第11話 一日の終わり



 〜そして、現在〜



「……」


 顔が良い。

 一般的には魅力的なはずのその特徴は時に、恐ろしさに繋がる。


 無言でこちらを見下ろしてくる美人。



《顔、良……》

《顔ちっさ……》

《イケメンでもあり、美女でもある。無敵か?》

《凡人くん、汗ダラダラでワロタ》



 味山のシワの薄い脳みそが必死に対応を検討する。


 だが、残念なことにきちんと考える前にもう口が勝手に動いて。



「よ、よくわかんねえけど。やっぱ俺たちのテーブルにはアシュフィールドが似合うな! の、飲み直そうぜ! てか、元々なんの話してたっけ?」




 味山は自分の言葉選びのセンスが地獄的なことに心底驚いた。



 味山が恐る恐る返事のないアレタを眺める。



「ーーふっ。それもそうね、タダヒトの言うとおりだわ」



 朗らかに力を抜いて微笑むアレタ。ふにゃりと弛緩する表情。


 ゆっくりと椅子を引いてアレタが対面に座る。柔らかな所作でスタッフを呼びつけ、新しい酒を注文していた。


 よく分からないが正解を引き当てたらしい。


 味山ははははと乾いた笑い方で愛想を作る。貴崎がいた時の肌に突き刺さるような殺気はもうない。



「……リン・キサキと何を話してたの?」


「あ? 話ってほどじゃない。ほとんどグレンが呑んで騒いでだけだ。貴崎もあまり人を煽るタイプじゃなかったんだけどな」


「ふうん…… なるほどね。邪魔者を酔い潰そうとしてたわけか…… カワイイ顔して女ね、あの子も」


「邪魔者?」



 味山が首を傾げた。どう言う意味かと問いかけようとーー



「くく、たのしい修羅場は終わったみたいだね。見ているこっちが慄いてしまったよ」



 ふらりと離席していたクラークが現れる。遠巻きに様子を眺めていたらしい。



「クラーク、悪い、グレンが潰れた。止めたんだけど」



「ああ、見てたさ。そこの男が身体の豊満なティーンエイジャーに唆されて鼻の下伸ばしてるところはね。グレン、起きたまえ」



 僅かに声色の低いソフィが突っ伏して眠るグレンの肩を揺さぶる。



「う、うーん。でへへ。リンちゃーん、もう一杯…… へへ」



 グレン、お前。お前は、グレン……


 味山はなんとも残念な気分になりながら静かにその様子から目をそらす。


 よかった、乗せられて飲んでなくてほんとに良かった。


 アレタとソフィのグレンを眺める目つきを見ていると心の底から安心する。



 ふとソフィが赤い髪を垂らしながら突っぷすグレンに顔を寄せた。




「………い……か?」



「……?!! はい!! 起きました!!起きたっス!センセイ!!」



 なにやらを呟いた瞬間、グレンが息を吹き返した。


 コイツどんな弱み握られてるんだ?


 目を見開き、椅子を倒しながら直立不動のグレンを眺め味山は驚く。



「ああ、起きたようで何よりだよ。助手。……ふむ、アレタ、済まない。今日はこの辺りで我々はお暇させて貰っても構わないかな?」


「ふふ、ええ、もちろん。グレンがその調子じゃあソフィは気が気じゃないものね。また時間が合う時に集まりましょう?」



「済まない、せっかくの祝勝会だったのだが。……助手、しっかりしたまえ、帰るぞ」


「え、うええ、まだ俺は飲めるっすよ、センセイ」



「馬鹿を言うなよ。イモータル薬液はアルコール耐性を一時的に失わせる副作用がある。今日はこれでお開きだ。……ああ、アレタ、アジヤマ、我々に気は使わなくていい。2人で続けておいてくれ、ほら、歩け、バカ助手め」



 身長の低いソフィが美丈夫のグレンの長躯を押しやる。



「うう、わかったすよ…… アレタさん、タダすみませんす。この埋め合わせは早いうちに、うえ、頭痛い」



「情け無い…… ああ、アレタ、御代は置いていく。余ったら二件目に使ってくれ」



 ふらつくグレンを支えながら器用にソフィがパンツのポケットからクリップに挟まれた紙幣を取り出す。


 それをそのまま放り投げた。



「あら、いいのよ、ソフィ。気を使わなくても」



 アレタが宙に投げられたクリップマネーを頬杖をついたまま人差し指と中指でキャッチする。



「そう言うなよ。助手の責任は管理者のワタシの責任でもある。では、今日は良い仕事をさせて貰った。報酬の分配や後始末はまた後日集まろう」



「ええ、わかったわ。タダヒトもそれでいい?」


「おう、問題ない。気をつけてな、クラーク」



 味山がひらひらと手を振る。ソフィは片手を振り上げてグレンを半ば引きずりながら店の外へ出ていった。



 さすが指定探索者、見た目なぞ当てにならないほどの膂力。



 味山はソフィの探索での鞭さばきや、銃器の取り扱いの様子を思い浮かべた。


 ぐびり。手元にあるジョッキを呷る、炭酸の抜けた苦くて緩い液体が舌を痺れさせた。

 


「……苦い」



「タダヒト、甘党だものね。……えっとそのねえ、ソフィたちが帰っちゃったけど、……どうする?」


 長い指をいじいじとくゆらせながら、アレタが語りかける。


 切れ長の瞳、ニホン人には無い蒼い瞳はアルコールの熱のせいか、とろんと丸くなっていた。



《……!?》

《これ、配信で流していいの?》

《アレタ・アシュフィールドからのこれからどうする?のお誘い……?》

《私、これ同人で見た》

《私、昨日これ夢小説で書いた》

《私達は味山只人だった……?》

《あかん、魔物達が壊れた》

《これが怪物狩り……ってコト!?》

《本物の怪物狩りに狩られろ》




 どうする、と聞かれたらなあ。


 味山はジョッキの底に余った酒液を一気に呷る。



 TIPS€ 耳を澄ませ



 あのジャップ…… アレタ・アシュフィールドとサシ飲みするつもりか……?


 おい、やっちまうか? 別れた後をつけてよ



 酒場にいる探索者の連中からの陰口。

 ストレートな分、配信で流れてくるクソコメントの方が幾分正々堂々としている。



 味山はため息をつき、アレタに向けて話しかけた。



「ここで続けようぜ。アレタ・アシュフィールドと飲めるなんて探索者にとっては夢みたいなもんだからな、場所は変えなくていいだろ?」



 味山はレモンサワーをスタッフに頼み、新しいつまみを注文する。



「あは、なあにそれ。大げさよ、タダヒト」


 言葉とは裏腹に嬉しそうに笑うアレタ。

 暖かな、表情。

 味山はその造形の良さに少し、見惚れた。



《おっふ》

《いいもん見れた》

《寿命が伸びる》


 味山がふっと、目を開いたそこには。







 試験管型のショットグラスに金色意匠が施された高そうな酒瓶。



「……アシュフィールド?」



 味山が怪訝な声をあげる。

 嫌な予感がする。こういうデザインの酒瓶はよくない。


「なんでショットグラス2つあんの?」


「2人で飲むからよ?」


「いや、俺レモンサワー……」


「チェイサーでしょ?」


 キョトンとした顔、慣れた手つきのアレタが視線を味山に向けながら首を傾げた。



 トクトクトク……。


 小気味好い音を鳴らしつつ、試験管に琥珀色の液が満ちて。




「はい! タダヒトのぶん」


「あ、どうも」



 思わず会釈しながらアジヤマは酒を受け取る。


「ふふ、どういたしまして」


 アレタがいつのまにか試験管に似たショットグラスを酒で満たす。



「あの、アシュフィールドさん。これは、ナニ?」


「ふふ、ストレグスっていう名前の最近出た新しいお酒よ。美食クラブっていう探索者の同好会がお酒メーカーも結託して作ったみたい。許可が出た怪物種の材料も利用してるらしいの。あたしも初めて飲むわ」



 柔らかく微笑むアレタがショットグラスを味山に向けて傾ける。


 楽しくて仕方がない。そんな感情をたたえた笑み。


 ……強い酒は苦手だ。



 味山は覚悟を決めて、グラスを差し出しカチリと乾杯した。



 周りのテーブルからの視線を感じる。


 星屑と星が杯を交わすその様子を、ある者は怨嗟の目で、ある者は、嫉妬の目で、そしてまたある者は好奇の目で監視する。

 

「何に乾杯する?」


「あー? 生きて帰れたこと……いや……」



 味山が、ちらりと見たのは机に置いている端末のカメラだ。


 この機会の向こう側に何人もの、人間がいるのだろう。



「俺たちの探索を見守ってくれる口の悪い視聴者に。ありがとな。おかげで、1人っきりで死ぬことは無さそうだ」



《お前が1番口が悪いんだよ》

《安心して死ね》

《お前の死に様を見届けてやる》

《楽しみにしてます》

《死ぬな》

《なるべく生きろ、凡人野郎》

《きちんと見ててやるからはよ探索行け》



「あは。上等な理由。じゃあ、あたしも。皆、いつもありがとね。みんなに平穏とささやかな幸福と、そして悲劇のない毎日が訪れますように」



《女神》

《今、私とアレタ様が結婚するって……?》

《ワシ、アレタ派になるかもしれん》

《チッヒ……?》

《好きです》

《愛してます》

《うそつき》

《うおおおおおお!! 52番目の星が、俺たちに祝福を!》

 》》



「……俺の時と反応が違うのはどういうことだ?」


「大丈夫、きっとそのうち、皆貴方の凄いところを知るようになるわ」



 アレタが傾けるグラスに、味山もまたグラスを傾けて。



「「乾杯」」



 琥珀色の液体は想像通りの味。


 味山の喉を焼きながら胃に溜まった。



 夜が、進んで。



「そういえばタダヒト、明日はどうするの?」


「ああ、今日の探索、俺はダメージ少なかったからな。安全保障地帯で自由探索してくる」


「あー。大丈夫なの? あたしも行こうか?」


「アレタ・アシュフィールドを指名依頼や駆除依頼以外でダンジョンに連れ歩く度胸はねえよ」


「あはは、そっか。残念。まあ、タダヒトなら心配はいらないだろうけど……」


「危ないことはするつもりねえ。さっき組合の素材需要情報で、"ミツミネ草"の価格が上がってた。採取程度だ」


「意外とその辺マメよね。チームのお給料じゃ足りないかしら?」


「老後が心配でな。稼げるうちにもっと稼いでおきたいんだよ、それにただでさえアレフチームのお荷物扱いされてるんだ。少しでも自立しないとな」


「タダヒト、妙なこと気にするわよね」


「小心者なんだよ」


「ふーん、でも、少し、心配だなあ……ねえ、タダヒト。あなたの指定探索者として一つお願い聞いてもらえる?」


「お願い?」


「探索中は必ず"配信"を続けること。だめかしら?」


「あー、いや、そのくらいなら。わかった。まあ、せっかくアシュフィールドのコネで"配信許可"が降りたんだ。やるよ」



《お、ダンジョン配信予告か?》

《やったぜ》

《楽しみにしておいてやるよ》

《視聴予約したい》

《明日はキハラノゾミのダンジョン攻略の定期配信日だから凡人のは見ない》




「……タダヒト、貴方なんだかんだ言いながら、きちんとファンいるのよね」


「ファン……?」



《あん?》

《ファンだろうが》

《そこに疑問を感じるなよ》



 流れるコメント欄、それを見てアレタがクスクスと笑う。



「ほら、皆、貴方のことをきちんと見てるわ」



 味山はアレタに何か言おうと思ったが、やめた。

 きっと何をいっても、のらりくらりだ。



 夜が進む。


 一日が終わった。

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