第6話 運命と希望


「アは。やっぱ君、気持ち悪ッ! 本気で堕とすつもりだったのにー」


「アシュフィールド、この人大丈夫か?」



《電波系だ!》

《嘘だろ!? 今、2028年だぞ!?》

《でも、圧倒的なビジュがそれを許している……》



「……タダヒト、貴女、平気なの?」


「あー、大丈夫だよ、アレタ・アシュフィールド。味山くんには、私のコレは効かないからさー」


「貴女、なんのつもり? あたしが無駄にからかわれるの嫌いって知ってるわよね?」


「アは〜こわ〜。大丈夫、大丈夫。別にアレタの邪魔したい訳じゃないからー。配信見たよー、すごくかっこよかったからさ、つい来ちゃっただけ」


「広報も考えものね。貴女みたいなのが寄ってくるなら今後の運用を変える必要があるのかも」



 アレタの蒼い瞳が、すうっと細まる。

 怪物ですらこの目で見られたら震え上がるものだがーー。


《おっふ》

《アレタ・アシュフィールドの貴重なお怒りのシーン》

《怖いけど綺麗だ……》

《供給助かる》

《新しい解釈ヤバイ》

《これまで理想のヒーロー解釈一強だったが、これは……》



「うへえー、こわー。そんな怒らないでよー、アレタ。今のでよーくわかったからさー」



 この女、平気そうだ。



「何しに来たの? あなた」


「顔合わせ。仲良くしよーよー。アレタ・アシュフィールド。お互い、やっかいな星の下に生まれたことだしー」


「……ウィンバリー、悪いが今はチームの時間だ。部外者は遠慮してもらえないかい?」


 血を宝石にしたごとく美しい瞳。

 ソフィが、低い声をルーナに向ける。



「あっはー、ソフィー! 冷たいなー。友達だろー? 私も仲間に入れてくれればいいのにー」


「……苦手だ、この女……」


 心底嫌そうに小さな舌をべえっとソフィが覗かせ引き攣る。



「……アンタ、誰だ?」


「タダ、この人知らないんすか?」


「おー? うーん……知らねえ」


《コイツマジか》

《ほんとに探索者か?》

《大陸の女神知らねえのかよ》

《モグリか》


「あハ! いいよいいよー。私の運命が効かないんなら知らないのも無理はないからー。でもショック。役割を変えてもアレフチームには嫌われるんだもんなー」


「ショックを受けてる顔には見えねーな」


「よく言われるー。酷いよねー、私、嫌われたくて嫌われてるつもりないんだけどー」


「タダヒト、あまりこの子と話さない方がいい」


「アシュフィールド、珍しいな。お前が誰かにそんなパチパチになるの」


「あたしにだって苦手な人くらいはいるわ……」



 味山はアレタの意外な反応を新鮮に思う。



「あハ! 私はアレフチームの皆が嫌いじゃいんだけどなー。まあ、いいやー。顔合わせは出来たしー。ねえ、味山くんー」


「はい?」


「頑張って強くなっておけよー、それこそ目の前の星をぶっ飛ばせるくらいにはさー。いつか、君たちは戦う事になるんだからー」


「いや、瞬殺されるだろ」


 ルーナの言葉に味山が真顔で首を振る。

 天体現象を操る世界観の違う女との戦闘は、一般的には自殺行為と呼べるはずだ。



「あら、そうでもないと思うけど?」


「あハハ!、私もそう思う。おっと、もうこんな時間だ。そろそろ行かなきゃ! うひひ、今日は振られちゃったケドー、味山くん」


「え、お?」



 誰もその女の動きに反応出来なかった。

 味山も、アレフチームも、そしてアレタも。


 ちゅ。


「この感触を忘れないでね」


 怖気のするほど造形の良い顔。

 氷で出来た宝石細工のような女の顔が視界を埋める。


 かと思えば、ちゅっとくっついたのは彼女の鼻だ。


 閉じられた瞳、綺麗な口元。

 鼻と鼻がそっとくっつけられた。



「……は?」


《うお!? は、鼻チュー!?》

《知ってるのか、来電》

《猫がよくやるやつ!》



「えへ。少し恥ずかし。えへへ」



 ぱっと離れた異次元の美女がパタパタと顔を仰ぎながら困ったように笑う。



 いや、そこで照れられても。

 味山は無意識にくっつけられた鼻を触ろうとしてーー。



「あー! いた! もう! ルーナ! アンタはちょっと目を離したらすぐどこかに……って!? アレフチーム!? 嘘、始めて本物見たんだけど……ゲッ、なんか険悪な雰囲気」



《また誰か来……あ!》

《うお! マジかよ》

《え、もしかしてこの子……》




「あハ! のぞみちゃーん。どしたのー、そんな元気そうにしちゃってー、嬉しくなるじゃん」


「うっさい! 勝手にいなくなった人がそんな態度しない! 少しは申し訳無さそうにして!」


 黒髪に、くりっとした目鼻立ち。

 ルーナのようは異次元の美はなくとも、普通に街中を歩いてればスカウトされそうな美人が現れる。


 わずかに垂れ気味の瞳にはそれと反比例するような強い意志の光。


 両目の端にある小さなホクロが印象的だ。



《ノゾミちゃんだ!》

《キハラノゾミだ!! 有名配信者の!》

《メンツヤバイなwwww》

《周りの探索者ぽかーんとしててワロタ》

《いいなあ、俺も現地行きてえ》

《ノゾミちゃーん、いつも配信見てまーす!》



「もう、早く帰るよ! 人様のお食事の邪魔しない!」


「うわー。希、待ってよー、別に私、悪いことしてた訳じゃ……」


「問答無用! おほはほ。アレフチームの皆さん、うちのバカがほんっとーに、お世話かけました! コイツにはよく言って聞かせ、少しは人間社会に馴染ませようと努力するのでどうか、ここはご勘弁を!」


 90°に腰を曲げ、最敬礼。

 そらから希と呼ばれた女はルーナの長い腕をぱしっと取って、引き寄せる。



「コイツがきっと、皆様のお食事の邪魔をしたことは容易に想像出来ます! もうきつくしぼっておきますのでどうか、どうか!」


「あ、うん……べ、別に大丈夫だけど……」



 アレタが途切れ途切れの言葉を絞る。

 黒髪の女性には妙な凄みがあった。



「ぎゃ。いたい、いたいよー、ノゾミー。うわ、引きずらないでよー、私歩けるのにー」


「うっさい! これだから猫は嫌いなのよ! 首輪をつけてリードで繋ぐのを外出の条件にしてもいいんだからね!」


「え、私の人権は……?」



 ずるずると黒髪の女性に、大陸の女神が引き摺られて酒場の外へ。



 あっけに取られるアレフチーム。


「変な奴らも多いもんだな……まあ、いいや。飲み直そうぜ! 腹減って仕方ねーよ」



 他人の行動をあまり気にしない味山だけが瞬時にいつものモードに戻っていた。


 テーブルに視線を戻して。



「鼻……」


「え?」


 嵐の夜。部屋の窓を叩かれたような錯覚。

 その声は目の前の女。



「タダヒト……今、あの女に何をされたの?」


「え、何って……」


 アレタの突然の問いかけ。

 彼女の顔は暗い。



「ふむ。アレタ、ワタシの目が正常であれば、こう……鼻と鼻をくっつけて、チューっと」


「……!」


「あ、バカ。お前そんな煽るような言い方すんなよ」


 ソフィが深刻な表情で、自分の鼻を人差し指で押しながらアレタに告げ口を。



《ワロタ》

《ソフィちゃん、結構いい性格してて草》

《ファンになる》



「へえ、ふーん、そっ。タダヒトはああいうのが好みなのね」



 しらーっと蒼い瞳がこちらを見つめる。

 嵐の前の海のような、言葉にできない不安感を覚える色だ。



《ええ……》

《何故そうなるwww》

《アレタ・アシュフィールド、もしかしておもしれー女なのでは?》

《この飲み会配信オフすぎるだろ。いいのか? 普通に配信して》

《タダで見れるのが申し訳ないレベル》

《ハイチャさせて》



「まあ、あたしにはタダヒトがどんな女が好みだろうと、別に関係ないのだけれど」


 アレタが不機嫌になっていた。

 なんでやねん。

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