第13話

「ねぇ……」


「…………」


「ねぇってば!」


 美亜に無理やり手を払われる。

 俺は立ち止まって振り返る。そこには、怒っている美亜がいた。


「どういうつもり!別れたの忘れたの!?」


 俺は仮面を外す。


「忘れてない。でも、今だけは俺に着いてきてほしい」


 俺は美亜に頭を下げる。


「嫌よ。私は海翔と付き合ってるのよ?」


「アイツじゃ!お前を幸せにはできない!!」


 海翔といる時の美亜の表情が物語っていた。

 アイツは自分しか見ていない。美亜を見ていない。


「……アンタよりはましよ。海翔は私に笑いかけてくれる。手を繋いでくれる。抱き締めてくれる。でも、アンタは何もしてくれなかった」


「……それは、お前を」


「知らないよ!汚したくなかった?何よそれ!私はそんなこと求めてなかった!」


 美亜がヒステリックに叫ぶ。


 なんでそれを……?


「……アンタはもうないから」


「……ッ!?」


 美亜の口から出た冷たい言葉に心臓が締まる。


 美亜が海翔の方へ戻っていく。


 好きな人に拒絶されるのがこんなにキツイなんてな。

 苦しい。


 無理だった。

 そりゃそうか。自業自得だな。


「……やり直したい」


「……逃げなきゃよかった」


「……ちゃんと好きだと伝えたかった」


 泣きたい。


 もう、帰ろう。


 顔を上げる。


「っ!……どう、して?」


 視界が揺れる。


「……そんな顔されたら後味悪いでしょうが」



◇◆◇◆◇◆



 祭りの賑やかとは程遠い、静かで暗い境内。

 周りには木々が立っていて見通しも悪い。でも、無数の星と満月だけは遮られることなくこちらを覗いていた。


「怖かったんだ。いつか、取られると思うと。だから、敢えて遠ざけてた」


 俺と美亜は夜空を眺めながら木に寄りかかって地に座る。


「そしてあの日、振られた。嬉しかった。やっと、解放されるって」


 俺の一人語りに美亜は口を挟まず聞いてくれる。


「ある日言われたんだよ。それは、言い訳だって。笑われた。その通りだった。実際に俺は……環境を言い訳にしてた。美亜が取られるのは仕方ないって、何の努力もしなかった」


 もうすぐで花火が始まるなあ。

 主人公は来るだろうか?


「目が覚めた。そしたら、情けなくも気づいてしまったんだ。俺は美亜のことがずっと好きだったんだって」


 口を止める。

 静寂が包み込む。

 風が吹き、木々の葉が音を奏でる。


「それで?あまり意味はわからなかった。なんで、取られるって思ったのだとか、それなのにどうして別れなかったのだとか。でも、たぶんアンタなりに理由があるんでしょ?」


 美亜の横顔を見る。

 美亜は上を見上げたまま、穏やかな表情で語っていた。


「それでも、私は海翔と付き合ってるから」


 それが、美亜の答え。

 心臓がまた締め付けられる。


 でも、大丈夫だ。


 もう、大丈夫。


 俺はその場を立つ。


「上書きなんてさせっかよ。ここは、俺と美亜の思い出の場所だ」


「ん?一人でなに言っ――」


 ヒュゥゥゥゥゥ …――――ドンッ


「……ぁ、この場所」


 美亜が勢いよく俺を見上げる。美亜の透き通る黒眼が朱色に染まっていた。

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