぼやくと、アレックスの隣に座っていたグロッタ侯爵がぶほっと噴き出す。
「し、失礼。確かにウィンスロープ公爵の仰る通りですな。そもそも新しい家族を迎えられるかどうかという大事な話し合いにご本人が不在とは」
伯爵以上の家門の場合、養子をとるときは議会の承認が必要になる。
家それぞれに事情があることだからと形式だけの規則であり、議題として提案されてもサラッと承認されるのが毎回の流れだった。
「本当ならばサラッと終わるはずの議題でつまずいて……困ってますねえ」
「それが国のルールだ、俺の知ったことではない」
議場のあちこちで貴族たちがヒソヒソ話す。
今までだったら聖女派が聖女の力を匂わせて黙らせてきたが、アレックスのケガで貴族たちの目は覚めつつある。
聖女が国防の要で、聖女自身が熱望して婚約したアレックスに聖女の力を使うのを渋った。
アレックスが結婚を了承してようやく重い腰を上げた。
アレックスでさえそうなのだから自分たちのときはどうなる?
助けてもらうには何を代償にするのだろうか?
聖女に対する不信感が聖女信仰に影を落とす。
「スフィア伯爵はなぜ成人女性をわざわざ養女に?」
「王子たちは全員結婚しているし、先日生まれたお孫様はまだ五歳だ」
元聖女派の貴族たちの言葉。
元仲間の裏切りのようなヒソヒソ話に、聖女派の貴族が反論する。
「彼女は亡くなった聖女レティーシャにそっくりだそうですよ」
「亡き娘の面影がある女性を養女に迎えたい伯爵の気持ちをご理解なさっては?」
(亡くなった聖女レティーシャ、ね)
アレックスはこぶしを強く握り、レティーシャは生きていると叫びたい気持ちを抑える。
「議長、この議題については慎重に話し合う必要がありますぞ」
「グロッタ侯爵?」
議長の顔には「ウィンスロープ公爵だけでも厄介なのに」という苛立ちが現れていた。
「スフィア伯爵は愛人にも妻と同じ権利を与えたいという博愛主義者。二回も特例は認められませんからね、今度は養女という手段を用いたのではないでしょうか」
(攻めるな、グロッタ侯爵)
グロッタ侯爵はアレックスの亡き父親の親友。
二人はとても仲良く、彼の娘のフローラとケヴィンの婚約は彼らの酒の席で決まった。
「む、娘ですぞ?」
「いや、他人ですよね。だから養女として認めてもらおうとしているのでは?」
グロッタ侯爵の発言で議場が一気に騒がしくなる。
これは議会どころではない。
(さすが、グロッタ小父さん。今後も婿の兄としてよろしくお願いします)
***
「スフィア伯爵が迎えようとしていた養女はラシャータ嬢ですよね」
「屋敷に隠れていることに飽きたのだろう、浅はかな愚策だな」
この状況でスフィア伯爵家に選択肢は二つしかない。
レティーシャの存在を公にするか、ラシャータを別人にするかのどちらかだ。
「アレックス団長」
制服を着た騎士がウィンスロープ公爵家から早馬がきて入門許可を求めているとアレックスに報告する。
(書類の決裁か? しばらく公爵邸で仕事をしていないからな)
アレックスに対応を任されたロイが部屋を出て行って、一人きりになるとアレックスはイスの上で姿勢を崩した。
―――ウィン。
「くそっ」
アレックスはグレイブに命じてスフィア伯爵邸に間者を放ち、ウィンストンという名前の男を探させた。
その結果、ウィンストンという名前の男は老若男女あわせて二十一人。
「使用人多過ぎ」という文句と共に受け取った報告書を読み、十八歳から二十五歳の間の三人に絞った。
「どいつなんだ」
一人は貴族だけど男爵家の次男、残り二人は平民。
社会的地位なら自分の勝ちだと思ったアレックスは、爵位をカサに偉ぶる輩と同じことをしたことに落ち込む。
(そもそも伯爵家内とは限らない。出入りの商人の可能性だってある)
「彼女は俺の妻だ、うちに閉じ込めておけばもう会うことは……」
ネガティブな自分をアレックスは叱る。
部下たちに女は実力で振り向かせろと言ってきたことを思い出しながら、アレックスは自分のよいところを上げていく。
「剣と魔法と、あとは顔……顔は魅力的とは言われるが好みがあるからな」
自分の考えに没頭していたアレックスは、部屋の中に自分以外の者がいることに気づくのが遅れ「老い」と呆れた声にびっくりした。
「陛下?」
「鏡で自分の顔を凝視して何を考えているかと思ったら……お前、マルケス伯爵令息に刺されるぞ」
「マルケス伯爵令息?」
「婚約者がお前に一目惚れして、ウィンスロープ公爵と結婚できないなら誰とも結婚しないと言う婚約者に捨てられた哀れな男だ」
国王は令嬢の名前を言ったが、アレックスが知らない名前だった。
「そんなこと、俺の知ったことではありません。そして、なんのご用ですか?」
「お前、愛嬌をどこに忘れてきた?」
「母の腹の中ではありませんね。あなたに“おじちゃーん♡”と走り寄った記憶があります」
「あの頃は天使のようだったなぁ。あんな天使が、紅蓮の悪魔になるなんて」
『紅蓮の悪魔』の名声は国を守る。
その傍に治癒に特化した聖女がいれば無双だ。
「お前、スフィア伯爵家になぜ間者を放った?」
「姻戚となった家を調査したらおかしいですか?」
「ラシャータ嬢に一切の興味がなかったお前がか?」
「結婚したのは初めてなので」
国王はアレックスに疑いの目を向けたが、眉一つ動かさないアレックスにため息を吐いて目をそらした。
「こちらの思い過ごしのようだな」
そう言って国王は入ってきた隠し扉から出ていった。
他の壁と区別がつかなくなったところで、アレックスは眉をしかめる。
(本当は何の用事だったんだ?)
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