第14話 ソロ探索配信 その2

 


「アレチ猿か…… さっきの仏さんをやった連中か?  そうなると、人間の味も知ってやがるな。どうしたもんか」



 味山が岩影から覗く。

 尖塔岩の根元に毛繕いを行う個体。

 寝そべりいびきをかいている個体などが確認できる。



《うわ、ほんとにいるよ……》

《これが指定探索者の配信だったら鼻ほじだけど》

《普通の探索者の配信だと怪物種に襲われて死ぬ奴とかあるしな》

《まあ人気の配信のほとんどって指定探索者のパワー系の奴か、普通の探索者の採取とかの奴だしな》

《なんでコイツ普通の探索者なのに怪物見つけて逃げようとしてねえの?》



「3匹か…… チームでいたらサーチアンドデストロイなんだけどなー」


 ソロの身を嘆きながらないものねだりをする味山。



 悲しくなるね、自分の弱さに。


 味山は自嘲しながらベルトを探る。



 アレフチームの誰もが、おそらくアレチ猿3匹程度ならば1人で真正面から皆殺しに出来るだろう。


 だけど俺はあいつらとは違う。


 特別な連中と組んでるからと言って自分が特別になったわけじゃない。


 味山は自分に言い聞かせるように心中でつぶやき、ベルトに手をかけた。



《え、何する気だ》

《いや、普通に逃げるだろ》

《単独で自分より数の多い怪物に出会ったらその時点で逃走がセオリーだけど》

《待って》

《あ、コイツなんか持ってる》


 赤い爆竹を取り出し、ポケットに入れていたマッチをする。



 ソロにはソロの、やり方なんていくらでもある。



「よっと!」



 岩の影から導火線に火の灯った爆竹を投げ入れる。



 弧を描いて落ちていくそれが、ウホウホしている猿どもの中心に落ちてーー



 バチチチチチチチチチチ!!



「ウオ、ウオっ?!」


「ウオ?!!」


「ホオオト!!」



 一気に破裂する。爆音、閃光、そして煙。


 音に弱い怪物、例えば灰ゴブリンならこれで気絶する個体もいるほどだが、アレチ猿は残念ながらそこまで爆竹に弱いわけじゃない。



「まーだ、逃げないか」



《wwwww》

《こいつwwwやったわwww》

《爆竹wwwwww》

《夏休みからやってきたんか?》



 その証拠にウホウホ騒いでる割には煙が晴れた後もアレチ猿はまだ逃げ出していない。


「数が足りなかったか」


 味山が2つ目の爆竹と青いカラーボールをポケットから取り出し、岩影から半身になってーー



《違う、そうじゃない》

《数じゃねえんだよ》

《怪物種に! 爆竹は意味ないよ!》

《虫取りか魚釣りと勘違いしてんのか?》



 ぞくり。



「ウホ」


「やべ」



 あ、目が合っちゃった。


 知性を感じるその瞳、人間を嬲って殺す猿の化け物と目が確かに、合う。


「ウホホ」


 すっ、ぬる、ぬるり。


 長い手と足で二足歩行になりかけの体勢で1匹のアレチ猿がこちらに駆け寄る。


 あ、やばやば。めっちゃこっちきてる。



 隠れるか、どこに? 岩陰はここしかない。


 逃げるか? ダメだ、アレチ猿は大鷲から走って逃げることが出来るほどに足が速い。



「くそ、ミスった」



《あれ、こっち来てね?》

《来てるね》

《終わったわ》

《無双しない系ダンジョン配信の始まりです》

《あーあ、さっさと逃げねえからさあ》



 味山は自分に残された手札が少ないことを自覚する。


 多くの怪物種は人を喰う。

 おそらくこのままでは普通に味山も、あの骨と同じ目に遭う。


 戦う。


 もうそれしかない。


 引き付けて、それから岩陰からの飛び出し際で斧を振り下ろ準備をーー




 TIPS€ 腑分けされた部位"耳"の力の使い方




「あ?」



 TIPS€ 未だ世界に進化の果実は実らず、位階の設定もならず。しかしてここに在るのは其の腑分けされた部位


 普段聞こえるあのささやきとは違う。

 しわがれた声だ。



「今、それどころじゃねえ。黙ってろ」



 アレチ猿は今この瞬間にも、こちらは駆け寄って。


 TIPS€ 耳の部位を宿した者は蓄音した怪物の声を経験点を消費することで再現できる


「は?」


 なんだ、何を聞かされている?


 味山は耳のささやきに混乱する、しかしもうすぐそこまでアレチ猿は迫っていて。



 TIPS€ 耳の部位を宿した者は蓄音した怪物の声を経験点を消費することで再現できる



「ああ! もうなんでもいい! 使う、使わせろ!」



 思わず大声で叫ぶ。



 TIPS€ 経験点を消費。蓄音、再生



 男の声が女の声かもわからないささやき。そして次の瞬間。



『ビオオオオオオオン!  ビオオオオオオオオオオオオオ』


「……っ耳?!」


「ウオオホホ?!!  ウホホ!!」


「ウオオオホホホホホ!!ホホホ?!」



 耳、激痛。


 味山は思わず両耳を抑えてうずくまる。耳の穴に棒をねじ込まれて無理やり中身を引き摺り出されたような痛みだ。



「なん……だ、いったい?」



「ウホ!!? ウホホ?!」



《なにいまの!?》

《なんかめちゃくちゃ変な音が……》

《ええ……どういうことなの……》

《凡人野郎が叫んだ瞬間聞こえた?》

《コイツがなんかしたのか?》

《でも、コイツ自身もなんか驚いてるぞ》



 痛みはひどいが耳は聴こえる。


 岩陰から顔を覗くとアレチ猿達が足を止め、空に向かって吠えている。


 何かに怯えている? 


 いや、それよりも今俺の耳から鳴った爆音、どこかで聞いたことが……


 味山は耳の痛みに目を瞬かせながらも考える。



 ビオオオオオオオ、聞いたことが、ある。


 つい最近、どこかで……



《てか、さっきの音、なんかの声っぽくね?》

《あ、俺わかったわ》



 聞いた覚えがある叫び、思い出せ。

 アレチ猿が空へと喚くのを隠れたまま覗く。


 味山はその様子を見て、思い出した。



「大鷲の、咆哮だ……」



 味山の耳から突如鳴り響いた爆音、それは一昨日駆除した怪物種、大鷲のものだ。


 どういうことだ? 何が起きた、俺の耳から怪物の声が響いた。


 味山は自分の身に起きたことを考える。



 アレチ猿達はしばらくその場で喚き騒いだ後は、何かに怯えるようにその場から去っていく。



「まじかよ……」


 耳から鳴った咆哮に恐れをなしたのか? たしかにアレチ猿の天敵は大鷲だが……



 味山は痛みの引いた耳を撫でながら、岩陰から出る。


 周囲に怪物の気配はない。



「くそ…… 説明をしろ、説明を」



 ぼやいても耳は何も伝えることはない。

 やはりこの力はまだ上手くコントロールが出来ない。




「……考えるのは後にするか」



 ともあれ今は探索中だ、得体の知れない力にあまり頼りすぎるのは危険すぎる。


 味山は違和感の残る耳を気にしつつ、先程までアレチ猿がたむろしていた尖塔岩のふもとまで歩く。



 TIPS€ ミスミネ草が近い。つるはしを使え



「……てめえ、これで目的のものがなかったら引きちぎるぞ」



《コイツ最近独り言多いな》

《てか、マジで今のおかしくなかった?》

《なんだったんだ、今の》

《……遺物、とか?》



 一瞬、コメントの流れが止まる。


《いやいやいやいやまさかwww》

《コイツは遺物とか持ってないだろ》

《未登録遺物じゃん、そしたらwww》

《ふーん、俺さっきの動画少し検証してみるわ、気になってきた》

《マジか? そこまですることか? ってあれ? なんか、同接増えてんな》

《ほんとだ、100超えてる、珍しい……》



 味山は進む。

 その間にもゆっくり、ゆっくり配信の視聴者数は増えていった。



 

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