第6話

「この世界を知る人だよ」


 保健室が静寂に包まれる。


 言い放った如月さんを前に俺は脳が静止した。


「…………この世界って『危険な恋しちゃおっ』であってるのか?」


 思い当たることがこれしかなかった。

 如月さんの吸い込まれるような黒い瞳を見る。


「ああ」


 如月さんは頷いて見せた。


「……俺以外にもいたのか、」


 驚きと、どこか一抹の安心感が胸を占める。


「まあ、正確に言うと、この世界を創ったゲームマスターだ」


 如月さんが静かに笑みを浮かべた。


「――は?」


 自分の喉から底冷えするような声が出た。

 自分でもビックリしている。


「お前がこのクソゲーを創ったのか?」


「ああ」


 肯定する。


「……っ!お前のせいでッ!!」


 俺は如月さんの胸ぐらを掴む。


「『お前のせいで』、なんだい?」


 この状況でも笑みを浮かべる如月さん。

 暗い暗い瞳を見て俺の背筋に寒気が走った。


「お前のせ、いで……あ、あれ?」


 今、俺は何を言おうとした?

 俺は何に対して怒りを生じた?

 俺は何に怒っているんだ?


 この世界はクソゲー。そんなことは知っていた。ずっと前から知っていた。それに対して怒りを覚えたことなんて無い。

 そして今、目の前にそれを創った人がいるだけ。


 怒る要素はなくないか?


 けど、今勝手に身体が動いて、如月さんに問おうとしていた。


 何を?


 分からない。


 お前のせいで、如月さんのせいで、なんだ?


「くくっ、アハッ、アハハハッ」


 突然如月さんが甲高い笑い声を上げる。

 さっきのような笑い声ではない。


 嘲笑。


 その言葉が一番馴染みある。


「滑稽だなぁ。本当に滑稽だよ。面白いねぇ。面白い。面白すぎて――反吐が出る」


 如月さんの表情から感情が消える。


 ……何なんだよ。

 コイツは人間なのか?


「当ててあげようか?君が言おうとしたこと」


 コロコロと表情を変える。

 笑ったり、真剣な表情をしたり、憎悪だったり、無だったり。


 何より、こちらの全てを見透かしたような黒く深く暗い瞳。


「『お前のせいで』、僕のせいで――」


 聞きたくない。

 耳を塞ぎたい。


 でも、させてくれない。


 如月さんの瞳が俺の身体の自由を奪う。









「――『美亜が寝取られた』、だろ?」


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