第15話 セーフハウス・オブ・リベンジホラー その1

「……てめえ、これでそのお宝がなかったら引きちぎるぞ」



 辺りを見回す。大丈夫、いない。

 アレチ猿は完全に逃げたようだ。


 味山はベルトホルダーに括り付けていた小型ピッケルを取り出し、尖塔岩の表面を削り出す。


 どんな現象が起きればこんな塔のような岩が出来上がるのだろうか。


 味山はそんなことを考えながら尖ったピッケルを振るった。



 かぃん、かぁん、かぃん。


 始めは鈍い音がしていたが、何度かピッケルで岩の表面を削っていくと徐々に甲高い音へと変わっていく。


 TIPS€ ミスミ草は岩の内部に寄生する植物だ。一部の医薬品の原材料として高値で取引されている



「解説どうも!」


 味山が一際強くピッケルを振り下ろした。



 がん!



 ぼろり、かさぶたが剥げるように岩の表面が崩れる。



「うお、なんじゃこりゃ」


 その中にすぐ味山は奇妙なモノを見つけた。


 薇のようにくねくねした緑色の植物だ。



 TIPS€ ミスミ草入手。非常に苦く、まずい。怪物種の食性の対象にはならない植物だ


 ピッケルを離し、崩れた石岩の残骸を手で漁っていく。



「解説どうも。面白生態ダンジョンめ。こんなもんがグラム数万円で取引されてんだ。稼がねえとな」



《おお、なんか探索者っぽいな》

《ミスミ草って聞いた事ないけど》

《知らねえの? 最近出たユキシロメディカルの風邪薬とかの材料らしいよ》

《なんか、ダンジョン産の素材でできるものを口に入れるのも当たり前になってきたな》

《俺薬剤師なんだけど、1年もせずにいろんな新薬が認定されたりちょっと異常だけどな》

《お、陰謀論か?》

《あれ……この動画……やっぱなんかおかしいぞ》

《どした?》

《なんかキャプチャしてるんだけど、映像がとぎれとぎれでさ……電波か?》

《いやこっちのライブ配信は問題なく動いてるからそれはなくね?》

《ミスミ草の採取って儲かるの?》

《俺、探索者だけどあれ探すのめちゃくちゃ難しいんだよ、岩の内部に生えるからさ。端末についてる簡易センサーじゃなかなか見つけれないし》

《へ~……え? でも、こいつ、今めっちゃ簡単に見つけてなかったか?》

《あ、確かに》



「さて、どんどん行くか」



 味山の報酬。あの夏の戦いの終わりに得たヒントを聞く力。

 これにはいろいろな使い方がある。



「聞かせろ、クソ耳」



 TIPS€ 右に46センチ、下に5センチの部分を掘れ、ミスミ草があるぞ



 ヒントを聞く力の応用。

 それはダンジョン内での素材の採取にも絶大な成果を呼ぶ。

 本来であれば特殊な機器を使っても見つけにくい素材だろうが関係ない。



 TIPS€ 次、左34センチ、上5センチ


「ほいほい、ほいっと」


 次々に岩の内部に隠れているミスミ草を採取していく。

 あっという間に手に持ったショルダーバックタイプの保管袋は一杯になって。



《あ、え……?》

《嘘だろ……》

《いや、見た事ねえ、こんな簡単にミスミ草って見つかるもんなのか?》

《うわ! 同接数が万行ってる!? なんで急に!?》

《あ、探索者がやってるブログで紹介されてる、ミスミ草を乱獲する男wwww》

《探索の情報ってこういう儲かる話は普通隠すからな……》

《ええ……なんも考えずに配信してるこいつはなんなの……?》

《聞かせろ……?》

《なんかこいつ、さっき独り言言ってたな?》

《おいwwwwww見てwwww、チャンネル視聴急上昇ランクに乗っとるwwww》

《ほんまやwww、キハラノゾミの動画とあんま変わんねえww》





「さて、ずいぶん採取できたな…… 一旦セーフハウスへ向かうか?」



 当初の目標はクリアした。多少のアクシデントは迎えたが怪我もしてないし、上出来だ。



 味山は端末を取り出し、サポートセンターへの通信を開始する。



 ザザザザザ……


 ノイズが走る。通信が混み合ってるのだろうか。


 しばらくノイズが走ったのち、



[ハい、こちらたんさくシャ組合、サポートセンターです]


「あ、繋がった。もしもし、すみません、今自由探索中の味山と申します。付近のセーフハウスの利用届けで連絡しました」



[アじやま様ですね、承知致しましタ。ふふきんのセーフハウス…… そこからだと東に1キロほど進んダところに、J-3のセーフハウスが空いてイマス、こちらはいかがですか?]


「1キロですね、分かりました。じゃあそこの予約をお願いします」



[ザザザザザ…… はい、かしこまりました。では良イタンサクを…… ザザザザザ]



 通信が消える。


 電波の調子が悪いのか妙にサポートセンターの電話は歯切れが悪かった。


「まあ、そんな時もあるか」


 味山は大して気にしたこともなく、そのまま端末で先程指示されたセーフハウスを検索し、向かうことにした。



 少なくとも、今のところは味山の探索は順調に進んでいた。









 ――運命は、その配役をすでに変えている。




《あ、あの!! すみません! これ、探索者の配信チャンネルですよね!!》


《あん?》

《なんだ、初めて見るネームだ》

《こいつのソロ配信見るメンツいつもきまってるからネーム皆覚えてるもんな》

《君、どこ中?》


「あ? なんだ?」



 コメント音声をオンにした味山もまた、その奇妙なコメントに意識を向けた。

 何か、いつもと違うような――。



《ぼ、ぼく、キハラノゾミのファンでリスナーなんです! 今、誰か彼女の配信見れますか!? 追われてる、追われてるんです!! なんか、やばい怪物種に!!》

《突然すみません、私もリスナーです!! いや、ほんとにやばくて! なんか救援通信も全然届かないって! 組合に私たちも電話かけてるけど、全然つながらなくて!》

《あ、あたし、彼女の友達なんです、携帯も当たり前だけど通じなくて――》


《なんだこのコメント、荒らしか?》

《この零細チャンネルに荒らしなんてこないだろ》

《くっさ、そういう演出か?》

《あれ? でもなんか、今キハラノゾミのライブ配信、なんか接続障害で真っ暗になってる》

《ほんとだ、こっちも把握、真っ暗だ、でも動画は切れてない?》

《こんなの初めてみたわ》


 何か、コメントの雰囲気が妙だ。


《今、リスナーのみんなで近くの配信やってる動画にお邪魔して助けてって伝えてるんですけど、誰も信じてくれなくて!》

《お願いです、キハラノゾミを助けて! 場所はこの尖塔の岩地のセーフハウスの近くです!》


 助けを求めるコメントの山。

 何かが妙だ。

 だが、いたずらの類にも妙に見えなくて。



《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》



 唐突に浮いてきたコメント。

 違和感。


《っまた出た! 違う、違うんです! このコメント、これおかしい! さっきも別の探索者の配信に助けてって言ったときも出てきた!》

《なんなんですか! ふざけないでください! 今は緊急事態なんです!》

《なんで、なんで邪魔するんだよ! ノゾミちゃんがこのままじゃ!!》



《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《――うそうそ。変なことを書いてごメン(笑)飢えに書いてアルの全部作り話だ

 よ。本当に誤めんなサい。気二しないで。内輪のノリで死た》

《ダメだ、またPCの接続が遅く――》



 一気に視聴者の数が減っていく。

 キハラノゾミとやらのチャンネルから来た連中がごっそり急にいなくなっていた。



《あ? なんだ急に》

《ええ……なんなんだよ。キハラノゾミ界隈ってこんななのか?》

《でもなんか最後のコメントちょっとビビったわ》

《キミ悪いわ、今日はこの辺で落ちます》

《……うわ!!! 待って、待って、さっきの最後のコメント、やばいかも……》

《え、なんで?》

《あの連投してきたコメント、全員違うアカウントなんだけど、全員同じ居住地なんだよ、wwwぞっとしたわ》

《居住地どこ?》






《Hole of Babel》



《え》

《バベルの大穴って書いてあったww……www……なんで?》



「うっわ」



 ホラー系が苦手な味山が顔をしかめる。

 あかん、すごく嫌な予感がして――。



《え?》

《いやいやいや》

《ありえんだろ》

《アカウントにそんな設定ねえよ》

《うわ……いやみんなこれガチだわ、履歴からアカウントチェックすると確かに見れる》

《じゃあ、さっきのコメント連投してた奴って?》

《バベルの大穴に棲んでる誰か、とか?》



「やめようよ……」


 味山の意識が苦手なホラー系の話に集中していく。


 だからだろうか、味山にしては珍しく無警戒で、ダンジョンを歩いてしまった。



 ふっ。

 地面が消えた。

 唐突に。



「えっ」


 真下。

 落とし穴のように地面が開いた。

 もちろん、味山は落ちて



「ぽきゅ」


「あ」


》》



 TIPS€ 警告 怪物種40号 パクパク落としモグラの巣だ あ、もう遅いわ


 そのモグラの化け物の背中には奇妙なものが生えていた。


 巨大な口、人間の口のようなものが背中に。


「えっ、ちょ待っ」


 ぱくん。

 落下する味山。

 真下には大きな口--


 あ。


 ぱくん。

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