第8話 縄張り争い配信 その1

「グレンさん、凄いです! いい飲みっぷりです。憧れるなぁ」



 いつのまにか、味山達の席には空いたジョッキやグラスが広がっている。



「え!? マジすか?! おっねえさーん!! ビールまた一杯おかわりー!!」



「はーい、ありがとうございます!!」



《あかん》

《あかん》

《あかん》



「 私、強い男の人が強いお酒を飲むところ見るの好きなんです」



「う、うおおお!! お姉さん! この席にこの店で1番強いお酒ちょうだい! 酩酊桜の清酒あったすよね?!」



 原因はこの2人。


 唐突に現れた味山の元チームメンバーの貴崎凛と、それにおだてられながら酒を煽り続けるグレン・ウォーカーだ。



「お、おい、グレン。やめとけって。クラークから強い酒は控えろって言われてたろ?」



「あははは! タダ、舐めちゃだめすよ! このグレイウルフこと、グレン・ウォーカー、いつまでもあのタチの悪いバケモノ探索者の言いなりになったままの男じゃねえっす! 」



 目の座ったグレンが席に置かれたジョッキを一気に飲み干す。


 見る見る間に消えていく酒、嚥下する喉仏からごっ、ごっ、ごっと音がなる。



「っあー!! 美味い、テレッテー!! ……」



 一際大きく叫んだ瞬間に、グレンがガクリと首を垂らし机に顔を突っ伏した。


 がちゃん、大きな音が鳴ったが幸い皿やジョッキは割れていない。



《ワロタ》

《気をつけよう、お酒の飲み方》

《凛ちゃんにお酌されたらしゃーない》

《あ、掲示板サイトでグレンウォーカーファンクラブの淑女達が暴れてる……》

《凛ちゃんこんな子だったか?》



「あーあ、言わんこっちゃない。おい、グレン起きろ、寝るなって」


「ぐー、かー。むにゃ、リンちゃーん、どうすか、むにゃ」



「ふふ、カワイイですね、グレンさん」



「お前もあんま煽んなよ、貴崎」


 セーラー服姿の貴崎 凛に味山が目を細めながら呟く。


 奇妙な光景だ。御行儀の良い場所とは言えない探索者酒場に、普通の女子高生のような姿をしている少女がいるのは。



《なんか、エロいな》

《赤色の制服ってどこの?》

《お前、基徳高校知らねえの? 全国に分校がある学校法人》

《あー、芸能科とかあるところか》

《この人、うちの学校の有名人》

《ほとんど学校来ないけどめちゃくちゃ人気あるよ》



「ごめんなさい、あまりにも楽しそうにしてたから混ぜてほしくて」



 貴崎がいつのまにか頼んでいたハイボールをぺろりと舐めながら呟く。



「……お前、酒飲めたっけ?」


「猫を被る相手が居なくなったんで、最近は飲んでます」


 ぺろっと舌を出し、貴崎が微笑む。


「あ? なんだ、それ」


「……高校の友達が言ってたんです。男の人は自分よりもお酒が飲める女の人があまり好きじゃないって。だから今まではあまり飲んでませんでした」



《ワシ、女なんだけど分かる。この子、女の雰囲気するわ》

《凛ちゃんがそんなの訳ねえだろ》

《凛ちゃんは男とか苦手なタイプでそういうの興味ねえタイプだから》

《女アピで構って欲しくなったか?》

《チッヒ、あんま貴崎凛関係はやめとけ、ガチ恋が多いぞ》

《ええんや、今から童貞どもが涙を流す姿を想像しながら酒を飲むわ》

《チッヒ……?》



「へえ、そんなの気にする奴もいるのか。そりゃ大変だな。いちいち人の事まで気にしてたらキリがねえ」



「そう、ですよね。あなたはそういう人ですもんね」



《待って》

《チッヒ、今のは……?》

《うーん。これはもしかしたらもうどうにもならんかもね。あー、酒が進む》

《おい、凛ちゃんの目がなんかしっとりしたんじゃが》

《味山只人●ね》

《こいつマジで嫌い》

《今の何?》

《は? 待って、どういうこと?》

《貴崎凛はこんな子じゃない》

《ああ、貴崎凛ガチ恋勢の脳が……》



 貴崎のポニーテールがわずかに揺れる。


「……てか貴崎、お前ツレは?」


「……時臣達には組合へ報告へ行ってもらってます。なので、えへへ、私は味山さんに会いに来ました」



 貴崎が下から上目遣いで味山を見上げる。

 豊満な胸が机で押しつぶされ、制服の上から形が変わるのがわかる。


《REC》

《切り抜き》

《切り抜き》

《切り抜き》

《そういうとこやで、童貞ども。見てみ、味山只人の方がなんぼか紳士やで》

《は?》



 味山はその貴崎の姿から意識的に目を逸らす。

 貴崎凛がその様子をみて、何故か嬉しそうに、にまーっと口元を緩めた。



「あんまそういうポーズすんな。無防備だぞ」


「私だって、人は選びますよ」


「配信中だ」


「ふふ、それは困りました。恥ずかしいなー。皆、あまり見ないでくださいね」



 にこっと、胸元を締めながらカメラに貴崎が笑いかける。



《うっ》

《おあ》

《好き》

《はい》

《てか、元々俺は貴崎凛のことエロい目で見る奴とかありえないと思ってる》

《分かる。この子は真面目で清楚で大人しい子だからさ》

《チッヒ、どう思う?》

《少なくともコイツらがこの子の本音を聞ける日はこない》



「なんかお前、慣れてね?」


「こう見えて今どきの子ですから。探索だけじゃなくで別の配信とかもしてるんですよ〜」


「探索者も仕事が増えたな」


「組合の推奨ですからね。でも、意外です。味山さん、こういうのやるタイプじゃないと思ってました」


「補助金の対象だからな。組合報酬にも配信ボーナスついてるし」


「ああ……なるほど。凄く納得」



 会話が進むたび、貴崎の表情がによによ解けていく。

 味山は彼女がなんでこんなにも楽しそうなのか理解出来なかった。




「貴崎、お前そういや、俺になんか用でもあったのか?」


「……用が無かったら会いに来ちゃダメですか?」



 少し、しょんぼり。

 上目遣いで貴崎が味山を見つめる。



《ぴょ》

《可愛すぎるだろこの子》

《好き》

《こんな彼女欲しい》

《いやw凛ちゃんはそういうんじゃねえから》

《付き合うとか俺そういうのわからないし興味ないけど、貴崎凛もそういうの興味ないタイプだしwww》

《チッヒ、どう思う?》

《少なくとも自分の彼氏の近くにこんな子がいたらマジで嫌》

《私も女だけど同感。土下座してでも離れてもらう。勝てる気せーひん、地元でも》



「あ? いや、別にそんなわけじゃねえけーー」



 味山が怪訝な顔で答える。



 TIPS€ あっ



「えっ?」


 味山にだけ聞こえるヒントが、声を漏らして。





「ええ、その通りよ。恋人でもない男に向かって、用もないのに会いたいなんて言う女にロクなヤツはいないわ」



 星のように輝く現代の英雄が、にっこり。

 味山は、ヒュンってなった。



《オイオイオイ》

《死んだわ、コイツ》

《RIP》

《安らかに》

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