第12話 りびんぐ・リベンジ・デッドエンド
「それにしてもさあ、あんたはどーしてほんとにそう自由かね。よりによって、あのアレタ・アシュフィールドに喧嘩売りにいくなんて!」
大して、広くない部屋だった。
こじんまりして、物の少ない1Lの部屋。
ソファに並び腰掛ける女2人。
前髪をカチューシャで跳ね上げ、美肌パックを完全装備した彼女、
お風呂に入って、アイスを食べて完全なリラックスタイムのことだ。
「いやー、そー怒んないでよー、ノゾミー。つい、視界に入っちゃってさー」
もう1人の女が笑う。
樹原のスウェットを当たり前のように着る美女。
美肌パックなど彼女にはきっと必要ない。
月がなくとも夜の中1人で輝きそうな異質な美。
ルーナ・ジルバソル・ウィンバリーがソファに身体を沈めて呟く。
「つい、で世界を敵に回しても圧勝しそうな人間に喧嘩売らないでよ。心臓縮こまるわ」
ぷひーとため息をつく樹原。
その様子をルーナの赤い瞳が、じっと見つめる。
「へへー、ごめんね。でも、ノゾミが心配することなんて無いよー。私、こー見えてかなり強いしー、52番目の星がガチギレしても、多分良い勝負がーー」
「あん? んなことどうでもいいわよ。アンタが強かろうが、どうだろうが、こっちにゃ関係ないっつの。普通に心配するわ、しまくるわ」
ルーナの笑みが、固まる。
目だけ、ぱちりと開いて。
「……なんで?」
「友達だからに決まってるでしょーよ、この不思議電波ちゃんがよー、なんだァ? ツラの良さにオツムの出来が奪われちゃったのかー?」
水のように溢れた言葉をそっと掬い取るような樹原の言葉。
テレビで流れる昔の映画の音声だけが部屋に広がる。
主人公は死んでしまうが、なすべきことを成したおかげで未来に希望がのこる、そんな映画だ。
「……あハー。ねえ、ノゾミ。ノゾミは良い奴だねー」
「あーん? なんだあ、急によー。そんな雑な褒めで話し誤魔化せると思うなよー」
「誤魔化してないよ〜! ほんとにそう思ったんだー。……ねえ、ノゾミ」
「あん、何よ」
「……ノゾミはさ、悲しい事って平気かなー?」
「は? なんの話?」
「もしも、もしもだよ、ノゾミ。私がさ、この先、私が必ず死ぬってわかったらノゾミはどうする?」
「それって老衰とか自然死の話してるのではなく?」
「うん。なんかさー、こう、そういう運命っていうか〜?」
笑顔だ。
ルーナは笑顔のまま。
樹原は、その顔があまり好きではなかった。
「ねえ、指定探索者のアンタがそんな事言い出すの、あんま笑えないんだけど」
「……答えれないかなー?」
へらーっと笑うルーナ。
樹原は、目をきゅっと閉じた後、美肌パックをつけたまま、ルーナに顔を寄せて。
「ルーナ、人は死ぬわ、絶対に」
「……」
「それこそあっけなく、信じられないほど簡単に人は死ぬの。私にはそれをどうこうする力はない」
「あハー、そう、だよね〜……ごめん、変な話して、忘れーー」
ルーナが話題を終わらせようとして。
「その上で断言するわ。私はそれをなんとかする」
「……えー?」
「アンタは友達よ、私の数少ないね。それが死ぬって分かったなら出来る限りのことをする、出来る限りの努力、手段、使えるものを全て使う」
「なんでー? 友達ってだけで、ノゾミはそんなに頑張るの? 私、どうやっても死んじゃうんだよー?」
ルーナの紅い目が、美肌パックモードの樹原を見つめる。
樹原は怪訝な目つきで。
「決まってるでしょ、友達見捨てるなんて、"気分悪い"こと出来る訳ないじゃない」
己のルールを言い放つ。
樹原希には、理由がある。
そのように生きる理由が。
「ルーナ、私が探索者をしてるのはさあ、気分よくかっこよく生きる為なんだよね……私にはそう生きる義務と責任がある」
「……」
樹原の言葉をルーナが静かに聴く。
流れる水、深い川。
樹原希の根源にはその光景がある。
気分良く、カッコよく。
おもうままに。
そうやって生きる事の出来なかったある人のおかげで、樹原希は今こうして生きているのだから。
「その為ならさあ、友達の死のひとつや二つどうにかしてみるに決まってるっつーの」
「……じゃあ、もし、それをしたら自分が死ぬとしたら、友達を助かるために自分が死んでしまうってなったらーー」
「バカ、言わせるんじゃないよ、決まってるっつーの」
ぺり、美肌パックがめくれて。
「カッコ悪く喚いて泣いて叫んで恨み言いいまくって、それはもうダサいほど後悔しまくってーーカッコよく死んでやるわ」
ふんす。
もう何も言うことはないと言わんばかりに、樹原はソファに落ちた美肌パックを拾い上げ、それを顔に付け直す。
「そっか。ノゾミは……バカだねー」
「やっかましいわ。たく、私のプライベートタイムを電波系美人のアンテナ会話で邪魔しないでよ、明日は探索配信なんだから、のんびりするわよ、のんびり」
「ノゾミ」
「あん?」
幼子が、母親に手を差し伸べるようなルーナの声。
樹原はずずっーと湯呑みに入れたココアを啜りながら答える。
「……探索者、続けてね」
「当たり前でしょ、お金稼ぐためにまだまだ続けるわよ、探索者、たく、運命の女神とかたいそうな名前のついてる指定探索者にさあー、そんな事言われたらマジで焦るっつーの。……え、アンタマジ、なんか変なこと企んでないわよね? ね?」
「あハ」
「うっわ」
ルーナの笑みに、樹原は割と本気で焦りながら彼女を問い詰め始める。
夜が進む。
明日は探索配信だ。
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